アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 何個艦隊での狼藉かは知らないが、互いに沈め沈められを覚悟しての戦闘は久方ぶりだ。せめて退屈と虚無感を紛らわす一助になってもらおう。

 そう舌なめずりをしたローンを止めたのは、通信端末を手にしたビスマルクだった。

 数秒前まで一緒に迎撃しようとしていた同道者に腕を掴まれ、怪訝そうに振り返る。

 

 口を開いたのは、ビスマルクの方が早かった。

 

 「指揮官から連絡よ。・・・全KAN-SENは艤装非顕現状態で、私室にて待機」

 「どういうことですか?」

 

 遠く、連合艦隊の先陣を切るエンタープライズの掲げた旗が翻る。

 白地に青く抜かれた、盾と鷹の紋様。隣に並ぶウォースパイトは獅子の紋様が描かれた旗を持っている。

 

 ユニオンとロイヤルの正規軍のみが掲揚を許された陣営旗。それは、つまり。

 

 「『アビス』の連合艦隊・・・!?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 連合艦隊旗艦を名乗ったエンタープライズを正面ゲートで迎え、大鳳は問いかける。

 

 「ここは鉄血陣営が正式に領有する軍事基地です。そこに艦隊を派遣する意図、私は()()判断しても?」

 「・・・統括管理官、黎明卿はおられるか? 責任者と話すことだ。・・・違うか?」

 「いいえ? もし貴女がたの目的が彼の暗殺であるのなら、この場で私が鏖殺しますから」

 

 平均練度80の連合艦隊を前に、微笑すら浮かべて豪語する。

 練度80とは70の壁の先、一握りの才覚者にしか到達できない領域だ。それ故に、大鳳の言を単なる大言壮語と切り捨てることが出来る者は居なかった。

 

 艦種の同じKAN-SEN同士なら、練度が10違えば優劣がはっきりと分かれる。20違えば勝算が限りなく下がる。30違えば勝負にならない。

 その埋められない差を、連合艦隊の全員がはっきりと感じ取っていた。

 

 ウォースパイトは欧州同盟締結の折、肩を並べて戦っている。しかし、横に立つのとは比較にならない重圧が、正面に立ちはだかる大鳳から放たれていた。

 賽を投げた今更ながら、鉄血陣営に盾突くことの無謀さを感じ取る。

 

 「トラブルですか、大鳳?」

 

 硬直した空気を破ったのは、そんな能天気な声だった。

 歩み寄ってくる人影に、エンタープライズは僅かながら安堵すら覚える。狂人ではあるが、少なくとも眼前の大鳳よりは与しやすいだろう。

 

 「黎明卿、我々はアビス法務部執行科として、監査のため立ち入らせて貰う。許可を──」

 「構いませんよ」

 「頂けない場合は──何?」

 

 どう攻略するか、そう考えながら話していたエンタープライズの思考に空隙が生まれる。

 わざわざ虚偽の監査通告まで送り、都合の悪いものを集め出した時期を見計らっての抜き打ち監査。言い逃れのできない状況を作り上げたつもりだった。

 

 「公式な監査でしょう? 構いませんよ」

 

 ちらりと目を向ければ、大鳳はボンドルドに向けて頭を下げていた。

 表情を隠すためというより、ただボンドルドが来たから挨拶しただけだろう。

 

 「で、では、現時刻より監査を行います。一切の書類、端末には手を触れないように・・・」

 

 形式的に告げられた言葉に、ボンドルドが頷きを返す。

 

 防衛機構をいくつか攻撃してまで“覚悟”を見せつけた抜き打ち監査は、あっさり過ぎるほどあっさりと受け入れられた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「な、んなのだ、これは・・・!」

 

 資料保管室を見た、といえば、エンタープライズの喘ぐような声にも納得がいくだろうか。

 殆どは番号・時系列順に整然と棚に並べられ、床に山積みになっていた痕跡こそあれ、既に段ボールに分類のシール付きで詰められている。

 

 破棄するには惜しい重要な書類や記録も、鉄血本土があの様子では輸送する気にもならなかったということか。

 

 一つ取り出して見てみれば、一朝一夕ではでっち上げの効かない量のデータと分析考察が事細かに記されている。

 KAN-SENの強化、艤装の換装と強化というボンドルドの功績の中でもポピュラーなものから、リュウコツ技術の人体への転用といった非人道的な秘匿実験のデータまで。

 

