アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 8月11日19:00に前話が上がっています。まだご覧になっていない方はそちらからどうぞ。


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 標準時刻午前8時31分。

 鉄血陣営本土、アビス鉄血支部正門前。

 平日の朝、国内最大規模の公的組織の正面入り口といえば、当然ながら人混みの凄まじい場所だ。

 

 スーツ姿の人々が挨拶を交わし、並んだり追い越したりして高層建築へと入っていく。

 時折、車が入っていくときには捌けて道を開けたり、あるいはクラクションを鳴らされたりしている、喧騒に満ちた日常だ。

 眼前の大通りの路肩に、いつもより迷惑駐車が多いことに、目敏いものは気付いただろうか。

 

 初夏の日差しは快適と称するには些か暑く、かと言って袖をまくるほどではない。

 陽気に当てられたかゲート前で守衛と言い争う見知らぬ男を、職員が可笑しそうに一瞥して、すぐに興味を失う。トラブルになったとしても、サブマシンガンで武装した守衛が武力で負けることなどない。そう信頼しているが故の無関心は、通り過ぎた者の命を奪うことになる。

 

 爆音と熱風。続く衝撃。

 古き良きC4ベストだ。

 明らかに人体に害となるレベルのそれを間近で受けた者は負傷或いは昏倒しており、無事な者は

 

 「鎮圧部隊が出てくるまでだ、いいな! 行動開始!」

 

 迷惑駐車の車から降りてきた武装集団により、銃撃された。

 

 

 ◇

 

 

 『このように、犯人グループは非常に狡猾で、かつ統率が取れており、統括管理官のボンドルド卿は“テロというより襲撃作戦”と、背後に他国の存在を仄めかしました。専門家のA氏によると──』

 

 ぷつり、と、興味を失って切られたテレビの放送は、3日前からずっと同じ内容について語っていた。

 鉄血陣営本土で起きたアビス支部襲撃事件と、連続的に起きているテロ。軍事基地や研究施設に被害が一切出ていないことから、これまでの人間主義者のテロ行為とは別勢力であるとされている。

 

 「それで、マークが薄れた人間主義者が、他所に警護を割かざるを得なくなった軍事基地を襲撃する、と。随分とお粗末な計画ですね」

 「けれど、成功率も影響も無視できないわ。何より、分かっていても対処できないというのがネックなのよ」

 

 前線基地の食堂で呟いたローンにそう返すのは、ちょうど演習終わりで遅めの昼食に辿り着いたビスマルクだ。ローンの皿は殆ど空いており、あとはコーヒーだけ、といった塩梅だ。

 だから特に断りも入れず正面に座ったビスマルクに、ローンは怪訝そうな顔をした。

 

 「対処できない、というのはどういうことです?」

 

 その顔が意味するのが「全員殺せばいいのでは?」という単純にして明快な解決策の提示であると、同盟締結会議から帰ってきたボンドルドにローンを紹介されてからの2週間で学んでいた。

 

 政治に興味が無いボンドルドも同じような思考だが、それだけでは問題が生じるため、諫めて代案を出す自分や大鳳が居るわけだ。

 基地や研究施設に侵入したなどの、即時射殺レベルの敵対者であると証明できない人間を殺すと猛烈な抗議が来る。制裁として研究費用の凍結や施設封鎖まではいかずとも、強制力が高く深度も深い監査を課されたら面倒だ。

 

 仮にそうなったら、人類を滅ぼす一歩手前まで追い詰めてでもボンドルドの研究に賛同させるが。

 

 「人類を守る我々が、人類を傷つけてはいけないということ」

 

 言っていて自分でも笑いそうになる理屈に、ローンも口角を上げる。

 結局のところビスマルクの言葉にポーズ以上の意味はなく、いざとなったら何億だろうと砲火に沈めるだけだ。

 

 「政治的判断ですか、大変ですねー」

 「鉄血本土に置いてあるものは大半が事務書類だから、ビルごと吹き飛んでも問題ないしね」

 

 ビスマルクの言葉に笑いながら、ローンはコーヒーを飲み干して立ち上がった。

 

 「そういえば、三週間後に監査が来るとか」

 「えぇ、まぁ、定例行事みたいなものよ。指揮官が非人道的なことをしていないか、アビス法務部執行科としては確かめる義務があるもの」

 

