アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 アークロイヤルの指揮下にある偵察機や、旗下のKAN-SENたちの索敵報告によれば、『前線基地』から出撃したKAN-SENはゼロ。もし鉄血陣営がKAN-SENをステルス化する技術を持っているのなら、包囲の初期段階で使って脱出しているだろう。わざわざこのタイミングで仕掛けてくる意味が分からないし、そもそもレーダーだけでなく肉眼でも影は一つしか見えない。

 確実に、ボンドルドは一人で連合艦隊の前に姿を見せたということだ。

 

 「どういうつもりだ・・・?」

 

 ボンドルドがKAN-SENに交じって海域攻略をしていることは、ライト層でもマニアな一般人なら知っている程度のことだ。だが、奇妙なのは、ロイヤル『指令室』が誇る対他陣営諜報部でさえ、それ以上の情報を掴めていないことにある。

 触れ込みでは、外殻や武装にセイレーンの技術を導入したという話だったか。防御力や攻撃力ではKAN-SEN並かもしれない。

 

 「艦隊各位、各個に照準し警戒せよ」

 

 指揮下のKAN-SEN、総勢18名が一斉に照準する。波の音を金属音が掻き消し、空気が切り替わった。

 被照準警告の機能は無いのか、或いは無視しているのか、ボンドルドは気にした様子もなく、速度を変えずに近付いてくる。言い知れぬ不気味さもあるが、一先ず、アークロイヤルは様子見を選択した。

 

 「鉄血陣営統括管理官とお見受けする。両手を見える位置に掲げ、止まりなさい!」

 

 アークロイヤルの言葉は拡声器を通じ、かなり距離のあるボンドルドにまで届いた。

 黒衣の長身が迫る速度がゆっくりと落ち、やがて止まる。

 

 「・・・従う、か?」

 

 数人のKAN-SENが安堵の息を漏らすが、アークロイヤルの視線は鋭さを増す。

 あのボンドルドが、こうも容易く拿捕されるだろうか。それを、あの大鳳やフリードリヒ・デア・グローセが見過ごすだろうか。大鳳の性格からして、もしボンドルドがそんなことを言い出したら、きっと昏倒させてでも安全圏へ脱出させるはずだ。

 

 「各員、警戒を──」

 

 ぶつっ、と、無線がノイズを発する。

 鏡面海域内部では、外部との通信は遮断される。つまり、これは内部からの、肉声の届く距離にいる艦隊以外からの──

 

 『やぁ皆さん、よく来てくれました』

 

 肉声はともかく、KAN-SENという特級の兵器が放つ敵意くらいは届く距離のはず。そんな確認をしてしまうほど穏やかな声だった。

 

 『そろそろ交代だと思って我慢していたんですが、正解だったようで何よりです』

 「・・・何?」

 

 アークロイヤルの背筋が凍り付く。

 突破だろうが交渉だろうが、相手が弱っているほどやりやすいはずだ。二週間の駐在監視で疲弊した第一封鎖艦隊の撤退と、万全な状態の第二艦隊の交代を待つ利点は無い。

 

 だが、それは戦闘行為の場合だ。

 万全の相手を倒してこそ意味を成すとすれば、それは示威行為か、或いは──

 

 『まずは、貴女方に感謝を。ちょうど、テスターが欲しかったんですよ』

 

 遠く、人影がぶれる。

 不随意に肺から空気を吐き出し──アークロイヤルは、自身の鳩尾にめり込む拳に気が付いた。

 

 「速い・・・っ!?」

 

 KAN-SENですら、集中していなければ見失う速度。高練度、全力駆動時の駆逐艦にも匹敵する。正規空母にそれなりのダメージを負わせる膂力は、最低でも重巡洋艦並と推察できる。

 

 「は、ぁっ!」

 

 吹き飛んだアークロイヤルへの追撃を避けるため、カーリューが砲撃する。

 練度80に届こうかという軽巡洋艦の主砲は、これまでの『暁に至る天蓋』であれば致命打になり得るものだ。

 

