アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
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・・・あと未確認なのですが、日間6位だったってマジですか?
ボンドルドはこれまで、素顔どころか素性を誰一人として知らない謎の人物として知られていた。
世界政府じみた大規模組織の首脳という、一定以上の透明性を要求される地位に居ながらそれが許されたのは、ひとえに有能さ故だ。
誰も顔を知らないということは、影武者を容易に立てられるということだ。だが、裏を返せば、それは成り代わりが容易だということでもある。
『アビス』の支配権を以てすれば、人間を組織単位で消し去ることもできる。下手をすれば、小規模な陣営すら。
強大な権力を付与される統治者の椅子を、強力なKAN-SENではないただの人間が持っている。悪意を持つ者が狙うには格好の的だ。
故に、ボンドルドとて初めのうちは多くの敵に囲まれ、顔を晒すことで一定の安全を確保するよう乞い願われてきた。
それが無くなったのは、愛想を尽かされたという意味ではなく、その真逆。
ボンドルド本人にしか達成できない数多の偉業を成し遂げ、立ちはだかる敵は気付けば消えており、配下のKAN-SENたちは狂信的なまでに忠誠に篤く、さらには顔を知っている。
人々は安心したのだ。
「彼は、彼でしか在り得ない」「彼を害せる者などいない」と。「彼がいれば安泰だ」という信頼は、「彼は不滅だ」という狂信によってさらに強固なものとなった。
それを知った上で、江風は正面から、頭を下げることもなくただ問いかける。
仮面を外し、素顔を見せられるか。
もしボンドルド本人なら、その逆鱗に触れたとしたら、きっと大鳳なり赤城なり、或いは眼前で敵意を宿す鉄血陣営艦の誰かが、江風を処断するのだろう。
練度100を迎えた江風の全力でも、この顔ぶれから逃げ切るのは難しい。反撃を
本人なら、その時は自らの不明を詫び首を差し出すまでのこと。
本人でない、愚かにもボンドルドを騙る不敬なる僭称者であれば、江風は眼前の絶対防衛線を乗り越え、それこそ自爆し刺し違えてでもその首を取らねば収まらないだろう。
「えぇ、構いませんよ」
かち、と、拍子抜けするほどあっさりと仮面を外す。
しかし、現れたのは態度に──いや、この世に似つかわしくないとすら表現できる悍ましいものだった。
顔の所々には縫合痕が目立つ。肌の色すら違うということは、完全に別人の皮膚を無理矢理縫い合わせたものか。
骨格の線は細く、どちらかといえば女性的に見える。しかし、声は間違いなくボンドルド当人の、穏やかな紳士然としたものだった。
なにより異質なのは、目だ。
一つの眼球に複数の瞳孔を持つ、古代アジア圏では貴人の証とされていた異相。
その目が、まるで目蓋のように開き、もう一層の重瞳を覗かせる。
異形。異相だ。どう見ても人の域を外れたモノだ。
かつて江風が見た相貌とは比べ物にならない。
「そ、れは・・・KAN-SENを・・・?」
江風が喘ぐように驚愕を口にする。
そう。今のボンドルドは外見の比喩的な意味でも、そして物理的な意味でも人間ではない。
その身体を構成するのは7人のKAN-SENの死体であり、もし仮にメアリー・シェリーの描いた死体人形を『人間』と呼ぶのなら、それは『KAN-SEN』と呼ばれるべきだろう。
死体の口元が歪む。
継ぎ接ぎの表情筋に感情を表出させる機能を付けたのは如何なる理由か、それはボンドルドだけが知ることだ。
「あまり、見ていて楽しいものでもありませんね」
いつもの仮面を着ける。
I字に発光する黒い仮面とて安堵や安心からは程遠い無機質なデザインだが、江風にとって、それは忠誠を捧げるボンドルドという存在を象徴するものだ。
「江風、人間とは、何だと思いますか?」
「え・・・?」
KAN-SENは人型兵器であり、その精神性を人間に近しくする個体も少なくはない。むしろどちらかと言えば、外見通りの精神を有する個体の方が多いくらいだ。大鳳やローンのような狂気寄りの思考を持つKAN-SENは稀といえる。
ではKAN-SENにとって人とは何か。
自らに似た姿を持ち、自らに似た思考回路を持つ。けれど、その身体構造は人間のそれとは異なっているし、内包する力も桁違いだ。また思考プロセスも、人間よりも合理的かつ機械的だ。
ヒトに出来てKAN-SENに出来ないことは何か。
KAN-SEN出現直後に、あらゆる陣営の科学者がKAN-SENを研究し、そして異口同音に言った。
それは裏切りと繁殖だ。
