アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
分厚い氷に覆われているとはいえ、一応は大陸であり、強固な岩盤の大地を持つ南極とは違い、北極は純然たる氷だ。
探査基地を建設し、専用の車や重機を活動させることはできる。だが軍事要塞──それも、対艦戦闘を想定したものを建設するとなると話は別だ。
強固な建造物には強固な基礎が、強固な基礎には強固な地盤が必要不可欠だ。熱や圧力によって簡単に変質する氷の上というのは、その条件には当てはまらないはず。
「要塞というと、氷上要塞ですか? セイレーンの技術力は、やはり予想を大きく上回りますね」
氷上要塞は現実的ではない。それは建設にかかる時間や資金に関してもそうだし、建設した後の耐久性や実用性もそうだ。
だが、不可能でもない。それらの否定要素を取り除けるか、或いは上回るだけのメリットを用意できるのなら、ボンドルドは躊躇いなく導入するだろう。
その一歩目が提示されるのかと、好奇心を燻ぶらせていた。
しかし、ロシアの首は横に振られた。
「いや、あれは・・・そうだな、言うなれば“氷山要塞”だ。基地に資料があるが?」
「それは大変興味深い。では整備や服の調達も兼ねて、これからお伺いしても?」
「無論だ。案内しよう」
踵を返した3人の案内に従い、北連本土までの海上を移動する。
道中に何度か接敵したが、どれも北連艦の3人だけで対処可能な量産型艦だった。
しばらく進み陸が見えてくると、不意にロシアが片手を上げて全体を停止させた。
「ここからは各自、ソナーかレーダーを使って海面を警戒しながら進んでくれ。あと、なるべく私たちの後ろを通ることだ」
機雷やそれに類する何かが敷設された防御陣地だと推測できるが、それにしては陸が近すぎる。これでは漁船や輸送船の往来にも支障が出かねない。
そう何人かが首を傾げていると、突如、遠くで爆音と共に水柱が立ち上がった。
「・・・今のは、浮遊型機雷2号ですか。随分と懐かしいものを使っているのですね」
浮遊型機雷2号は、一辺10センチほどの低反射塗装が施された薄い板だ。往々にして青か水色、白に塗られるそれは、主に輸送機から1000枚単位で海へと散布される。
内部にあるフロートが海面から下数センチの位置にそれを留まらせ、金属感知センサーにより、接近した対象を感知・攻撃する。
これの面白い点は、非常に小型かつ軽量で、流れに乗りやすいことにある。
かつてボンドルドは、旧世代の核兵器を持ち出して『アビス』に宣戦した人間主義者団体の基地を攻撃するのにこれを用いた。
レーダーにKAN-SENが映った瞬間に核攻撃を仕掛ける、と脅迫していた彼らは、数千キロも離れた海域から海流に乗って基地近海へと流れ込んだ大量の小型機雷により、基地施設や核搭載フリゲート艦を含む海上戦力に大打撃を受けた。
そして今、その浮遊型機雷2号は『アビス』によって禁止兵器に指定されている。その理由は当然、海域の汚染。それと──そのスマートさにある。
浮遊型機雷2号は一つの例外もなく、製造から一定期間経過後に自爆するようになっている。もともと一回使えば終わりで、製造法を教えるつもりも、継続使用する気も無かった兵器だ。旧世代の地雷のように、一個海域を──下手をすれば海流の走る海域全てを汚染区域にしてしまうのは、『航路の守護者』であるボンドルドとしても望むところではない。
ユニオンやロイヤルといった広大な海域を持つ陣営としては、その流動的な防御装置は大変魅力的に映ったようだが。
だから、一つの狂いも無いように自浄機能を取り付けた。しかも機械的な時限装置だけでなく、フェイルセーフとして化学的な腐食により作動するものまで。
きちんと一定期間経過後に自爆するようになっていますよ、と、裁判所で自慢したものだ。