 「欺瞞・・・なのか?」

 

 ウォースパイトの言っていた目標──世間に公表できる程度の、軍事機密に触れない非人道的行為の証拠を押さえる。その公表をタネに脅迫し、手綱を握る・・・どころの話ではない。

 こんなものが明るみに出れば、鉄血陣営どころかアビスという組織そのものまで飛び火しかねない。人間主義者は活気づくだろうし、そもそも対セイレーン世界統括組織、人類の守護者であるという名目が崩れてしまう。

 

 仮にボンドルドの──いや、大鳳あたりの策だとしたら、この手法はあまりにも狡猾で、効果的だ。

 脅しというのは一方が優位であればこそ成立する。それを覆し、この前時代の国家対国家戦略、相互確証破壊じみた泥沼に引きずり込む手腕。政治に興味のないボンドルドでは思いつかないだろう。

 

 「・・・いや」

 

 公表の可否は別にしても、火種の量が多すぎる。

 これでは公表などせずとも、極秘裏の軍法会議でも十分に裁くことのできる罪過だ。

 

 人類最高の頭脳であるボンドルドが裁かれることなど無いという判断か。

 それが侮りであると叩き付けるのは簡単だが、その後に待ち受けるのは鉄血陣営との正面衝突と、セイレーンの大規模侵攻だ。前者はともかく、後者に勝算は無い。ユニオンの最高戦力であるエンタープライズでも、徹底した遅滞戦闘で半世紀保つかどうか、その試算に異議は無い。

 

 「とにかく、ウォースパイトに相談だな・・・」

 

 確か彼女は、ボンドルドと話すと言って執務室へ同道していたか。

 これだけの資料を見た後で普通に話せる自信は無いが、ここは相手の本拠地。激発だけはしないように、と自分を律しながら、エンタープライズは資料室を後にした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「戦力検分、ですか?」

 「えぇ。建造ともドロップとも違う、完全に別形態のKAN-SEN顕現。──まるで、セイレーンのような現れ方でしたね? 加えて、この前線基地を覆う鏡面海域。我が陣営以外からも疑念の声が上がっています」

 

 ボンドルドの執務室は、表面上は穏やかな話し合いの場になっていた。

 デスクに掛けたボンドルドは普段通り紳士然としているし、後ろに控えた大鳳も嫋やかな微笑を湛えている。ウォースパイトも背筋を正し、直立の姿勢を崩さずにではあるが、語気を荒げることなく話している。

 今までの資料が散乱した部屋であれば格好も付かなかっただろうが、執務室は整頓されており、本棚にすら研究資料の類ではなく、戦術書やKAN-SENの管理書類などが並べられていた。

 

 「続けてください」

 「・・・我々は対セイレーン特別武装非政府組織『アビス』として、全人類が不安なく生活する文明を構築し守護する義務があります。その組織の長の一人がセイレーンと内通している、などという噂は払拭しておきたいのです」

 

 ボンドルドの沈黙と大鳳の微笑は動かない。

 沈黙は金、問うには落ちず、口を開かないことが優位に立てるという諺はいくらでもあるが、なるほど。確かに反応されないと焦るものだ。

 

 「まず手始めに、この前線基地を監査させて頂きました。次いでは、あの特異なKAN-SEN・・・ローンを供出頂きたく」

 

 言い切ってから、少し急き過ぎたかと眉を寄せる。だがもう遅い。

 ウォースパイトも口を噤み、ボンドルドの仮面の奥を見据えた。

 

 だがボンドルドと大鳳が何か言うより先に、執務室の扉がノックされる。

 ボンドルドの執務室の扉を、三回ではなくトイレと同じ二回ノックするKAN-SENは、鉄血陣営にはいない。

 

 「君たちのお仲間でしょう。扉を開けてあげてください」

 「・・・えぇ」

 

 ウォースパイトが扉を開くと、立っていたのはエンタープライズだった。

 何かめぼしいものでも見つかったのかと手元に視線を向ければ、『KAN-SENの精神について』と背表紙に書かれた赤いバインダーを持っている。

 

 ボンドルドに断りを入れて部屋を出ると、エンタープライズは扉がしっかりと閉じているか確認してから口を開いた。

 