兵器であるKAN-SENに、自己増殖機能はない。
兵器であるKAN-SENに、離反は無い。
・・・世界的にはそう知られている。だが、ボンドルドに言わせればそれはどちらも間違いだ。
少し手を加えればKAN-SEN・KAN-SEN間での繁殖も、ヒト・KAN-SEN間での繁殖も可能になる。とはいえその必要性がないし、特に赤城や大鳳には秘匿しておけとグローセに厳命されているので、ビスマルクとグローセくらいしか知らないが。
その大鳳は、陣営から離反したKAN-SENの最たる例だ。保護されたドロップ艦ではなく、母国陣営に正規に所属していながらそれを捨て、左遷される指揮官に付き従った、忠誠心ゆえに母国を捨てた愛ゆえの裏切り者。
では、ボンドルドのいう人間とは何か。KAN-SENとの違いは何か。
「以前に、KAN-SENの肉体に人間の精神を移植したことがあります。彼女は自分を人間だと、その肉体を自分の物だと認識し続ける限りにおいて、KAN-SENとしての力を発揮することはありませんでした。ですが、遂に自身をKAN-SENであるとを認識したとき、拒絶反応と自我崩壊の中で、KAN-SENの力に目覚めたのですよ」
ボンドルドは一度言葉を切るが、江風は思考しながらも声を上げることなく続きを待っている。
ここ最近に解説を垂れた相手がウォースパイトやアークロイヤルといった、いわゆる人格者ばかりだったからついた癖のようなものだが、重桜と鉄血のKAN-SENには不要だった。
「逆の事例もあります。KAN-SENの意識を移植された人体は、瞬間的にKAN-SENと同等の力を発揮することが出来ました。尤も、強度の違いからすぐに壊れてしまい使い物にはなりませんでしたが」
KAN-SENと同等の力というのは、物理的な力に限った話ではない。砲撃に長けたKAN-SENのもつ機械じみた演算能力や、非物質の顕現のように驚異的な事象をもたらすスキルなど。ボンドルドがスキルカートリッジと呼ぶものも、この実験を元に着想されている。
最低でも人間二人、KAN-SEN二体を実験台送りにしたと告げられてなお、江風の表情に、心情に揺らぎは無い。
「認識ですよ。人は、己を人であると定義し続ける限り、人なのです。身体構造や精神構造は確かにその根幹ですが、全てではありません。──江風、貴女は私を、どう定義しますか?」
それは江風の問い、「貴方は黎明卿か」という疑問に対する答えではない。むしろその逆だ。
「自分は黎明卿か」と、そう江風に問うているのだ。
「──帰還を、心待ちにしていた。命令を、指揮官」
跪き、答える。
それは客船から恐々とこちらを窺っていた重桜のKAN-SENたちの総意でもあった。
◇
セイレーン・共通認識空間。
一定以上のセキュリティクリアランスを持つ上位個体が意思疎通を図るときに使われる、主に上位意志を伝達するための会議室のような空間だ。
ピュリファイアーやオブザーバーといった知名度のある個体から、未だ人類の知らない個体まで、ほぼ全ての活動中の個体が揃っている。中にはレイ、オブザーバー・零と呼ばれる最上位個体の姿もあった。
「黎明卿が重桜と鉄血を統合し、レッドアクシズを作り上げたわ。まずは一歩、といったところね」
話題を提起したのはテスターだ。比較的レイとの意思疎通が多い彼女は、こうして進行役に当てられることがある。
「まだ二陣営。それも質の戦力で辛うじて耐えてる弱小じゃない。・・・ねぇレイ、本当にアイツでいいの?」
レッドアクシズのKAN-SEN達が聞けば激昂は免れない、侮るようなピュリファイアーの言葉だが、それがセイレーン側の認識だ。
質の戦力など、その気になればそれ以上の質と量を用意できるセイレーンにとって無意味の極みだ。例外はセイレーン側でも詳細を把握しきれていない、実存する非存在、架空艦の二隻のみ。
人類を滅亡させ得るセイレーンにとって、潜在的な脅威となるのはむしろユニオンやロイヤルといった、量の戦力を保有する陣営だ。
勿論、現状で押し潰しやすいのもこちらだ。だがボンドルドがユニオンとロイヤルの戦力全ての質を鉄血レベル相当まで押し上げれば、セイレーンの中枢艦隊にすらその爪牙は届く。
「それが、現状の理論最適解よ。苦手意識も分かるけれど、抑えなさい」
簡単に言ってくれる、と内心で舌打ちをするが、そもそもここは認識空間、つまりは内心を共有している様なものであり、筒抜けなのだが。誰も指摘しない辺り、最もボンドルドに狩られ「汎用素材として便利」とまで言われるピュリファイアーの苦悩には理解があるのだろう。
「人類は我々という脅威に対し、団結し、時に敵対し、自分たちを高め続けねばならない。でなければ──」