アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 ロイヤル本土、『アビス』ロイヤル支部地下6階。

 分厚い岩盤と建造時に苦心した装甲板に守られたその地下空間は、単に指令室とだけ呼ばれる。と言っても、地下鉄の駅よりは広いが。

 

 核兵器やバンカーバスターといった旧式の兵器に対する防護を備えた部屋には、ロイヤル中の、いや、ほぼ世界全土からの情報が集まる。

 過去で言うSISを凝縮し、対他陣営を想定した情報戦、電子戦を主任務とするロイヤル情報部。

 対セイレーン・対他陣営両面での10年単位での構想を練る戦略担当部。

 哨戒や遠征など、普段のKAN-SENの出撃戦闘を管理するKAN-SEN管理部。

 その他3つの、全6つの部署に所属する構成員は、全員がKAN-SENだ。裏切りや情報漏洩はない、病気も怪我もありえない、そして個々人が戦術兵器であり戦闘への知見が深い。人的資源としては最上位の要員である。

 

 普段は喧騒溢れる部屋が、いまこの時ばかりは静まり返っていた。

 ぴ、ぴ、と、微かに電子音を鳴らしながら進む大型モニターのタイマー表示に、全てのKAN-SENが釘付けになっていた。

 

 カウントダウンのスタートは600秒。残る時間は400秒弱だ。

 その時間は、現在進行形で構成員の半数を動員して立案・実行されている“日没作戦”──ローン奪取作戦において、ウォースパイトが設定したタイムリミットだ。

 

 作戦書と、執筆者のウォースパイト曰く。

 通信途絶から10分経ったら、私が()()を使ったのだと判断しなさい。

 

 この数値がゼロになり、アラームが鳴った瞬間。ロイヤル陣営は他陣営に向けて鉄血陣営と交戦する旨を通告し、『前線基地』に向けて増援を送り──後戻りが出来なくなる。

 

 「──息が詰まりそうね」

 

 その気だるそうな声は、隣で唾を呑み込む音すら聞こえるほどの静寂によく響いた。

 声のした方に振り返る衣擦れの音が静寂を破り、続いたのは驚愕に息を呑む音と、艤装が立てる金属音だった。

 

 「セイレーン!?」

 

 百人単位のKAN-SENが一斉に艤装を顕現させ、照準をつける。もちろん同士討ちにならないよう射線の取れない者は除くが、それでも100門は下らない砲口に指向されてなお、セイレーンの上位個体、テスターは微笑を崩さない。

 

 「・・・手厚い歓迎じゃない。私は、ただ作戦結果を報告しに来ただけなのだけれど?」

 「・・・・・・」

 

 誰一人として、口を開く者は居ない。

 傾聴の姿勢ではない。むしろその逆、戦力分析のための沈黙だ。

 

 セイレーンの上位個体は、量産型のエグゼキューターシリーズとは一線を画する戦闘能力を持っている。それは間違いないが、テスターはどちらかというと頭脳派で、戦術こそ面倒だが、直接戦闘においての脅威度は低いとされている。『指令室』の構成員が練度50にも満たない非戦闘要員であることを加味しても、数の暴力で押し切れる可能性はある。

 

 誰か一人でも引き金を引けば、あとはもう釣瓶撃ちだ。

 だが、その一人が現れるより先に、口を開く者が現れた。

 

 「私が聞きましょう。・・・こちらへ、テスター」

 

 ロイヤル陣営では精鋭の一角として数えられる、練度75を迎えた戦艦ハウ。『指令室』の室長補佐官の椅子を与えられた、組織屈指の高練度艦である。

 

 「・・・いい報告でしょうね?」

 

 施錠と防音を兼ね備えた会議室の一つに入るや否や、ハウはそう切り出した。ちなみに応接室などという来客を想定した部屋は、この秘密の集積地には存在しない。

 険しい表情は、テスターと──いや、セイレーンとロイヤルが共同で行っていた“作戦”の内容を知っているからこそか。

 対するテスターの表情は安穏としていて、それが期待と不快感を同時に煽る。

 

 「──残念ながら、曇天作戦は失敗よ」

 「ッ!」

 

