アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 『アビス』最高の戦力を持つ陣営はどこか。

 内部の者にすら鉄血か重桜かという二極化を見せるその質問だが、それは過去の話だ。

 

 量が質を凌駕することはない。

 その言葉に従うのなら、練度120のKAN-SENが揃い始め、最低練度が100を下回らない──勿論、実験台は除くが──鉄血陣営に軍配が上がだろう。

 鉄血陣営のKAN-SENを強化するスキルを持ち自身の火力も高い総旗艦ビスマルクや、数少ない装甲空母であり政治能力も高い大鳳などの突出した個も存在し、統括するボンドルド自身も一撃必殺の可能な武装を纏う。

 

 だが、『アビス』最強の個は誰か。

 その質問には、依然として同じ名前が挙がるだろう。

 

 「おかえりなさい、グローセ」

 

 人類の未来を切り拓く夜明けの光、黎明卿と呼ばれた男が憧れ目指した、リュウコツ技術の秘奥。

 存在するはずのない架空のKAN-SENを、明確な実存在として顕現させる。

 

 この世に在らざる彼女たちは、文字通りこの世のものとは思えぬ強さを誇る。

 

 「えぇ、ただいま。ボウヤ」

 

 金色の瞳に慈愛の光を湛えたまま、グローセはボンドルドに歩み寄り、その仮面を撫ぜる。

 

 「器を変えたの?」

 「・・・分かりますか。流石ですね」

 

 柔らかく口角を上げ、自分を取り囲み武器を向けるKAN-SENたちを睥睨するグローセ。その瞳には剣呑さの欠片もなく、艤装すら顕現させていない。

 

 「・・・指揮官様、お下がりください」

 

 大鳳の進言に、ボンドルドは首を傾げる。

 あまりの無防備さに、既に包囲しているKAN-SENたち数人には焦りの表情も浮かんでいた。

 

 「何故です?」

 

 ボンドルドの武装は堅牢だ。

 駆逐艦や軽巡洋艦程度の砲であれば、それなりの練度が無ければ運動量すら無力化できる。

 

 だが、その装備も高練度艦──特に、ボンドルドの武装の原材料であるセイレーンに特攻を持つ架空艦の前では紙も同然。

 3年間も姿を晦まし、戦争勃発とほぼ同時に帰還した、怪しさ満点の元MIA艦に近付けたくないと考えるのは間違っていないだろう。

 

 「指揮官様、グローセは確かに元重桜陣営──いえ、元副官ですが、MIA判定の出ていた離脱艦です。脱走やスパイでないと証明されるまで、迂闊な接触は控えた方がよろしいかと」

 「──」

 

 グローセは何も言わず、動かない。

 取り囲む鉄血陣営のKAN-SENたちも、総旗艦であるビスマルクと副官の大鳳も含めて、ボンドルドの一挙動を注視していた。

 

 「大丈夫です」

 

 その、いつも通りの安穏とした言葉にはしかし、ボンドルドの信念とでも言うべき意思が籠っていた。

 

 「大丈夫ですよ、大鳳。私たちは家族ですから」

 

 KAN-SENは生殖によって増加しない。遺伝情報や生殖細胞の類は存在せず、血統や血族という概念は無い。当然ながら人間であるボンドルドとKAN-SENに血のつながりはなく、KAN-SEN同士ですら、同型艦という意味での姉妹艦が存在する程度だ。

 だがボンドルドにとって、家族というつながりに血縁関係はさほど重要では無かった。

 

 倫理観に薄く、非人道的との謗りを涼しく受け流すボンドルドだが、幾つかの確固たる信念がある。

 

 愛だ。

 家族とは、愛によって形作られる。互いに慈しみ合う心こそが、家族を作る根幹だという信念だ。そこにヒトとKAN-SENの違いは無い。

 

 だからこそ、ボンドルドは信じる。

 

 架空艦でも、元副官でも、決戦計画級艦船でもない。

 娘であり、姉であり、母である、家族としてのフリードリヒ・デア・グローセを信じる。

 

 「・・・そう、仰ると思っていましたわ」

 

 諦めや呆れもある。

 だが、そうだった。そもそも、ボンドルドはこういう男で──こういう男だから、大鳳は全てを捧げると誓ったのだ。

 

 「おかえりなさい、グローセ。知っての通り、鉄血は忙しい状況にあります。少し休んだら、また働いて頂きますからね」

 

 にっこりと、大鳳以上の笑みを浮かべて、グローセが言う。

 

