アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
ボンドルドがローンにのみ導入した、対
当然ながら模擬戦程度に使っていい代物ではない。だが、グローセの凄惨な笑みは深まるばかりだ。
収束する赤い光が、正に解き放たれようとしたその瞬間だった。
みし、と、軋みが上がるのを自覚して、ローンは凄惨な笑みを浮かべた。意識の端で、本能だか理性だか分からない何かが警鐘を鳴らしている。
「ッ、グローセ、彼女は一体!?」
「暴走しているようにしか見えないのですけど!?」
赤城と大鳳の悲鳴が聞こえる。
彼女たちは傷付けてはいけない。友軍は、傷付けてはいけない。それが兵器というモノだから。
歪み、軋み、剥がれていく。みんなが丁寧に造形して、丁寧に塗装して、決して外に漏れ出ないようにと押し込めていた、大事な大事な──
「ぁ、あ、あは、あははは──!!」
私はローン。鉄血陣営所属の重巡洋艦。趣味は放生──趣味? 兵器である私に、そんなもの──いえ、兵器である以前に、私は、重巡洋艦ローンという存在は、非存在は──
意識が塗りつぶされていく。塗りつぶされて? いや、違う。これは、むしろ戻って──
怖い?寂しい?悲しい?辛い?悍ましい?
違う。違う。違う。違う。違う──
わたしは兵器。わたしは非存在。わたしは。
私たちはKAN-SEN。人類を未来へと導く兵器
◇
「・・・え?」
次にローンが目覚めた時、目に入ったのは清潔感のある白い天井だった。
艤装の改造手術と、それに伴う本体の最適化を受けた時に横たわった手術台。寝心地よりは安定性を重視したそこに、ローンはまた寝かされていた。
無影灯の光が目に染みて、そっと瞳孔を絞る。
「お目覚めですか、ローン」
傍らに影のように立っていたボンドルドが心配そうに──顔は見えないので気配からの判断だが──覗き込んだ。
妙に威圧感と不気味さを伴う所作だが、ローンは不本意ながら安心感を覚えた。
「指揮官、私は・・・」
「あぁ、まだ所々修復しきれていませんので、あまり動かないように」
身体を起こそうとして止められ、気付く。
右腕と左足が無く、右脇腹のあたりには修復直後に特有の違和感があった。
「驚きましたよ。鏡面海域から出てきたとき、君は艤装・本体共に大破していました。グローセが加減を誤るとは、珍しい災難に遭いましたね」
その言に違和感を覚える。艤装・本体大破といえば、KAN-SENでも死を実感するほどの大怪我だ。とはいえ、KAN-SENは身体の崩壊が始まりさえしなければ、たとえ指の一片しか残っていなくても修復ドックに入れれば治る。
大怪我だろうが擦り傷──重巡洋艦に“擦り傷”を付けるだけの凶器は、おそらく人間にとっては致命傷を免れないものだが──だろうが、とにかく修復ドックに投げ込んでおくというのがセオリーであり、また最も盤石な治療法だ。
如何にボンドルドが優れた技術を持っているからと言って、ドック以上の治療行為を施すことは不可能だと断言できる。
とはいえ、ボンドルドは鉄血陣営艦から見てもちょっと引くレベルの効率主義者であり、また理想主義的現実主義者でもある。そのボンドルドがドックではなくこの手術室に運び込んだということは、修復以外の処置が必要だったということだろう。
「私は、負けて──いえ、私は一体、何を、どうして・・・?」
「・・・まだ、少し混乱しているようですね。もうしばらく休んでください」
監視役か看護役か定かではない、表情の読めない仮面を着けた研究助手『
祈手は全てボンドルドだ。そういう意味では彼はまだここに残っているし、監視でもあり看護役でもあるのだろう。そんなくだらないことを考えられる程度には冷静だったが、ローンの性格を考えれば、むしろそんな下らないことを考えるほどに動揺していたのかもしれない。
感覚的に、ローンは理解していた。ボンドルドに投げた問いは、ただ思考を纏めるため。或いは、ボンドルドにその仮説に対するお墨付きをもらうためのもの。
あれは、暴走などではない。むしろ、あれをより正確に評するならば──後進復帰、或いは原点回帰
「・・・あは」
ローンは正しかった。その在り方は、ただ非存在が存在の模倣をしただけなどではなく、むしろ歪みとされるものこそが本質であり、正しいものだった。
それが嬉しくて。或いはどうしようもなく悲しくて、ローンはただ、嗤った。
手術室を出たボンドルドを出迎えたのは、どこか上機嫌そうなグローセと、反対に不機嫌そうな大鳳の二人だった。
「おや、赤城はどうしました? 彼女も興味を持っていた様子でしたが」
「修復ドックですわ。あれだけの戦闘でしたから、お疲れなのでしょう」
珍しく何の皮肉も交えずに言った大鳳の表情にも色濃い疲れが浮かんでいるのを見て、グローセが苦笑した。
「貴女も相当なダメージを負ったはずなのだし、休んだ方がいいんじゃないかしら?」
「・・・」
斯く言うグローセには一片の疲労も見受けられない。彼女たちの報告によれば、暴走状態にあったローンの片足と半身を噛み千切ったのはグローセの艤装であり、つまりローンを鎮圧したのは彼女のはずなのだが。
大鳳が羨望交じりに向ける「なにこいつ」という視線を涼し気に受け流して、グローセがボンドルドに向き直る。
「今日のところは赤城もローンも本調子じゃないし、説明は後日でいいんじゃないかしら?」
「えぇ、そうしましょうか。・・・あぁ、そうだ、グローセ」
これでお開き、という空気になり、実際に二人とは別方向に歩き出したボンドルドがふと足を止め振り返る。
形式的なやり取りは研究の時間を奪うだけと、こういう時にさらっと大事な連絡事項やら命令やらを通達することの多いボンドルドだ。自然、二人の意識も集中する。
その甲斐もなく、出てきたのは本当にどうでもいい──少なくとも、陣営の趨勢を左右するものではなかった。
「その指輪、とてもお似合いですよ。グローセ」
「・・・ありがとう、ボウヤ」
グローセは右手の薬指に輝く指輪が霞むほど美しい微笑を浮かべた。