アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
こと人類陣営に限って言えば、鉄血陣営『
ロイヤル陣営諜報部『指令室』のある地下空間も、ユニオン陣営の地下大金庫も、大西洋に浮かぶ小さな島に防衛能力で劣るのだ。
島を取り囲むようなコースで動く哨戒班は、基本的に友軍しか受け入れない。
たとえ白旗を上げていようが、漂流船であろうが、どう見ても救助艇といった風情のゴムボートであろうが、個人の判断で撃沈する権限を与えられている。勿論セイレーンの跋扈するこの時代に、漂流船やゴムボートなんてものはまず存在しないのだが。もし見かけたとしたら、きっと幽霊船の類だろう。
哨戒班が見落とした場合、次に現れるのはKAN-SENの艤装を加工した自動防衛装置だ。
友軍識別能力は無く、ボンドルドが自陣営のKAN-SENのみに埋め込む生体認証チップを判別して作動する。あとは単純なオン・オフしか利かず、たとえ正式にアビスに属するKAN-SENであっても攻撃される。
防衛機構を破壊し、或いは潜り抜けたとしたら、次に待つのは鏡面海域だ。
普段は何の変化も齎さないその膜は、起動すれば完全な遮断障壁となる。KAN-SENの侵入を物理的に阻害し、内部から外部への電波・外部から内部への電波を遮断する。のみならず、電波以外の通信能力──量子通信、つまりKAN-SENに付与された即時撤退能力も、その境界面を超えて作動することはない。
これは内部から出さないだけで、外部からは戻り放題──つまり、たとえ鉄血陣営のKAN-SENが出払ったタイミングで奇襲をかけても、籠城しつつ戦力を招集できるということだ。
そして、その逃走不可能な闘技場内部には、練度120のKAN-SENたちが待ち受けている。
理論上の最高練度に加え、スキルや適性を加味した最適装備は最大限強化され、指揮官であるボンドルドへの忠誠も篤い。
戦力を送り込んでの上陸・制圧戦が如何に無謀か、それは一見して分かることだ。
海戦慣れしているロイヤルも、引き摺られてきたアイリスにも。
とはいえ、鏡面海域の遮断能力は、どちらかといえば「逃がさない」能力に長けている。外部から無理矢理こじ開けたり、遮断能力に阻まれない攻撃方法も存在する。
たとえば、毒ガスや細菌兵器。大西洋の海上でどれだけの効果が見込めるかはさておき、透過させるだけなら可能だ。尤も、KAN-SENにもボンドルドを守る『暁に至る天蓋』にも、毒ガスの類は大した威力を発揮しないが。
結局のところ、『前線基地』の堅牢さは、その防衛能力ではなく内部の要員がもつ強固さに裏付けられているのだ。
では、前線基地の弱点とは何か。
それは、前線基地が研究施設であるということだ。
単純な話、浸水する程度の津波が発生しただけで、資料や機材は大打撃を被る。上空での核爆発でEMP攻撃をしてもいいし、単純に海路を封鎖して物資を枯渇させてもいい。海底地下の送電ケーブルを切るだけで、機能を一時的に停止することも可能だろう。勿論ジェネレーターくらいは置いているだろうが、研究機材というのは多かれ少なかれ電力消費の大きいものだ。すぐに回り切らなくなる。
ロイヤルが取った手段は──その全てだ。
核異性体があれば、スプーン一杯程度で津波を起こすこともできる。旧世代の核兵器はセイレーンに対して効果が無く、山ほど腐らせていた。補給線確保に出てくるKAN-SENは、サディアとヴィシアのものばかり。ロイヤルの戦力でも余裕で撃退できる。潜水艦種のKAN-SENなら、海底でも問題なく精密作業が可能だ。
宣戦布告から2週間で、『前線基地』は文字通りの孤島と成り果てた──
◇
鉄血陣営『
