アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
「そんな・・・!?」
通過した極光が海面を爆発させ荒れる海で、一番先に崩れ落ちたのはイラストリアスだった。
前衛艦隊の味方に一時的とはいえ無敵という絶対的な防護を授ける彼女にとって、その
「な、え・・・?」
「嘘、今は、だって・・・!」
そしてそれは彼女に限らず、戦友たちも同じことだ。
カーリューには決死の覚悟など無かっただろう。
アークロイヤルに感謝はあっただろうが、それは命を救われたことにであって、命を懸けられたことにではない。
そのカーリューが、文字通り消滅した。
アークロイヤルを守り、遺して、肉の一片、ドッグタグの欠片すら残さず消え去った。
「・・・?」
その下手人たるボンドルドは、些かながら残念そうだった。
「あの一瞬で、素晴らしい判断でした。ですが・・・過信はいけませんね」
普通、人間が纏う装甲の掌部に穴があるからと言って、それが砲口だとは思わない。ましてや、KAN-SENという軍艦級の耐久力を持つ存在に有効な火砲だとは。
だがイラストリアスは咄嗟にスキルを発動し、カーリューを守った。
「勿論、カーリューも。素晴らしい、美しいまでの献身と信頼でした」
自らの砲が消し飛ばしたカーリューを悼むように、ボンドルドが微かに頭を下げる。
カーリューはイラストリアスのスキルを受けて動いたのではなく、イラストリアスがスキルを使うと信じて、それ以前に死線へと躍り出た。
一瞬でも遅れれば死ぬ。その覚悟はあっただろう。
あの場の全員が、ボンドルドからオミッター並の威圧感を感じていたのだから。
そして、彼女はその一瞬すら遅れないと信じた。事実、イラストリアスはそれに応えてみせたのだ。
ただ、その信頼と能力を、ボンドルドの一撃が踏み潰しただけで。
「弾幕展開ッ! 海域を離脱する!」
最も早く硬直から立ち直ったのは、やはりというべきか意外にもと評するべきか、アークロイヤルだった。
挺身の庇護を、懸命の献身を受け、生き残ってしまった。その悔恨に浸るでも、復讐に燃えるでもなく、この場における最善──撤退を決意する。
そもそも、KAN-SEN12人が人間一人に対して苦戦した──いや、鎧袖一触に屠れなかった時点で異常事態だ。
KAN-SENに交じり海域攻略をするという触れ込みも、前線指揮官程度のことだと勝手に認識していたが、違う。文字通り、ボンドルドはKAN-SENに交じって戦うことができる。
フォーミダブルの死は半ば不意討ちだった。だが今は、ほぼ正面からKAN-SENを下してみせた。近接格闘で正規空母のアークロイヤルを圧倒し、イラストリアスの無敵化を貫通する規格外の主砲を以てカーリューを消滅させた。
なるほど確かに、これは人類の希望だ。──これが、人類に相対しない限りは。
「? どうした、弾幕を・・・ッ!?」
指示を出したにも関わらず誰も動こうとしないのを怪訝に思い、ボンドルドを視界の隅に捉えながらも振り返る。
艦隊が絶望に沈みながら、背後の海を見て震えていた。
直後、レーダーが警告音を発する。
「増援、か・・・?」
KAN-SENの反応は3つだけだ。12隻からなる──二人沈んではいるが──連合艦隊に対してどういうつもりか、という疑問は無い。
先陣を切るのは、ボンドルドが副官と認めた鉄血陣営総旗艦、ビスマルク。
彼方の空を埋め尽くす暗雲は、その全てが重桜の艦載機。空母3隻にしてもなお多いそれは、大鳳一人のスキルによるもの。
そして大鳳と並ぶのは、艤装が比較的大型になりやすい戦艦の中でもなお異質な、超大型の半生体艤装を∞の形に連ねて従える史上最強のKAN-SEN。この世ならざる非存在を顕現させた最極の一、フリードリヒ・デア・グローセ。
鉄血陣営最強と、ボンドルドの片腕。そして、単騎で陣営を下せるという評価が下った決戦計画級艦船。
背後にボンドルドと同じような黒衣を纏った集団を率いてはいるが、幸いにして、それらにはボンドルドのような威圧感は感じない。
大量という言葉では足りないほどの艦載機と、一撃で耐久に長けたイラストリアスをすら撃沈しうるビスマルクとグローセの砲が照準を開始する。
「不味いっ、みんな、急いで──」
唐突に現れた、しかし疑いようも逃れようもない「死」に、歴戦の連合艦隊すら諦めかけた。
勝てない。それを細胞の一片すら余さず全身が叫んでいる。あれは死だ。オミッターと同じ、人の形をした死だと。
アークロイヤルが必死に呼びかけるが、震える膝は不随意のままだ。反転も、頽れることもできず、ただ近付いてくる死を待っていた。
「おや、諦めてしまうのですか? それは少し困るのですが・・・では、一ついいことを教えてあげましょう」
人差し指を立てたボンドルドに、いくつかの視線が向く。残りは変わらず、絶望に淀んだ目で海面を眺めるだけだ。
「たった今お見せした火砲、『
それがどうした、と、殆どのKAN-SENが興味と、生きる意志を失った。