 曇天作戦──フリードリヒ・デア・グローセ討伐作戦の失敗は、実行以前から懸念されていたことだ。

 セイレーンが主戦力である以上ロイヤル陣営に繋がることはないだろうが、そもそも架空艦は孤立無援の状態でも一個陣営を相手取れるとされていた。

 鉄血陣営は「フリードリヒ・デア・グローセの喪失」を既に宣言しており──実際はその生存だけは把握しているが──何かの間違いで彼女がロイヤルに攻めてくることがあれば、御せる者も対抗できる者もいない。

 

 「それで、彼女は何処に?」

 「さぁね。グリーンランド海域の戦力全てを喪失したのよ、追跡は不可能」

 

 嘘だろう。いや、嘘なのは「戦力全てを喪失した」という部分だけか。ロイヤルが好機とグリーンランド近海に出撃すれば、たちまち撃沈されるだけの戦力はあるはずだ。だが追跡は悉く撃沈・撃墜されたのだろう。

 

 「・・・そう」

 「ま、三年間お疲れ様ってところね」

 

 伸びをしながら言ったテスターに、自分に言っているのかと呆れるハウ。

 返ってきたのは晴れやかな微笑だった。

 

 「えぇ、その通りよ。あの怪物の相手を三年も続けられたんだもの」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 KAN-SENは人間の取り回しと、機械の正確さ、そして軍艦の力と強靭さを兼ね備えた最高の兵器だ。

 その思考は常に絶対的な合理性に基づいており、過去の人間のように“愚かな戦争”をすることは無い。

 

 一般に公開されたKAN-SENのスペックはこうだ。

 だが、勿論公開されていない欠落もある。

 

 KAN-SENの思考は常に合理的だ。

 戦争も、ともすれば虐殺すら手段の一つ。彼我の戦力差を計算し、最適であれば躊躇いなく選択する。

 たとえ、その計算の前提となる数字に間違いがあっても。

 

 

 「──馬鹿な!」

 

 海に向かって走るウォースパイトの目蓋には、自身の──練度80の戦艦の砲撃を至近距離で受けてなお、無傷のまま睨み付ける大鳳の視線がこびり付いていた。

 重桜のKAN-SENの瞳は黒や茶色などが主だったはずだ。ボンドルドの導入したセイレーン技術が濃くなるにつれて、青や淡紫になる。

 一体どれだけの力を取り込めばそうなるのかと思うほど、昏い輝きを灯す紅い眼光だった。砲弾の火花と発射炎、その身を包む着物の赤に囲まれてなお映える、血のような紅の光が、目蓋から離れない。

 

 想定外だった。

 いや、何度も思考には浮かんでいたが、理性と合理的な判断が、そんなものは有り得ないと切って捨てていた。

 

 ウォースパイトの攻撃能力ならば、練度90の装甲空母であろうと、至近距離ならば有意なダメージを叩き込める。それは『指令室』の判断でもあり、ウォースパイト自身の自負でもあった。

 だが、実際はどうだ。大鳳は──ボンドルドは追撃する必要もないと判断し、ウォースパイトは通じなくなった無線を握りしめ、友軍を探して『前線基地』内を奔走している。

 

 ボンドルドには自信があるのだ。

 自分と旗艦のビスマルク、そして重巡洋艦ローンの三隻を差し出した降伏ではなく、ロイヤル陣営との全面衝突の方が被害が少ないという自信が。

 

 計算を誤った。いや──そもそも、計算式に代入すべき数字を間違えたのだ。

 鉄血陣営の最高戦力は練度90などではない。架空艦のみが至る練度100の高み、いや、或いはもっと──?

 

 「──まさか、在り得ない!」

 「ウォースパイト様!」

 「ッ! キュラソーか」

 

 無線機を潰すほど強く握りしめ、過負荷になりつつあった思考を停止する。

 ちょうど立ち止まったタイミングで、すぐ側の建物の影からキュラソーが姿を見せた。

 

 「通信途絶から間もなく5分です。そろそろ離脱しませんと、本土からの増援が」

 「・・・他の子たちは?」

 

 既に離脱しているとの報告を受け、ウォースパイトも即座に撤退を決意する。

 やはりというべきか、即時撤退は使えなかった。

 

 「鏡面海域の外へ出よう」

 「かしこまりました。ユニオンの方々も、既に」

 「了解よ、行きましょう」

 

 二人は並んで、逃げるように港を飛び出した。

 

 

 

 

 

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