アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 さしものボンドルドも、いきなり宣戦布告を叩き付けられることは予想外だったのか硬直する。

 その隙を突いて、ここで敵将の首級を挙げる。それが最速なのだろうが、ウォースパイトは直感的に大鳳の腕の間合いから下がるという選択をした。

 ふぅ、と、深呼吸で自制している様子の大鳳を見るに、その一歩は無駄ではなかったようだ。

 

 「要求は何でしょう? 主目的、停戦条件、降伏条件も教えて頂けますか?」

 

 数秒前の動揺を覆い隠すような冷静さ、いや安穏さで問いかけるボンドルドに苛立つ。

 状況を分かっているのかと怒鳴りつけたいところだが、一対一で大鳳とやり合うのは得策ではない。努めて冷静に、と己を律しながら、ウォースパイトはゆっくりと口を開いた。

 

 「我々の目的は、鉄血陣営の狼藉、その責任を取らせることです。具体的には・・・『前線基地(イドフロント)』の破棄、研究データの供出。それと、鉄血陣営総旗艦ビスマルクの自沈、統括管理官ボンドルド卿の自決、架空艦ローンの供出です」

 

 ボンドルドはふむ、と、やはり安穏と、顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。

 

 直情的に宣戦したように見えるウォースパイトだが、それは半分ほど不正解だ。

 統括管理官クイーン・エリザベスの認めた布告状を持っていたり、即座に陣営としての要求を口にしたことからも分かる通り、ある程度は準備している。

 

 今回のロイヤル陣営の最終目標は、鉄血陣営の総力を四分の三程度まで落とすことだ。それが、人類側がセイレーンに食い潰されず、かつ、セイレーンを下したのちに鉄血陣営がロイヤル陣営に完勝できない程度に疲弊する数値だと、ロイヤル陣営の戦略担当官は計算している。

 

 そして今回の絶対目標は、あの恐るべきフリードリヒ・デア・グローセと同じ架空艦、重巡洋艦ローンの回収。

 どこまで呑むかは、たとえ仮面が無くとも思考を読み切れない狂人が相手だ、分かるはずもない。

 

 「研究データ程度であれば、この前線基地ごと差し上げても構いませんよ。・・・私の命で、人類同士が争わずに済むのなら、それも呑みましょう」

 「──指揮官様、それは」

 「元より安い命ですからね。実験中の事故で無為に無駄にするより、よほど有意義でしょう」

 

 大鳳の言葉にそう答えたことで、ウォースパイトの胸中に僅かな期待が灯る。

 やはり、鉄血陣営にはロイヤルと正面衝突を選択するだけの戦力は──

 

 「しかし、ビスマルクとローンを・・・私のKAN-SEN(かぞく)を差し出せというのであれば、仕方ありませんね。降伏はできません」

 「・・・いま、何と?」

 

 すぅ、と、血の気が引いていくのを感じる。

 身体に纏わりつくような、世界の全てが反転したような不快感に襲われる。

 

 「こ、れは・・・まさか、鏡面海域の・・・?」

 

 『前線基地』とその近海を覆いつくす鏡面海域に突入したとき、こんな感覚は無かったはず。

 外部から、セイレーンでも襲撃してきたか。否、アビスの旗を掲げていた自分たちとは違い、セイレーンのような明確な外敵相手に防衛機構が作動しないなどありえない。

 ならば、やはりこれは──

 

 「敵将は人間、一度殺せばそれで終わり。対して自分たちは即時撤退があり、実質的な不死身。そして、敵将は眼前。──ご自分が絶対優位だとお思いですか?」

 

 大鳳の問いかけに背筋が凍る。

 

 即時撤退技術は、そのノウハウが開示されてなお解析できないファクターが多すぎる。量子通信はともかく、疑似的なラプラスの悪魔──あらゆる物質の過去を覗き見ることが、本当に可能なのか。それはさておき、解析を諦めたロイヤルとユニオンは、その技術に危険性が無いことだけを確認し、脳死で適用した。

 

 だが、眼前の男はその開発者だ。

 その()()()()()くらい、開発していても不思議はない。

 

 「ッ!」

 

 咄嗟に主砲を展開できたのは奇跡だった。

 艦載機を発艦させようとしていた大鳳が即座に転身し、ボンドルドに抱き着くように扇状の装甲甲板を盾にする。

 

