アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 周辺海域への救難信号。鏡面海域の内部から外部へのそれは往々にして遮断されるが、シグニットがドロップした以上、確実に周辺に艦隊がいるはず。内部にいる者同士なら、鏡面海域の影響は受けにくい。

 レーダー上の光点が急激に速度を上げる。縄張りに弱った獲物が迷い込んでいる、そう獲物の方が申告したのだ。狩らない道理はない。

 シグニットは砲撃に備えて乱数的に距離を取るが、直線で突っ込んでくる上に速度が違い過ぎる。目視圏、砲撃射程に入るのは時間の問題だった。

 

 「ふえぇぇぇぇ・・・」

 

 10秒。

 セイレーンを目視したとき、シグニットはそう理解した。

 砲雷撃戦───一対一の火力のぶつけ合いになれば、10秒しか保たない。

 

 ドロップしたばかりのシグニットに起死回生の一手などないし、決死の覚悟もだ。だが理性はまだ残っている。

 ならば、と。シグニットは反転し、動きを止めた。迎撃の意思を見せないように、早くも遅くもない絶妙のタイミングで。

 不審に思ってくれ。止まってくれ。対話しようとしてくれと、なるべく自信なさげに──この点に関しては演技の必要は無かった──武装の準備を最低限に立つ。

 

 やがて見えたセイレーンの個体に、シグニットは戦慄した。

 大体のセイレーンの情報を基礎知識として持つKAN-SENが()()()()個体。つまり、セイレーン側の秘匿個体。

 

 「あァ? なんで止まっ・・・えーっと、こういう時は・・・」

 

 狙い通り、困惑しながら停止するセイレーン。しかし困惑したのはシグニットも同じだ。

 

 (な、なんだろうあれ・・・台本に見えるけど・・・)

 

 ぺらぺらと冊子をめくるセイレーン。隙だらけではあるが、不意討ちしたら最期だと分かるだけに動けない。

 

 「ダメだ、ボなんとか卿っての以外に関しては書いてない。うーん・・・なァお前、鉄血のKAN-SENか?」

 「へ!? う、うち・・・?」

 

 シグニットは首を振る。

 セイレーンはしょんぼりした顔になった。

 

 「だよなぁ。ロイヤルの駆逐艦だよなぁ・・・見たことあるよ、シグニットだろ?」

 「え、えっと・・・?」

 「あ、あたしはオミッター。セイレーンの上位個体なんだけど、この辺りにあるイドフロント? って島、知らないか?」

 

 敵対する様子もなく、優しい表情で親し気に放すオミッター。

 シグニットはとりあえず目下の危険は無さそうだと判断し、対話を長引かせることにした。

 

 「え、えっと・・・この辺りっていうと?」

 「? だから、この鏡面海域の中だよ。鉄血陣営の管理する孤島らしいんだ。」

 「きょ、鏡面海域の中にKAN-SENがいるの?」

 「KAN-SENどころか、人間までいるらしいよ? で、知らない?」

 「ま、待って。人間が鏡面海域の中にいるの? どうして?」

 

 鏡面海域はセイレーンにとってはラボみたいなものだが、人間側にとっては戦場とイコールのはず。セイレーンにとってもシグニットにとっても可笑しな話だった。

 

 「どうしてって言われてもなぁ・・・あたしもこの辺は初めてなんだよ。今までずっと北極海にいたから、まぁちょっとした休暇がてら、お使いにな。」

 「おつかい・・・?」

 「そ、お使い。テスっちとレイちゃん様のな。」

 「て、てすっちとれいちゃん?」

 

 上位個体、だろうか。オミッターと名乗るこの上位個体に指示を出すということは、少なくとも意思無き量産型ではない。上位個体下層のピュリファイアーやオブザーバーのあだ名ではなさそうだし、もしかしたら上層の個体かもしれない。

 反射的に聞き返したシグニットだが、オミッターはしまったという表情になった。

 

 「やば。テスっちはともかく、レイちゃんのことはマズかったかな・・・いやでも、台本には・・・」

 

 うんうんと唸り出したオミッターから、シグニットは静かに距離を取る。と言っても、ほんの数歩程度なのだが。

 

 「うーん・・・お? 黎明卿配下のKAN-SEN以外に遭遇した場合、あるじゃん。見落としー・・・」

 

 躁鬱のように、ころりと表情を変えるオミッター。指で冊子をなぞりながら読み上げる声に、シグニットは静かに耳を澄ませた。

 

 「黎明卿配下でなく、かつ心証を加味して鉄血か重桜陣営でもないKAN-SENに遭遇した場合・・・コホン。」

 

 何故咳払い?

 シグニットが首を傾げると、オミッターは芝居がかった様子で両手を大きく広げた。

 

 「闇は夜の中に、墓は死の中に、そして我々は秘密の中に在らねばならない。それを暴く愚か者よ───この場で沈み朽ちて逝け!」

 

 雲が流れ、波の立つ風音だけが空しく通り過ぎる。

 シグニットが虚無と驚愕に浸ること数秒。沈黙としては十分な意味を持つ時間が流れ、オミッターは愕然とした表情になった。

 

 「ウケなかった・・・だと?」

 

 台本をめくり、ぶつぶつと呟きながらペンを走らせるオミッター。

 異常といえば異常な光景に、シグニットは後ずさる。

 

 「ナニ引いてんだテメェ! カッコよかっただろうが!」

 「えぇぇぇぇ!?」

 

 (こわ、怖いよこの子・・・情緒不安定すぎるよぉ・・・もうやだ、帰りたい・・・)

 

 シグニットは諦観交じりに全砲門をオミッターに向ける。

 第六感どころか、味覚以外の全てが総動員で危険を訴えてくる。見ろ、聞け、嗅げ、しかし触るな。全力を以てそいつを観察しろ。死線の最も超えやすい点を探せと。

 

 「さっきから遠巻きに見てるテメェらもよォ・・・舐めた真似してんじゃねェぞ!!」

 

 オミッターの艤装、鮫の大口のようなそれに、青白い光が収束する。

 シグニットには、台詞の意味を理解するだけの時間しか無かった。

 

 (さっきから、遠巻きに・・・?)

 

 そういえば、この辺りには鉄血陣営の島があると言っていた。管轄海域にこれほど強力なセイレーンが出現すれば、哨戒機や観測機を飛ばすのが普通だろう。しかし、対応するためのKAN-SENはいない。つまり───

 

 (あぁ、そっか・・・うち、囮にされたんだ・・・)

 

 周辺にいないドロップ観測者。最悪のタイミングで現れた強力なセイレーン。何もかも、仕組まれたことだったのだ。

 絶望の淵に立ち、シグニットは表情を緩ませた。

 

 「すごい、綺麗・・・」

 

 オミッターの艤装から放たれた、青白い光の束。

 死を自覚し、ある種の超集中状態になったシグニットは、コマ送りの世界でそれを眺めていた。

 まともに当たれば、おそらく2秒から3秒で蒸発するだろうエネルギー量だ。言うなれば崩壊の極光。美しく眩い死。

 

 シグニットはそっと目を閉じ───不意に、迫る光が途切れる。

 

 見えたのは、自分を庇う背中だった。

 

 「───『枢機へ還す光(スパラグモス)』。」

 

 同系の光が、オミッターの放った“死”を受け止めていた。

 

 

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