 「何か見つけたの?」

 「何もかも。・・・或いは、全く何も」

 「欺瞞か否か、判別できない情報ということね。それは?」

 「KAN-SENの精神を弄り回した実験の記録だ。・・・これが真実なら、悍ましいどころの話じゃない」

 

 曰く、KAN-SENの精神は固有のものではなく、深層複合的なものの浮上によって決定されている。

 あるKAN-SENにメンタルキューブ抽出物であるメンタルユニットを移植すると、全く別のKAN-SENの精神が表出・混在し、最終的には混濁ののち自我崩壊を起こして死亡するという。

 実験回数はバインダーにあるだけでも5回。5人のKAN-SENが、精神を弄ばれ、人格を破壊されて無意味に殺されたということだ。

 

 「真実なら、えぇ、そうね。・・・ねぇ、エンタープライズ。これを欺瞞情報だと思う?」

 「・・・分からない。そうであって欲しいが、彼ならばやりかねないという危惧もある」

 

 ウォースパイトが投げた質問は、考えを纏めるための時間稼ぎに過ぎない。

 このバインダーの情報を公表すべきか。メンタルユニットとは一体何なのか。懐に抱えた一枚の紙を使うべきか、否か。

 

 「あの、ウォースパイト様。よろしいでしょうか?」

 「っ、何かしら、キュラソー?」

 

 思考に埋没している間に来ていたらしいメイドに肩を揺すられ、一気に現実へ引き戻される。

 お見せしたいものが、と案内されたのは、多数ある研究室の一つだった。

 

 「・・・何かしら、これは」

 

 見慣れない箱状物体と、そこに繋がれた何本ものコードとチューブ。

 伸びる先の機材は、KAN-SENには普通無縁なものだ。戦闘要員ではあるが、同時に陣営屈指の強者であるウォースパイトが知らなくても無理はない。

 

 「これは──生命維持装置です」

 

 深刻な表情で囁いたキュラソーに、思わず冗談だろうと笑いかける。

 何故、箱に生命維持装置を繋ぐ必要があるのか。まるで、その箱が生きているようではないか。

 

 「こちらをご覧ください」

 

 それは、ずっと目に入っていたはずの文字列だ。

 目に入っていたが、その文字が持つ意味を理解できなかった。理解したくなかった。

 

 『HMS,C35,Belfast』

 HMSとはHer Majesty's Shipの略号、つまり、ロイヤル陣営に属するKAN-SENであることを示す符号だ。勿論、正規に登録されているベルファスト本人ではない。今もロイヤル本土で陛下のお側に仕えるメイド長本人ではない。それは分かっているが、そんなことは関係ないほど不快だった。

 

 「これが、あのベルファストだというの・・・?」

 

 一辺40cmにも満たない無機質な箱。まるで棺のようにソレに詰められ、チューブとコードに繋がれ、外付けの機械で生かされている?

 

 「──ウォースパイト?」

 

 驚愕のあまりか、いつもは激発しやすいエンタープライズでさえ心配そうに見つめてくる。

 最早、あの男は人間ではない。

 同胞を実験台として扱い、このような姿で弄ぶあの男は、統括管理官でも、人類の希望などでもない。

 

 打倒すべき邪悪である。

 

 踵を返したウォースパイトは、足早に執務室へと戻った。

 ノックもなく扉を開け放ち、大鳳が眉を顰めるのにも構わず懐に手を伸ばす。

 

 人間であれば拳銃や刃物などを疑って警戒すべき場面だが、KAN-SENにとっては己の拳の方が余程強力な武器だ。

 ボンドルドも、KAN-SENに交じってセイレーンと戦うような傑物。拳銃如きでは仮面に傷もつかないだろう。

 

 代わりに、机に一枚の紙を叩き付ける。

 

 首を傾げたボンドルドがそれを取り上げ、礼を失した振る舞いに青筋を浮かべる大鳳も一先ずはそれに目を向ける。

 二人が微かながら驚愕を見せたことを確認して、ウォースパイトは高らかに宣言した。

 

 「私はロイヤル陣営布告官、ウォースパイト。我々ロイヤル陣営は、統括管理官クィーン・エリザベス陛下の名の元に、鉄血陣営に対し宣戦する!」

 

 

 

 

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