 非人道的という言葉が的確かどうかはさておき、ボンドルドの所業が世に漏れればクビどころか処刑まで在り得るだろう。

 

 しかし、そうなったときに困るのはセイレーンに脅かされている残存人類数億と、その守護者であるKAN-SENたちだ。ボンドルドの貢献は現時点でも人類の寿命を世紀単位で確保しているし、革新期を終えた今でも鉄血陣営と重桜陣営の戦力は群を抜いている。セイレーンにすら、ボンドルド個人が人類側の戦力の7割であると認識されているくらいだ。

 

 もしボンドルドが公に処刑されでもすれば、セイレーン側は好機と見做して大攻勢をかけるだろう。そうなれば、人類側の防衛線は半世紀しか保たないと試算が出ている。これはボンドルドを殺されてなお、重桜と鉄血の戦力に変わりなかった場合だ。殉死者や、人類側に見切りをつけるKAN-SENが出たら最悪だ。

 

 裁判所での審問に素直に応じない場合に、やむを得ない処置として監査を行う。

 その際に事前に余裕を持って通告し、双方にとって都合の悪いものを隠させる。その上で「何もなかった」と発表するのが習わしだ。

 

 今回の監査は、ボンドルドが見せたスキル・カートリッジに関連するものだろう。

 ボンドルドがいつも通り資料片手に裁判所へ行こうとした折、流石に公開できないと大鳳が慌てて止めたのは最近の事だ。有象無象に理解される為に研究開発を行っているわけではないのは重々承知しているが、有象無象を理解しないのも勘弁してほしいものである。

 

 「もう研究資料のまとめは大方終わったから、あとは地下とか海底とかに分散して隠すだけよ」

 「設備もですか?」

 「そっちは、素人が見た所でどういうものかも分からないでしょう? 明石辺りなら看破してくるでしょうけど・・・」

 

 言い切る前に食堂に放送が掛かり、ビスマルクの言葉は尻切れになる。何のことは無い艦隊の呼び出し、それもビスマルクにもローンにも無関係の第三艦隊へのものだった。

 興味を失って話に戻ろうとするローンに対して、ビスマルクの表情は怪訝なものだ。

 

 「どうしました?」

 「第三艦隊は、主力艦隊でも遠征艦隊でもなく、近海防衛用。出撃命令や演習予定の変更なら、放送でそのまま言えばいいと思わない?」

 

 少なくとも今までの効率主義的なボンドルドであればそうしていたし、自分でもそうする。

 対面で指示しなければいけないような、複雑な戦略を携えての出撃か。或いは秘匿性の高いものか。

 

 「気になりますか?」

 「えぇ。・・・聞いてくるわ」

 「じゃあ、私も行きます」

 

 ローンと共に執務室へ向かう道すがら、二人は同じタイミングで立ち止まる。

 見合わせた顔は、興奮と緊張という正反対の感情を湛えていた。

 

 「ローン?」

 「はい。・・・KAN-SEN、ですね。それも3個艦隊以上の連合艦隊で・・・」

 

 KAN-SENの知覚圏は一様にかなり広いが、艦種や個体によって様々だ。前線基地の中でも特に知覚や迎撃に秀でたKAN-SENの集まる第三艦隊が呼ばれたのは、恐らく、その中の誰かがいち早く接近者に気付いたからだろう。

 

 「連合艦隊、ね・・・」

 

 メッセンジャーにしては、異常なほど多い数だ。

 知覚に引かれて目を向けた窓の外で、海上に浮かぶ防衛機構が爆炎を上げて沈みゆくのが遠く見えた。

 

 「始めてくれましたね──何処の何方か存じ上げませんが、楽しめそうです」

 

 恍惚とした笑いを漏らすローンに、ビスマルクは苦笑を漏らす。

 

 「何人かは残すわよ?」

 「分かっていますよ。鹵獲や拿捕も、戦術的価値は高いですからね」

 

 第一艦隊に召集を掛けながら、ビスマルクは嘆息した。

 ただでさえ監査の準備で忙しいのだから、もう少しタイミングを見て欲しい。

 

 「本当に、どこの馬鹿よ・・・」

 

 

 

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