ボンドルドの居室と言っても過言ではないほど、一日の大半を過ごす場所だ。
研究用『
険しい顔つきのビスマルクが持っているのは、この現状を打破するための作戦書──ではなく、記録用の端末だ。
「準備完了」
「完了」
「完了した」
『祈手』に特有の仮面でくぐもった、意思の希薄な声。
ビスマルクが強張った表情のまま、手元の端末を操作する。
部屋の明かりが落ち、等間隔で設置された7つの無影灯が真下を照らす。
7つの手術台に横たわるのは、7人の意識を失ったKAN-SENたち。
「施術開始」
硬質な声は、恐怖や忌避感を冷静さで押し潰したが故か。
ビスマルクの指示に従い、『祈手』が動き出す。
複数の腕を持った祈手が手早くKAN-SENの身体にメスを入れ、不要な部位を捨てていく。
「破棄」
「破棄」
「破棄」
必要な部位は、別の祈手が生命維持装置や保質装置に繋いでいく。破棄され死体と判断されたパーツだけが碧い粒子となって消え去り、手術室を幻想的に照らす。尤も、浮かび上がるのは異形の祈手と、機械に生かされた死体の一部、あとは強張った表情のビスマルクくらいだが。
「終わった」
「次は」
「接続」
「接続だ」
7人のKAN-SENから取り出された部位は、それぞれ異なる箇所だった。
かちり、と、また新たに無影灯が灯り、何も載っていない手術台が浮かび上がる。
ピンセットのような指を持った祈手が、生命維持装置や保質装置から無造作にパーツを取り上げ、神経や血管を繋いでいく。
内臓を作ったかと思えば腕を作り、手を飛ばして足に取り掛かったりと一見してその動きに規則性は無い。しかし、それが最も効率的な動きであることは、ビスマルクの端末に表示された手術手順が示している。
「完了した」
「次は調整だ」
「第一調整だ」
死体を接いで作った死体の塊に、ぶすぶすと無造作に電極が刺される。
他人の筋肉や神経系を繋ぎ合わせただけの肉人形だが、端末によると、きちんと神経や血管が繋がっているようだった。
「数値正常、次だ」
「人格」
「人格のコピーだ」
身体に刺さっていた電極が取り払われても、心臓の動いていない死体からはさほど流血しない。
伽藍洞の頭蓋の奥には、機械と生体パーツが半々で見えていた。
「インストール完了まで200秒ある」
「武装の用意」
「武装の接続」
意志の希薄な声とは裏腹に祈手の動きは素早く、正確だった。
ピンセットの指を持つ祈手にかかれば、身体の一部から露出していた神経を引き、機材とバイパスする一工程が5秒ほどで終わる。生体パーツの筋組織に強化因子を直接注入し、関節部の稼働確認をするのは多椀の祈手が同時並行する。頭蓋内部にメンタルユニットや様々な機材を配置する祈手、入力されるデータを並行して確認する祈手など、その能力は多種多様だ。
200秒もあれば、継ぎ接ぎの死体に全身装甲の『暁に至る天蓋』を纏わせることすら可能だった。
「完了」
「完了した」
「脳波を確認」
「覚醒した」
「覚醒した」
「お目覚めだ」
死体を繋ぎ合わせただけの肉人形が、ゆっくりと上体を起こし、手術台に腰かけた。
ビスマルクが無言のまま歩み寄り、深く頭を下げる。
恭しく差し出された両手には、光を失ったI字の仮面が乗せられていた。
その重みが消え、かちり、と、微かな金属音が鳴る。
続く駆動音に顔を上げれば、仮面のI字が光を放っていた。
「完成だ」
「完成」
「完成した」
「完成した」
意思の希薄な声ながら、どこか喜びと達成感を湛えた声で祈手たちが口々に言う。
今までの『暁に至る天蓋』には無かった尻尾状のパーツを器用に動かし、ボンドルドは立ち上がる。
「素晴らしい」
穏やかで、聴く者に不思議な落ち着きを与える声色。
ビスマルクには聞き慣れた筈のその声が、今はどうしようもなくありがたかった。