アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
二つの光は同時に掻き消え、余波が周囲の海面を凪へと落とす。
揺り返してきた波飛沫で長い黒衣を濡らしながら、その男は振り返った。
「お怪我はありませんか?」
「あ、え、えっと、大丈夫でしゅっ・・・」
盛大に舌を噛み、赤くなって悶えるシグニット。
その頭に、硬質なグローブで包まれた手が置かれた。
「君はかわいいですね。もう怯えることはありませんよ。私の艦隊が、貴女を保護します。」
「か、かか、かわっ・・・!?」
落ち着いた、優しげな声ではあるが、フルフェイス型の情報端末で顔は見えない。
しかし、シグニットはその奥に穏やかな光を湛える瞳を幻視した。
「あなたは・・・?」
「彼は私たち──鉄血陣営の指揮官よ。」
「ぅゎっ!?」
陶酔ぎみに、セイレーンと対峙する背中に手を伸ばせば、背後から不機嫌そうな声が突き刺さる。
反射的に手を引っ込めて振り返ると、滑らかな金髪の映える黒い軍服に身を包んだKAN-SEN。声の通り不機嫌そうに、数人のKAN-SENを引き連れて立っていた。
「私はビスマルク。鉄血陣営第一艦隊の旗艦を務めているわ。」
白手袋に包まれた手が伸ばされる。
シグニットが慌ててその手を握ると、ビスマルクは率いる艦隊の方を振り返った。
「これより、貴女は私たちが保護するわ。その後の処遇は・・・それは指揮官と貴女が決めることか。」
ドロップの保護はよくあることなのだろう。
慣れた様子で、或いは機械的に、ビスマルクはそう宣言した。
◇
「その仮面、その外殻・・・黎明卿ってやつに間違いないな?」
「えぇ、相違ありませんよ。私はボンドルド。黎明卿とも呼ばれています。」
互いに必殺の一撃をぶつけ合った直後とは思えない、楽しそうな声音で話すオミッター。
答えるボンドルドも物腰は穏やかで、攻撃の予備動作すら取っていない。
オミッターがボンドルドの背後を一瞥し、誰も聞き耳を立てていないことを確認した。
「未知啓く黎明、深淵を覗く深淵、禁忌を忌む開拓者! その知、その技、その業に問う! 汝、裁く者なりや?」
どこか嬉しそうに、芝居がかった様子で問うオミッターに、ボンドルドは首を傾げる。
「裁判所に訪れたことは何度かありますが、上座に座ったことはありませんね。それより──」
オミッターが硬直する。
殺気というにはあまりに敵意なく純粋で、だからこそ禍々しい
「貴女の攻撃──いえ、貴女の身体はとても興味深い。練度にして80前後でしょうか、ピュリファイアーやオブザーバーよりも強靭そうです。」
「な、んだ、テメェ・・・」
唐突に、まるでスイッチを切り替えたように吹き出す威圧感。
いや、それは幻覚だ。ボンドルドは威圧などしていない。ただオミッターが怯え、怖気を催しただけ。
「その身体、その艤装───是非欲しい。」
知らず、オミッターが後ずさる。
一歩の後退に対し、ボンドルドは二歩踏み出す。
「く、来るんじゃねェ!」
青い光線が、今度は海面に向けて撃ち出される。
一点に収束した大規模なエネルギーは、一瞬ながら海底まで続く円柱状の空間を生み出す。続くのは当然、水蒸気爆発だ。
周囲一帯に高波と霧を生み出し、オミッターは離脱する。
「レイちゃん様からの伝言だ! 『あなたは真に人類の益となる。やがて深淵の底で、審判者の座を。』だとさ!」
立ち込める霧に、二条の斬線が入る。
オミッターのものと似た光が霧を払うが、そこに姿は無かった。
「おや、逃げられましたか。」
両腕の装置から肘に向けて伸びる光刃──ピュリファイアーの艤装から作り出した『
整列した艦隊と、所在なさげにちらちらとボンドルドを盗み見るシグニットが待っていた。
「さて───」
ボンドルドは海面を歩き、シグニットの前で止まった。
「改めて、私はボンドルド。鉄血陣営の指揮官です。」
差し出された手を握ったとき、シグニットは卒倒しそうになるのを堪えるので精一杯だった。
「いろいろとお聞きしたいことはありますが・・・まずは安全なところへ行きましょう。」
◇
セイレーン・大西洋中枢艦隊。
かつてグリーンランドと呼ばれていた氷の大地に本拠を置くそれらは、たった一人のセイレーンによって指揮されている。
個体名はオブザーバー・
クラゲのような艤装を纏う彼女の前に立つオミッターは、顔を蒼褪めさせて震えていた。
「もう一度言いなさい、オミッター。彼に、何をしたと?」
「に、逃げるために、足元に攻撃しました・・・」
ダウナーなレイの目に、疑いようのない険が宿る。
オミッターが竦み上がり、早口にまくし立てる。
「い、いや、だってレイちゃん様、アイツやべェんだって! なんか捕まったら解剖でもされそうな感じでさ!」
正解である。
ボンドルドのことは知っているのか、レイはそうでしょうねと頷いた。
愕然とするオミッターに、レイはどこまでも冷徹に告げる。
「彼は人類の強化に必須のファクターよ。貴女が解剖されることで彼の利になるのなら、貴女は身体を差し出すべきだわ。」
「身体をって、なんかちょっとHだな・・・」
「? ・・・いい? 彼は必要なの。逃げるのはともかく、攻撃するなんて論外よ。次やったら人格プログラムに制限かけるから。」
へーい、と気だるそうに返事をしたオミッターを、レイは部屋から叩き出した。