なお血相を変えた二陣営の必死の回収作業はその流動性故に難航し、いくつかの沿岸都市は津波の被害を受けた。
閑話休題。
ボンドルドが懐古に浸る間もなく、ロシアが舌打ちをした。
「あれは、以前の議会が設置したもので、私たちの意思ではないんです。むしろ、あれのせいで民間人にも被害が出ていて・・・」
柳眉を逆立てた大鳳が行動を起こすより早く、チャパエフが弁解する。
ロシアもすぐに冷静さを取り戻し、脱帽した。
「あぁ、すまない。あの老人共、機雷で人が怪我するたびに『セイレーンにやられた』『守れなかったKAN-SEN共のせいだ』と繰り返していてな。お陰で今は内政にも手間取っている」
「是非力になって差し上げたいところですが・・・生憎と、内政は私も明るくありませんので」
腹芸を好まないソビエツカヤ・ロシアと善性の化身たるボンドルドの会話には邪気や裏が無い。外交的な意図など一片も無く、陣営の内情はそのまま愚痴になっているし、鉄血やレッドアクシズの安定した治世がボンドルドの手腕でないことは・・・まぁ、少し考えれば分かることか。
ボンドルドは内政
そんな話をしつつ機雷群を抜ければ、遠く港や沿岸に人影が見えた。
釣り人や散歩する近隣住民、といった風情ではない。落下防止柵に寄りかかり、或いは堤防に登ってこちらを見つめる彼らは、どちらかと言えば先の爆発に釣られた野次馬のように見える。
だが、野次馬に向けるものにしては、北連艦の視線は険が籠りすぎていた。
近付くにつれ、ロシア語で描かれた横断幕やプラカードが目に入る。
基本的にマルチリンガルなKAN-SENたちが意味を解して顔を顰め、チャパエフが恥ずかしそうに頭を下げた。
「すみません、お見苦しいものを・・・」
「構いませんよ、慣れていますから」
ボンドルドは軽く応じるが、KAN-SENへの反発や現状への不満を書き連ねたプラカードの中に『KAN-SENに飼われることを受け入れた負け犬』『自分だけ甘い汁を啜る労働者の敵』といった、ボンドルドを揶揄するものを見つけたレッドアクシズ艦の反応は苛烈だった。
ぞわり、と、噴出する殺気よりも尚濃い暗雲が立ち込める。それは大鳳が発艦した艦載機であり、威嚇などではなく本気であることを示すように、大半が爆撃機だった。
ぎょっとした北連艦たちが慌てて制止するが、練度差は30にも及ぶ。仮にどうにかできたとしても、続いて発艦した翔鶴の艦載機までは対処しきれまい。
ビスマルクは軽く嘆息し、ツェッペリンは興味なさげに行く末を見ている。グローセは楽し気な微笑すら浮かべており、制止は望めなかった。
海岸線では人々が慌てふためき、逃げ始めているが、遅すぎる。数秒も経たず、辺りは焼け野原になり、KAN-SENたちの気分を害した彼らは、普段自分たちが石を投げ罵倒していた彼女たちが何者であったかを知ることになる。
「・・・『
その極光が、艦載機を薙ぎ払わなければ。
大きく広がった必中の光は空には向かわず、まず平行に海岸まで到達した。
正体不明の光が殺到し、彼らは死を覚悟しただろう。北連艦たちはボンドルドまでが攻撃したことに驚愕していたが、それは彼らに当たると何ら危害を与えず、そのまま艦載機群へと反射した。
無意味な、ただの光。ではない。
オブザーバーの艤装を加工して作った光線兵器『
KAN-SENの放つ威圧感と、空を覆う艦載機という目に見える、それも圧倒的な脅威。そしてボンドルドが見せた、何ら効果のない、しかし艦載機を一気残らず撃ち落とす謎の武装。
さぞや、人間主義者たちの肝を冷やしたことだろう。
「・・・これで、少しは楽になるのではないかしら?」
グローセの言に若干感動した様子すら見せて礼を述べる三人に対して、大鳳と翔鶴が残念そうなのが対照的だった。