アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
ビスマルクの問いに、エンタープライズは正面から向き合った。
「私は──いや、我々ユニオンは、今回の戦闘を仲裁する目的であれば武器を取ろう」
ロイヤルに乗っかって宣戦、というのが、きっと合理的な判断なのだろう。
だが、エンタープライズは自身のKAN-SENとしての論理的思考以上に信じるものがあった。それは──直感だ。
直感というのは、人間であればDNAに刻み込まれた思考以前の本能的判断だ。蛇の威嚇音、蜂の羽音、暗闇に浮かぶ一対の光源に感じる恐怖と回避。ヒトが太古より受け継いできた、危機判断能力の発露。
だが、生命体でないがゆえに遺伝というものを持たないKAN-SENは、その意味での直感は持ち合わせていない。
KAN-SENにとっての直感とは、合理性と論理の整合を前提とした基礎思考プロセスを介さない、自己保存欲求に依る判断。いわゆる脊髄反射にも似た決断。
視覚や聴覚だけでなく、個体にとっての遺伝情報とも言える記憶を統合し、かつ
それが、直感だ。
エンタープライズは本能的に、ロイヤル+ユニオン対鉄血という盤石な構図ではなく、ロイヤル対鉄血を傍観する立場を選択した。
戦争というハイリターンな行為を、ロイヤル・ユニオン連合という限りなくローリスクな態勢ではなく、あくまでユニオンという一個陣営として受け止める決意をした。
そして──それは正解だろう。
戦場にあって必要なのは、死線に際してどう対処するか、その判断だ。
潜り抜けられる死線であれば、泥を啜ってでも潜り抜ける。
乗り越えられる死線であれば、敵の死骸を踏みつけてでも乗り越える。
切り拓ける死線であれば、剣を、爪を、牙を、骨を使ってでも切り拓く。
どれも無理なら、尻尾を撒いて逃げる。
その判断と実行する勇気、あとは最低限の実力だけあればいい。
死の線に触れないことだけを意識していれば、人格バックアップも即時撤退も必要ない。実質的な不死身なのだから。
生まれ落ち、練度80に至るまで、エンタープライズはずっとそうして生き延びてきた。
直感の囁きに身を任せ、敵を殺し、味方を守り、陣営を守護してきた。
その直感がいま、鉄血との戦闘回避を叫んでいる。
答え合わせは、ビスマルクの差し伸べた掌だった。
「そう。貴女たちが手出しをしないのであれば、防衛権も使わせないと約束するわ」
「・・・信じよう。停戦交渉のときは、ユニオンを使ってくれて構わない」
「きっと、泣きつくのはロイヤルだけれどね」
ビスマルクの白手袋を外された手を握り、そっと安堵する。
幾度も超えてきた死線よりずっと濃密で纏わりつくような、冷たくて甘い死の気配が遠のいていった。
◇
「そう、エンタープライズが・・・」
「はい。戦略担当部の予測が外れましたが・・・戦力比が4:1から2:1になったに過ぎません。依然として、我々が優勢かと」
ウォースパイトがその一部始終を見ていたキュラソーから聞いたのは、『前線基地』を覆う鏡面海域から出る前の事だった。
執務室での、あの一瞬の攻防を経験する前のウォースパイトなら、きっと何も考えずに同意していた。いや、鉄血陣営の戦力の片鱗を垣間見た今でさえ、あの異常な性能は何かの間違いか、大鳳一人にのみ、何か特別な手段で与えられたものだと考えてしまう。
「けど、万全とは言えないわ。戻ったらリシュリューと・・・一応、エンタープライズにも連絡を」
「畏まりました」
「──それでも、万全とは言えないわよ」
それは、蜜のような声だった。
耳朶を打つ、落ち着いて、滑らかで、心地よい、蕩けるような艶のある声。
圧倒的な憎悪と敵意を宿し、聴く者に恐怖と絶望を齎す、毒花の蜜だが。
その声を知っている。
そっと肩に添えられた白い指も、頬を擽る長い黒髪も、耳元の艶やかな唇も、知っている。
何より、その強さを、その前に立つことの愚かさと、齎される
「かくう、かん・・・!!」
「
「決戦計画級艦船、フリードリヒ・デア・グローセ!」
単騎で対陣営戦闘の趨勢を左右できる、という評価のそれは、戦略級という区分でも過少とされ、新たに作り出されたカテゴリだ。
ウォースパイトの驚愕を心地よさそうに受け止め、グローセは凄惨な微笑を浮かべた。
「もう宣戦はしてしまったのかしら? もしそうなら、ここで貴女達を沈めても──あら?」
手を振りほどくと同時、抜剣して大きく振り回す。
ウォースパイトの剣は、接近戦を想定した刀剣状の艤装だ。当たればKAN-SENにも有意なダメージが見込めるが、その切っ先はグローセの首元数センチを横切るだけに終わる。
「何故、貴様が・・・いや、何故宣戦布告のことを知っている!?」
欺瞞と言われれば納得のいくレーダーはともかく、肉眼に依る索敵さえすり抜けて接近してきた。のみならず、ずっとグリーンランド近海でセイレーンに拘束されていたはずの彼女が宣戦について知っており、まるで見切ったように攻撃を躱した。
盤上を俯瞰しているかのような態度が、ウォースパイトには心底怖かった。
ボンドルドのような、無機質な仮面ではない。大鳳のような、昏い輝きを灯した瞳でもない。
全てを見通すという悪魔と同じ、輝く金色の瞳。柔らかな光を湛えた目と視線が合うだけで、観察される虫にでもなったかのような不安に襲われる。
「観察と合理的判断よ」
威嚇すらせず甘えるように寄り添っていた大型の半生体艤装を一撫でして、グローセは一歩退いた。
「じゃあ、また会いましょう」
「・・・どういうつもり?」
そのまま踵を返したグローセの意図を測りかねて、ウォースパイトは素直にそう訊ねた。
返ってきたのは、何故か不思議そうな反問だった。
「ボウヤと再会を喜び合う6秒より、貴女たちを鏖殺する6秒の方が大事だと思う?」