アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
「この氷山要塞は他のと違って特別製なの」
そう前置きして、スポンサーと名乗った少女は一行を先導するように歩き出した。
「ここは居住用エリアだから、個室が並んでいるわ。・・・ここは大部屋ね」
扉の前を通るごとに、その内装や用途についての注釈が入る。時折立ち止まって扉を開けたりと、まるで内見客を案内する不動産屋じみた動きだった。
その背後で、大人しく案内に従いつつも警戒を解かないKAN-SENたちが肩を寄せて話す。
「・・・どう思う?」
「隙だらけだけど・・・強いわね。私と貴女くらいなら、たぶん片手で事足りるんじゃないかしら?」
ごにょごにょやっている一行から目を逸らすため・・・というより純粋に好奇心を満たすためだろうが、ボンドルドはスポンサーの斜め後ろで熱心に話を聞いていた。
引っ越しに乗り気な父親とそうではない娘たち、というのが、最も的を射た表現だろうか。
「ここは手術室ね。・・・こっちが倉庫」
スポンサーは階段を降り、説明を続ける。
「要塞は11層構成よ。海面上の構造はそのまま海面下にも反転して展開されているわ」
「なんと、海面下にもですか?」
「そう。各頂点から観測室、指令室、居住区、実験エリア、ドックの順よ。中央部──海面点には出撃ゲート」
旧『
流石に島一つを使っていた頃よりは手狭だが、質の面ではそう変わらないか、むしろ勝るかもしれない。
「なるほど、素晴らしい。前線基地として運用するには十分ですね」
「・・・そういえば、あのスカベンジャーは? 防衛機構なんでしょうけど、流石に人類陣営として、あれを大っぴらに使う訳にはいかないわ」
考え込む姿勢になったボンドルドに代わり、ビスマルクが問いかける。
スポンサーは一瞥すると、ぷい、という擬音が似合いそうな軽さで顔を背けた。
にっこりと浮かべたビスマルクの微笑が怖い。
タシュケントとグロズヌイ、そしてチャパエフの3人が意見の一致を見て、慌ててボンドルドに話しかけた。
「れ、黎明卿はどうお考えですか? セイレーンの直接的な協力ですが・・・」
「使えるものは使いますし、使えないものは使えるようにすればいいのですよ。・・・いえ、そうするしかない、と言った方が正しいでしょうか」
思考の片手間に応えたからか、そんな要領を得ない返答だった。しかし、その答えにスポンサーは満足そうに頷く。
「その通りよ。貴方たち・・・いえ、私たちは進化し、適応しなくてはならないの」
厳しい環境で生き抜くにあたり、進化ではなく環境の改革を以て生存してきたのが人類だ。ゆえに、それは人類だけならば不可能にも見える難題である。
しかし。人類には
意思がある。あらゆる道具、あらゆる手段を以て人類を進歩させ、その先へ至らしめるという強靭な意志の力がある。
◇
主観的には、その強靭な意志には見覚えがあった。この時系列に倣うのなら、これから数千年した頃にオブザーバー・零という個体に強烈な印象と至上命令を与えることになる。
あの日のことは目を閉じるだけで完全に想起できる。
私たちは負けた。大敗だ。歴史に残るどころか、遺すべき歴史ごと無くなるような大敗だ。
人類はそこで終わり、奴らが成り代わる。
諦めるという防衛機構を持たない私たちが諦めた。矛で負け、盾で負け、戦術で負け、戦略で負けていた。
ほぼ全ての人類が、動植物が絶滅した。幸か不幸か、人類が死滅しても残ると言われていたゴキブリさえ絶滅していた。
ほぼ確実に最後の人類であり、確実に最後の抵抗勢力指揮官であった彼は言った。
「レイ。時間を遡るというのは、実はそう難しいことではないのですよ
「意識のみのタイムリープは、もう何世紀も前に観測されています。実は、私も経験者なんです
「人格バックアップを流用した量子通信に意図的に干渉し、意識を構成するリュウコツ素子を過去遡行させるのです
「これを物質レベルに流用するのは本当に骨が折れました。何世紀かかったか分かりません
「・・・おっと、苦労話をしている余裕はありませんね。では、後のことはお任せします。私は体質上、意識を転送できませんので
「貴女と人類の未来に、どうか──
溢れんばかりの、呪いと祝福を──
◇
肌の粟立つような気配が薄れ、空と海が正しい姿へと戻っていく。
紫雲が時折上げていた雷鳴の響きは潜まり、濁ったような暗い海はその碧さを取り戻し。しかし、尚も最大の異物である聳え立つ氷山と、その内側から漏れる燐光は立ち消えない。
「タイム! タイムを要求する!」
諸手を上げ、意外に身だしなみには気を遣うのか、きちんと持っていたらしい白いハンカチを振るオミッター。それはもう一時休戦ではなく降伏の時の所作だが、状況的には正しい。
どうする? とでも言いたげに視線を交わすレッドアクシズ艦たちは、誰一人として傷を負っていない。ちなみに「どうする」とは、沈めるか、鹵獲して素材にするかの二択である。
「おおおおおち落ち着けって、ワタシ、ブキ、ステタ!」
発汗機能まであるのか冷や汗を滝のように流すオミッター。武装解除状態なのは確かだが、自分の意思で捨てたわけではなくグローセや大鳳の攻撃で剥がされただけだ。
「・・・どうするんだ?」
問いかけたのは諦観の滲む表情のソビエツカヤ・ロシアだ。
彼女とガングートも途中までは本気で戦っていたが、ふと退屈そうな大鳳やグローセが片手間にしか攻撃していないことに気付き、戦局を察した。
要は、この戦場は単なる退屈しのぎで長引いているに過ぎなかった。
その気にになれば、すぐにでも空を埋める艦載機群を、海面を隠すほどの量産型艦を、そしてそれらを統べ立ちはだかるオミッターを沈められたのだ。そのまま悠々と要塞に大穴を空け、ボンドルドの元へ歩いていけた。
現に今、ボンドルド達の方がひと段落付いたことを確認した瞬間に、それらを一息に消滅させた。
隷下の艦載機と量産型艦を鏖殺され、艤装を破壊され、いろいろと剥かれたオミッターが焦るのも無理はない。
「卿らの戦場だ、好きにしろ。我々は──」
要塞が鳴動し、入り口らしき洞穴を開ける。
大鳳が真っ先に駆け出し、他も続く。会話していたツェッペリンが少し遅れて最後になった。
「──我らが指揮官の元へ行く」
「・・・」
「・・・」
後には今一つ状況を理解していない北連艦隊と、こっそりと逃げ出そうとするオミッターが残った。