例外はただ一人、アークロイヤルだ。守られ、遺された彼女には生きる義務と──たった今ボンドルドが自分で口にした
これまで一切が不明だった直接戦闘能力と、KAN-SENを両断する光剣『
絶対に伝えなくてはならない。
「おや、立っていただけますか。それは重畳。まだ、いくつか項目が残っていたんですよ」
絶対に、この場を生き残り、伝えなくはならない。自分か、艦隊の、今の会話を聞いていた誰か一人が生還しさえすれば、それでいい。
「黎明卿、貴方は強い。だが──我々は、私は、いつか、必ず──」
◇
ロイヤル陣営が派遣した第二封鎖艦隊は、“なきがらの海”を覆う鏡面海域突入後、消息を絶った。
鏡面海域の電波遮断は数時間後に解消されたが、封鎖艦隊および『
24時間後、捜索艦隊がもぬけの殻となった『前線基地』と、誇示するように整頓された大量の実験記録を鹵獲した。その中に第二封鎖艦隊との交戦記録が見つかったことにより、構成員11名にはKIA判定が下った。
「以上、管理官補佐、ウォースパイト、と・・・ふぅ」
ウォースパイトは、ロイヤル陣営の代表者である統括管理官ではなく、その全権代理だ。本来の統括管理官であるクイーン・エリザベスの配下として、こうして報告書を書くこともある。とはいえ練度80を超える高練度艦であり、ロイヤル陣営最高戦力の一角でもある。戦場を駆け剣を振るうのが日常なれば、こうしてデスクワークに励むというのは肩の凝る仕事だった。
「さて・・・お昼にしましょうか」
「お持ちいたします」
即座に応えたのは、新たに側付きとなったグロスターだ。キュラソーやカーリューなら食堂へ行くか持ってくるかの選択肢をまず聞いてくれるのだが、あれは性格的なもので、メイド隊の規則ではなかったのだろうかと詮無いことを考える。
「いや、食堂に──」
「本日1500提出予定の報告書がまだのようですが。恐れながら、ウォースパイト様の平均的な処理速度を考えますと、昼食はこちらでお召し上がりになるべきかと」
無意識下での現実逃避だったかもしれない。
主題は何だったかと草稿を取り上げ、ウォースパイトは辟易した。
「レッドアクシズ、か」
前線基地を捨てたボンドルドは、ロイヤルがそれを発見したのを見計らったようなタイミングで、鉄血陣営統括管理官名義で『アビス』脱退を宣言した。
同調した重桜陣営、サディア、ヴィシアは、新たに重桜陣営本土に本部を置く新組織『レッドアクシズ』を設立。『アビス』と連携してのセイレーンへの対抗と人類の守護を大義と掲げた。
ロイヤル陣営と
宣言の通りなら、『アビス』としても勝手を非難こそすれ、そこまで責めはしない。勝手はそもそもロイヤルが先だった。問題なのは、戦力的な意味での現状だ。
サディアとヴィシアはともかく、鉄血と重桜が合流したのは不味い。元より質の戦力に優れた鉄血陣営と重桜陣営は、圧倒的な物量を誇るユニオン・ロイヤル陣営と同格とされていた。
セイレーンから奪還した支配域の広さなら流石に負けないが、資源埋蔵量やドロップ艦の質などは、セイレーンの強度に比例する。単純に制圧難度が高い海域ほど、恩恵が大きいということだ。そして、少数精鋭を地で行く二陣営は、上質な海域のみを重点的に支配している。資源戦争になった場合、勝率は五分五分だ。
「はぁ・・・」
頭痛の種はまだある。
前線基地から回収した実験記録によれば、ボンドルドの実験はKAN-SENのみを対象としたものでは無かったのだ。
人体へのリュウコツ技術導入に始まり、ボンドルドが独自に開発したと思わしき新薬の投与実験、KAN-SENのパーツの部分移殖、意識の植え付けなどだ。
ファイル番号が抜け落ちていたり、不自然にデータの欠落があることから、本当に不味いデータだけは持ち去ったのだろう。つまりボンドルドはここまでの行為を「この程度のこと」と考えているのだろうが、そんなものは今更だ。
最も大きな問題は、人体実験の素体だ。被験者の名前の一覧は、その殆どがロイヤルの持つとある名簿と一致する。
旧SIS、現『指令室』諜報部が管理する潜入工作員の顔写真、表裏両方の名前、潜入先などの情報が詰まった最重要機密文書。名を『NOCリスト』。
『アビス』鉄血支部に居た諜報員から、一般の人間主義者として活動していた工作員、果ては破壊工作担当の準軍事担当官までがいつの間にか捕まり、被検体にされていた。
ついでに言うと、大目標であった架空艦関連の資料は、奪取には成功したものの難解すぎてロイヤル陣営の研究班では手に余る。何人かは実験記録を読み進めるうちに発狂しており、現在は人手が根本的に足りていない。
「やはり、初めから精神汚染耐性のあるKAN-SENに任せるべきだったわね」
大きく伸びをしたとき、扉がノックされた。
グロスターが昼食を持ってきたのだろうと入室を許可するが、困ったような微笑で佇んでいたのは予想とは違う顔だった。
信濃は限凸分併せて出揃ったけど涼月と紀伊がゼロなのだ。つらいのだ。つらいさんなのだ。