 煙幕代わりの砲撃が弾かれたのを見て、ウォースパイトは執務室から飛び出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 『前線基地(イドフロント)』研究棟は、想像力豊かな者にとっては地獄だった。

 

 KAN-SENの物と思しき遺品が、まるでコレクションのように飾られた部屋。KAN-SENを解体するためと思しき特殊工具。使い古されたそれに、メンテナンス用の機材。何に使うのか、KAN-SENにも対応した、強制的に食事を摂らせるためのポンプとチューブ。生命維持装置に、各種手術用医療器具。

 

 そのどれもが新品では有り得ない摩耗と、単なる備品でないことを示すような手入れを受けて静置されていた。

 

 ウォースパイトがキュラソーに呼ばれて部屋を出てから、同じように研究棟の監査に戻ったエンタープライズ。だが今は、気持ちを静めようと建物の外に出ていた。

 

 海に生き海で死ぬKAN-SENの性か、潮風と潮騒は心地よい落ち着きと仄かな興奮で、心を平常に留めてくれる。

 紫雲と紅い水平線の歪な景色であっても、それでも海は美しく、心を惹くものだ。

 

 「ッ!」

 

 唐突に耳を劈く轟音は、戦艦クラスの砲撃音だ。まさか、鉄血陣営が遂に反旗を翻したか。

 

 「いや、今のは・・・」

 

 音は執務室のある居住棟からだった。

 音に続きは無く、戦闘が始まったという感じもしない。

 

 「まさか、ウォースパイトが? ──ッ!」

 

 歴戦のエンタープライズですら竦むほどの殺気を受けて、不随意に後退する。

 いつからそこに立っていたのか、険のある視線と目が合った。

 

 「ビスマルク・・・」

 「お久しぶり、エンタープライズ」

 

 潮風に吹かれた帽子を押さえ、黒い軍服に映える豊かな金髪を靡かせるのは鉄血陣営が総旗艦、ビスマルク。

 警鐘を鳴らし続ける戦闘本能を抑え、エンタープライズは懸念の的中を嘆いた。

 

 「・・・やはり、反旗を──アビスを裏切るのか、彼は。いや、貴女たちは」

 「裏切る? 貴女、もしかして聞いていないの?」

 「何?」

 

 未だ互いに艤装を顕現させてすらいないが、二人の間に漂う空気は殺伐としたものだ。

 エンタープライズは正規空母、ビスマルクは戦艦という違いこそあれ、互いに大型主力艦だ。膂力だけで相手の首を捩じ切り、心臓を抉ることも可能だろう。むしろ徒手空拳の間合いでは、エンタープライズの主武装であるコンパウンドボウやビスマルクの主砲は取り回しが悪すぎる。

 

 「ウォースパイトはロイヤル陣営の公式な布告官、全権代理として我々に宣戦したわ。アビスの総意とは言っていなかったけれど、ユニオンは違うのかしら?」

 「まさか、そんな筈は──」

 

 ビスマルクの言葉に嘘は無いだろう。

 アビス内の陣営が、同じアビスに属する仲間に宣戦したなど、ブラフにしてもやりすぎだ。

 

 だが、理由が分からない。

 鉄血陣営の戦力は、間違いなく人類最高峰だ。陣営のトップであるボンドルドの研究も、人類への貢献度は計り知れない。既に、人類はその寿命を世紀単位で伸ばしているだろう。

 

 「理由は?」

 「さぁ? けれど降伏条件には、指揮官と私の自決、ローンの供出、研究データの提出が含まれていたわ。・・・均衡を保つ天秤気取りなんじゃないかしら?」

 

 彼女にしては珍しい嘲るような言い方に、エンタープライズは瞠目する。

 それで? と続いた問いの意味を測りかねたのは、その動揺が原因だろう。

 

 首を傾げると、ビスマルクは呆れを滲ませて苦笑した。

 

 「ユニオン陣営統括管理官である貴女は、この戦争に参加するの?」

 

 エンタープライズが個人的に戦闘に参加することはありえない。

 もしもエンタープライズがここで頷けば、いや、発艦装置の役割を果たすコンパウンドボウ型の艤装を展開するだけで、ユニオン陣営に属する数多のKAN-SENが、ユニオン領土で暮らす数多の民が、戦火に身を投じることになる。

 

 「私は──」

 

 

 

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