アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 「何か言ったか、卿?」

 

 ボンドルドの書斎──というより研究資料置き場だ。本棚からはとうに溢れ、床にも最低限の通路を残して山積されている──で、秘書艦のグラーフ・ツェッペリンは問いかけた。

 ちなみに秘書艦はKAN-SENたちの取り決めにより、当番制になっている。

 

 「素晴らしい、と言ったのです。ツェッペリン。こちらを。」

 

 ボンドルドが示したのは、二週間前、ユニオン本土に出向いたついでに買ってきた歴史書だ。

 彼が読むものにしては珍しい、とツェッペリンは首を傾げる。

 

 「過去──セイレーンや貴女がたKAN-SENが出現するより以前、人間は“食べる”ということを通じて、他者の力を取り込むことが出来ると考えていました。」

 「あぁ・・・」

 

 ツェッペリンも聞いたことくらいはある。目が悪ければ目のいい魚、足腰が悪ければ足の速い動物、長生きしたければ強靭な植物を食べるといったように、食べるという動作を通じて他者の力を自身に取り入れることが出来ると考えていた。

 まさかセイレーンを食べるつもりかと尋ねてみれば、ボンドルドは驚いたようにツェッペリンを見る。

 

 「卿、まさか・・・?」

 「いえいえ、そうではなく。ただ思いもよらないアイディアでしたので、少し驚きました。」

 

 ボンドルドは首を振ると、ツェッペリンの持つ本を示した。

 

 「本の中盤をご覧ください。・・・あぁ、そこですね。『アジア・ヨーロッパの儀式的食人について』。」

 「古代アジアでは闘技場や戦場で食人を行っていた形跡があり、これは単なる食事ではなく儀式的側面が強い。倒した強敵に敬意を払い、或いは自らの糧と示し、取り込むことで自分を強化するのが目的だった・・・」

 

 やはりセイレーンを食べさせようとしているようにしか思えない。

 ツェッペリンとて艤装への技術導入から『祈手(アンブラハンズ)』の開発まで、所謂()()()()な研究には一通り触れているし、理解もある。貫徹した強さと存続への欲求を持つ鉄血のKAN-SENとして、ボンドルドの思想には共感できるのだ。その人柄も、紳士的な態度も、個人的には──多くのKAN-SENたちと同じく──好意を持っている。

 故に「食え」と言われれば躊躇いも捨てるが、ボンドルドはそれを否定していた。

 

 「そろそろ教えてくれないか、卿。一体なにを思いついたのだ?」

 

 ボンドルドはあと一歩ですよ、と指を立てるだけで、すぐに答えを教えようとはしない。

 仕方なくツェッペリンはもう一度思索に耽る。思い至る点はあるのだ。だが、本能的にそれを否定する。普通に考えてそんなはずがない。常識的にあり得ないと。

 だが、熟考すればするほど、その考えは覆っていく。他人どころか、種から異なる別存在(セイレーン)の技術を取り入れることに躊躇すらしなかったボンドルドだ。今更『常識』が通じるか、と。

 

 「KAN-SENに・・・KAN-SENを食わせるのか。」

 「素晴らしい、正解です。」

 

 

 ◇

 

 

 

 KAN-SENがドロップするとき、その存在は極めて不確定だ。

 シュレーディンガーの猫のように、周囲に観測する人間やKAN-SENがいなければドロップは生まれない。

 また、必要最低限とはいえ知識や戦闘能力を持って()()する。

 タイミングは運だが、ある程度の場所と個体は決まっている。強力な個体がドロップしやすい海域もあれば、全くKAN-SENがドロップしない海域もあるということだ。

 

 周囲を鏡面海域に囲まれた『前線基地(イドフロント)』がどうかと言えば、世界的に見てもかなりドロップしやすい海域と言える。

 アビスの制定した等級で言う最低出現率、SSR級のKAN-SENもそれなりにドロップする。もちろん代償として、セイレーンは頻繁に出現するし練度も高い。鉄血陣営(ボンドルド)には渡したくない、と全ての陣営が意を同じくするところではあるが、この海域を押さえられるのは鉄血陣営(ボンドルド)だけだという認識もある。

 

 そんな危険海域でドロップしたKAN-SENが、またひとり。

 

 白と淡紫の混じる長髪を靡かせ、観測者であるはずのKAN-SENがどこかにいないかと周囲を見回すのはシグニット。ロイヤル、Cクラス駆逐艦の五番艦だ。

 ドロップは周囲にKAN-SENがいる時にしか発生しない。そう本能的にか、或いは基礎知識としてKAN-SENの身体にインプットされているのか、シグニットは知っている。しかし水平線上に目を凝らしても、艦影ひとつ発見できない。

 

 「ど、どうしよう・・・取り敢えずレーダーを起動して・・・え?」

 

 シグニットに襲い掛かる、形容しがたい強烈な不快感。

 強いて言うのなら、それは世界が丸ごと裏返ったような、自分が世界を拒絶しているような感覚だった。

 KAN-SENであるシグニットには、本能的に理解する。これは自分にとっての『天敵』に属するものだと。

 

 鏡面海域に存在するKAN-SENの天敵と言えば、一つしかない。

 未だ目視すらせず、ただレーダー上の光点として認識しただけで、吐き気を催すほどの強烈な存在感。セイレーン、その中でもかなりの上位個体と推測される。

 

 離脱か迎撃か。

 明らかに自分より強いセイレーンだ。気弱な性格のシグニットでなくとも撤退を選ぶ場面。

 しかし離脱しようにも、鏡面海域の広さも、現在地がどこかも分からない以上どうしようもない。最悪、セイレーンから逃げたらセイレーンの中枢艦隊に遭遇しかねない。

 

 シグニットは迷いながら、この場における最善を判断する。

 

 「こ、こちらシグニット、え、えっと・・・助けてください!」

 

 

 

 




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