アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
フリードリヒ・デア・グローセというKAN-SENを語り、また仮想敵とする上で外せない要素とは何か。
セイレーンの要素を本体や艤装に取り入れた重桜・鉄血のKAN-SENにとって、彼女の受けた対セイレーン特化改修は、他のどの陣営のKAN-SENにとってのものより脅威となる。
被弾のみならず、接近に対してすら反応する装甲無視の特殊弾幕スキル『破壊のSinfonie』は、どの艦種のKAN-SENに対しても障害となる攻勢防御だ。
自身が攻撃するごとにその性質を変える強化スキル『混沌のSnoate』は、単純な強さだけでなくトリッキーさを与え、強さに幅を持たせている。
そして自身が有利であれば火力に、不利であれば防御に強力な補助をもたらす『闇黒のRhapsodie』が、彼女に一切の隙を作り出さない。
列挙するだけで如何に強力な存在かが分かるスキルを持つ彼女だが、彼女の指揮官であるボンドルドも、彼女自身さえも、そのスキルには一定の評価しかしない。
では一体何が、彼女を最強のKAN-SEN足らしめているのか。
それは、その金色の瞳と同じものを持つという、悪魔の如き先見性だ。
旧世代のある数学者は、こう語った。
『ある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができれば、その目には未来すらも見えているであろう』
戦場を構成する全ての要素を。波を、風を、敵を、味方を、自分自身を。その全てを観測することができるグローセは、戦場の未来を知るが故、悪魔の如き強さを得た。
それはかつてボンドルドに拾われたダイドーが経験した時間遡行による未来知の、その無敵性の再現──否、完全上位互換といえる。
しかし。時代は変遷する。KAN-SENを強化する技術は開拓され、かつてのグローセに並ぶと自他ともに認められる程度には、赤城も大鳳も育っている。
即時撤退技術を導入され、死を克服したKAN-SENを指して言う『
「そう示してご覧なさい!」
「そう示して差し上げますわ!」
大鳳が吠えるのに先んじて、グローセが哄笑する。
しかし、その程度にはもう慣れっこな二人だ。ローンだけは、微かな驚きと興奮を覚えているようだったが。
グローセの従える超大型の半生体艤装が蠢き、特大の砲口を覗かせる。指向する先は大鳳と赤城だ。最強のKAN-SENが放つ威圧感は、人間であれば死を錯覚させ心臓を止めることすら可能だろう。
本体による照準とトリガーの必要な他陣営のKAN-SENよりも、艤装が意思を持つ鉄血陣営艦の攻撃は発生が早い。
だが、それは本体に手を加え強化した重桜陣営のKAN-SENも同じだ。
大鳳と赤城の二人から、空を埋め尽くすほどの艦載機が放たれる。
それは差し迫る死に備えるものではなく、死を乗り越えた次に、逆に相手の喉笛を食いちぎるための攻勢用意だ。
大鳳は防御に秀でた装甲空母であり、赤城も重装甲ではないにしろ、耐久力では他より秀でた正規空母だ。とはいえ、超至近距離──グローセの装甲無視弾幕の発動には十分な距離だ。当たり所が悪ければ一撃で沈みかねないし、急所を外すような距離でもない。つまり、必殺の距離だ。
だが、それは
黒い影が動く。
彼女はグローセと同じ架空艦ながら、誰にも同格としては扱われず。8割程度の強さとだけ見込まれ、ロイヤル陣営にすら一個連合艦隊
そんな軽視を。蔑視を。軽侮を。許すような女ではない。
「えぇ、えぇ、それが最適解よ! ──《破壊のSinfonie》」
「私を──舐めるなッ!」
指揮棒が振られ、視界を埋め尽くす密度で、装甲を無視する極悪の弾幕が展開される。
割り込むように、青白い燐光を纏う盾が展開された。
ローンが持つスキルの一つ、『全方位装甲』だ。あらゆる攻撃を遮断するそれは、触れれば一撃で轟沈すら有り得る弾雨を防ぎ止める。
イラストリアスのスキル『装甲空母』と違うのは、イラストリアスの与える無敵の加護には限界値があるのに対し、ローンの盾にはそれがないということだ。イラストリアスの防護は付与される装甲値を一撃で貫通するほどの火力──例えば、ボンドルドの『
勿論、無敵という訳ではない。攻撃を完全に吸収するその盾は、防御限界値が無い代わり、耐久値はかなり低い。砲撃であれば8回程度も防御すれば、すぐに盾を構成するエネルギーを使い切ってしまう。脆さをカバーするために量を展開しようにも、4枚ほど作り出せば、30秒はリチャージが必要だ。
だが。目の前に迫る弾幕を凌ぎ切ってしまえば、暗雲の如き艦載機群からの大規模攻勢が始まる。それに、グローセの特殊弾幕とてエネルギー消費は大きい。そう連発できるものでもないはずだ。
光り輝く死の雨を、盾を駆使して防いでいく。いつ終わる? 盾で弾ける弾幕で、その密度の衰えが、その先にあるグローセの表情が、最も警戒しなくてはならない艤装の動きさえ見ることが出来ない。
役割通り死を8回克服して、盾が割れる。あと3枚、あと24回しか防げない。まだ弾幕は続いている。盾が割れ、死が近付いてくる。盾が割れ、割れ──死の弾雨が、晴れた。
「ッ!!」
即座に艦載機群の攻勢が始まり、こちらの勝利が──
「ぇ?」
視界に、雨。
ぼとり、ぼとりと、暗雲がその身を雨と墜とし、その密度を見る間に失っていく。
炎上し墜落する鉄の雨は、グローセの周りを避けるように落ちては消えていく。
いつの間に、と考えて、すぐにその答えは導き出せた。
スキルだ。あの『破壊のSinfonie』は、大鳳でも赤城でも、ましてやローンを狙ってのものではない。
グローセは赤城と大鳳が発艦した艦載機の群れを、対艦用弾幕で撃ち落としたのだ。
ローンが受け止めたのは、その余波に過ぎない。
手に刺さったトゲをハンマーで抜くような所業の、過剰で精密な荒業の、ほんの余り物が、ローンに死を覚悟させたのだ。
凄い。強い。凄まじい。素晴らしい。感動的。こういう時に浮かぶあらゆる感嘆はしかし、そのどれもがローンの内心に合致しなかった。
「あぁ、なんて──妬ましい」
穏やかな微笑を絶やさない普段のローンからは想像もできないほど、凄惨な笑顔を浮かべる。
瞳の色が変わるほどの興奮と、思考を埋め尽くすほどの強烈な嫉妬。いつかそこに辿り着きたいという羨望と、手を届かせるという強靭な決意。
そんな内心は、戦場のあらゆる全てを観測する悪魔の瞳に映り──グローセが初めて、ローンに微笑を向けた。
「あぁ──ボウヤと同じね。素晴らしいわ」