 「いい連携ですね」

 

 わざと声を上げたカーリューとは反対側で、音もなく、気配すら絶って照準していたシェフィールドが同時に攻撃する。

 ぱち、ぱち、と、緩やかな拍手と共に称賛し、ボンドルドは屈む動きで二つの砲弾を回避した。

 もっと人間らしい動きをしろ、と、強度はともかく構造的には人体に似たものをもつKAN-SENたちが辟易する。

 

 「軟体動物ですか、貴方は」

 

 無表情ながら、シェフィールドの内心を察するのはそう難しくない。

 人間のような形状だが、明らかに関節が幾つか多い動きだった。だが、関節という構造上脆弱な部分が増えた人体が、アークロイヤルを殴り飛ばすほどの出力に耐えるとは思えない。

 ボンドルドは『アビス』首脳部では唯一のヒトでありながら、セイレーン由来の武装を纏い戦うというのは知られていた。

 

 だが──あれは、もう人ではないのだろう。

 

 「重桜のKAN-SENと同じ・・・本体にも、セイレーンの技術を取り込んだか」

 

 セイレーンの艤装には、タコやクラゲといった無脊椎動物をモチーフとしたものもある。鹵獲・解剖が十八番のボンドルドだ。その技術を採り入れていたとしても不思議はない。

 ゆらゆらと揺れている尻尾のようなパーツも、きっと単なるバランサーでは無いのだろう。拘束用か、鞭のように攻撃にも使えるのか。或いは、そう思わせることが狙いのデコイで、本命はやはりKAN-SENレベルの膂力による近接格闘なのか。

 

 「人であることを捨てたか、黎明卿!」

 

 口端の胃液を拭い、アークロイヤルが唸る。

 陣営同士の軋轢はある。その行いに、許せない者や理解できないものもある。ロイヤルに仕える兵器として、その身を破る使命を帯びている。

 それでも、対セイレーン用兵器として──人類を守護する者として、同じ人類であるボンドルドに、尊重や尊敬の意が無かったわけではない。

 

 「半分は正解です。確かに、この身体は純度100%人体というわけではありません──ですが、セイレーンのパーツは使っていませんよ」

 「何だと?」

 

 死角からのレパルスの砲撃を躱しながらでは信憑性のない言葉だが、アークロイヤルは引っ掛かりを覚えた。

 とはいえ、思索に耽るような隙は無い。常に距離を一定に保ちつつ、隷下の艦載機による攻撃を続けなければならない。空母の近接戦闘力は、砲撃能力の高い戦艦などとは違い、純然たる馬力と格闘技によるものだ。重桜の瑞鶴などは刀剣術も修めているようだが、生憎とアークロイヤルには儀礼剣の心得しかない。そもそもナイフの一本も持ち合わせてないが。

 

 先ほどの目にもとまらぬ高速移動ではなく、ぬるり、ぬるりと、大気中を泳ぐ蛇のような動きで一歩ずつ距離が詰められていく。

 レパルスやカーリューの砲撃と、艦載機による爆撃と雷撃は、正しくクロスファイアを組んでいるはずだ。だが、雨粒の間を抜けるような動きは止まらない。

 

 「・・・おや?」

 

 着実に歩を進め、あと十歩もすればアークロイヤルの頭に手が届くという距離にまでなった時だった。

 怪訝そうに、ボンドルドが足元に目を落とす。動きが、完全に静止していた。

 

 「今ですわ、アークロイヤル!」

 「良くやった、フォーミダブル! 全艦、一斉攻撃!」

 

 スピードは、攻撃においても回避においても重要な要素だ。

 如何に体の可動域が広かろうが、死角からの砲撃を感知できようが、動けなければどうとでもできる。

 

 「・・・素晴らしい」

 

 かちゃり、という、銃の装填音のような金属音を最後に、黒衣の長身は弾雨と爆撃の雨に呑み込まれた。

 

 

 

 

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