 「そう? じゃあ、準備運動(チューニング)はやり直しね」

 

 幾人かが苦笑するなか、ローンだけが愉快そうに口元を歪めていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 自由アイリス教国の意思決定は、枢機卿と呼ばれる、高練度のKAN-SENと国民投票によって選出された人間によって行われる。

 その総数は時勢によって変動するが、概ね70人前後であり、旧世代の宗教であるローマ・カトリックを踏襲した形だ。

 教皇にあてはまる最高意思決定機関は存在せず、国のあらゆる動向が議会によって決定される。

 

 60人の枢機卿からなる現在のアイリス議会『大円卓』は、普段の安穏とした空気とは似つかない緊張に包まれていた。

 挙げられた議題は当然、ロイヤルと鉄血の戦争について。数日前にロイヤルが発表した宣戦布告は、アイリスを含む欧州連合同盟の3陣営に大きな動揺を齎した。

 

 元より鉄血寄りのヴィシア聖座は、同盟関係を理由に非直接的援助を内定。サディア帝国も同様だ。

 

 乗っかってしまえばいい、と、アイリス内部でも特に外国戦力に疎い枢機卿は言う。少しだけ詳しい者は、当然ながらロイヤル陣営の戦力を信じて同調する。

 そこに待ったをかけるのが、リシュリューたち鉄血側と──主に大鳳と──接触したことのある者たちだ。

 

 それは、KAN-SENの数こそが戦力だと考えている人間と、戦力の質の違いを肌で理解できるKAN-SENの対立だった。

 

 枢機卿60名のうち20名ほどがKAN-SENであり、その全てと数人の人間が戦争回避、或いは鉄血側への協力を提言する。

 それは残る40名弱と国民による『KAN-SENが戦場から逃げようとしているのではないか?』という弾圧によって掻き消された。

 

 奇しくも、その枢機卿の大半は組織自体の自浄作用である国民投票によって前任を排し、新たに選出されたばかりの者であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「予定通り、アイリス陣営はこちら側に」

 「・・・えぇ、分かったわ」

 

 カーリューの報告は間違いなく朗報のはずだが、受けたウォースパイトの表情は硬い。

 執務室のソファで似たような顔をしていた相談役のアークロイヤルは、深刻そうな顔のままカップを空けた。

 すぐにカーリューがお代わりを注ぐが、それには手を付けず、、ウォースパイトの方へ顔を向ける。

 

 「どう思う?」

 「・・・アイリス内部の人間主義者が、きちんとこちらの指示通り──」

 「そうじゃない。・・・これで、事態が好転すると思うか?」

 

 あえて韜晦したウォースパイトの心中を無視して、アークロイヤルはストレートにそう問いかける。

 ぎり、と、歯を食いしばる音だけが答えだった。

 

 無言のままカップを取り、口元へ運ぶ。

 一口、二口と無言が続き、ウォースパイトがふと立ち上がる。

 

 「どうした?」

 「こうなったら、もう一度試すしかないわ」

 「何を考えているかは分かる。だが、もう何度も失敗しただろう?」

 

 ウォースパイトは呆れ顔のアークロイヤルを一瞥すると、無言のまま執務室の扉に向かった。

 側付きのカーリューが扉を開けると、アークロイヤルもゆっくりと立ち上がって後に続く。

 華美ながら派手過ぎない装飾の施された廊下を進み、エレベーターに乗る。カードキーを差し込んでから閉扉ボタンを押せば、エレベーターがひとりでに動き出す。

 

 「ウォースパイト、あれは人類の手に負えるものじゃない。セイレーンですら止められなかった怪物だぞ? アイリス陣営の戦力では──」

 「一月も保たないでしょうね」

 「はぁ・・・ウォースパイト──」

 

 エレベーターを降り、無機質ながら清潔に保たれた、コンクリート剥き出しの廊下を歩く。

 やがて到達した扉は、カーリューではなくウォースパイト自身の個体識別認証によって開けられた。

 

 「・・・無理だよ。そう結論付けたじゃないか」

 「そうね。我々の技術レベルでは不可能よ」

 

 その一室には、中央に置かれた木製の机と、天井の四隅から釣り下がるKAN-SENの艤装と思しき大口径砲があるだけだった。

 机には、掌より二回りほど大きい黒い箱が静置されている。

 

 それを無造作に取り上げ、ウォースパイトは苦々しく呟く。

 

 「だから、そのノウハウを奪い、利用するのよ」

 

 黒く硬質な保護殻が開き、赤い光が零れ落ちた。

 

 

 

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