アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
今回のボンドルドのユニオン本土訪問は、統括管理官であるエンタープライズとの会合のためだ。つまり、双方の合意は前提として、アポイントメントまでしっかりと取られている。
ユニオンの側にはホストとして、鉄血の側にはゲストとして。それぞれ相応しく振る舞う義務がある。
エンタープライズは何を置いてもボンドルドの安全を優先し。ボンドルドは余程の不利益を被らない限り、彼らの案内と饗応には従うべきだ。
だが今、高速艇を下りたボンドルドの眼前に展開されていたのは、その前提から成り立つ予想を超えるものだった。
ずらりと並んだコンバット・アーマー姿の兵士たちが、それぞれの抱える銃器をぴったりと指向している。まるでテロリストかハイジャック犯のような扱いだ。
ただ、兵士たちの抱える対人火器は言うに及ばず、立ち並ぶビル群や付近の堤防辺りに展開しているのであろう狙撃班、彼らが持つ対戦車ライフルであったとしても、ボンドルドやKAN-SENたちに有効打は与えられない。
だがいい気分のする光景ではない。特に、今回の随行者には過敏な者がいる。
「大鳳の前で指揮官様に敵意を向けるなんて──馬鹿なヒト」
肌の粟立つような殺意が噴出する。
今回の会合はユニオンと鉄血の関係性に関わる重要なものだ。その本気度を示すため、随行者は単なる護衛ではなく対外的にも腹心として知られる者を連れている。しかもいつものように一人だけではない。
戦闘力と政治能力、二つを兼ね備えた副官としてビスマルクと大鳳を。そして、これまでこういった政治の場には出してこなかった世界最強の戦力、フリードリヒ・デア・グローセも。
KAN-SENだけではなく、例外なく不気味な仮面を着けたボンドルドの研究助手たち、『
長身を覆う黒衣には傷一つ付かないであろう布陣だった。
・・・・・・というか、それが原因ではなかろうか。
今まではボンドルドと護衛1名だけだったのが、アビスを脱退してから初めての来訪にあたる今回はこの戦力だ。怪しいといえば怪しいし、怖い。
特に大鳳やグローセは、陣営によっては入国規制や攻撃対象に指定されているKAN-SENだ。対陣営を想定できる決戦計画級艦船など、戦術核以上に慎重に扱うべき代物だろうに。
「・・・・・・困りましたね」
大鳳を宥めつつ、ボンドルドは本当に困ったように首を傾げる。
兵士たちにしてみれば両手を挙げるなりしろと言いたい状況だが、戦力を考えるなら両手を挙げるべきはむしろ彼らである。
「我々はユニオン陣営統括管理官エンタープライズより正式な招待を頂いた、レッドアクシズ陣営の者です。聞いていませんか?」
ボンドルドが尋ねる。
兵士たちは無言だったが、困惑と動揺の空気は見て取れた。
と、そこに一台の護衛用リムジンが結構な勢いで走ってきた。クラクションを鳴らしつつ滑らかに停車し、転がるように一人の男が飛び出してくる。
「ま、待ってくれ。銃を下ろしてくれ!」
分隊長らしき一人が応じるあいだ、兵士たちは銃口は下げつつ警戒は解いていない様子だった。またグローセと大鳳がボンドルドとの相対位置を頻りに気にしていた辺り、狙撃手の銃口は外れていなかったのだろう。
何度か言葉を交わし、男が分隊長に一枚の書類を見せたことで、そのいざこざは一応の解決を見たらしい。
兵士たちは男とボンドルドにそれぞれ敬礼し、素早く撤収していった。
「申し訳ありません、黎明卿。手違いがありまして・・・・・・」
そう言って頭を下げた男に見覚えがあるのはボンドルドだけではないはずだが、もう一人、一度は顔を見ているはずの大鳳は不機嫌そうな一瞥をくれただけだった。
「お久しぶりですね。以前は君の運転技術に随分と助けられました」
彼はいつぞや大鳳が群衆ごと銃撃した車のドライバーだ。
以前の運転手然とした服装ではなく、きっちりとした軍服を纏っている。
「覚えていて下さったんですか!? 光栄です!」
ボンドルドが差し出した手をしっかりと手袋を外した両手で握り返す。ビスマルクと大鳳が満足そうに頷くのを見て、グローセが微かに嘆息した。
「君がハンドルを握るのなら、我々としても安心できます。では、行きましょうか」
「了解です!」
全員が乗ったことを確認し、ドライバーは真剣な表情に切り替わった。無駄口は叩かず、ただ進行方向に注意深く視線を向け続ける。
外観からも分かる特殊仕様のリムジンは、標準的な防弾仕様に加えて乗り心地も保証されているらしい。滑るように動き出し、道中もカーブや路面の凹凸を感じさせない。
「彼、いい腕ね?」
ビスマルクが囁く。前回は人間主義者団体のデモ──半ばテロだったが、とにかく暴動に巻き込まれたせいで、まともな運転どころか回避運動のテクニックを披露されたのだが。
「そうですね。・・・・・・今回は何事も無く終わるといいのですが」
やりたいことを山積みにしたまま新生『前線基地』を出てきたボンドルドがしみじみと呟く。
フラグじみたその言葉にグローセが苦笑するが、何か言う前に車が止まる。
「到着です」
「おや、随分と早いですね」
「はは、今回は裁判所じゃなくてホテルですから。近港最高級だとか・・・・・・ともあれ、お疲れさまでした」
リムジンの扉は自動で開くはずだが、その前にボーイらしき青年が手動で開く。
ホテルまでの道にずらりと並ぶのが警備員ではなくホテルの従業員というのは、何とも珍しい光景だった。
「・・・・・・ガワだけね。中身はプレート系の防弾装備。背中にはマシンピストル」
一目で看破したグローセが囁くが、ビスマルクも大鳳も気にした様子はない。その程度の防護はKAN-SENには通じないし、そんな豆鉄砲ではボンドルドの装甲は貫けない。
それに、今回はユニオン陣営からの正式な招待だ。これは内向きではなく、外向きの警備だろう。
「セイレーンにも通じないし、人間主義者への牽制でしょうね」
囁き合うKAN-SENたちを連れて、ボンドルドが花道を進む。
精緻な装飾の施されたドアを開けると、中ではエンタープライズが待っていた。
「黎明卿。・・・・・・警備に手違いがあったようで、すまなかった」
「いえ、問題ありませんよ」
互いに握手を交わし、最上階にあるという特別展望台へと向かう。そこが、今回の会談で使われる特設会場だった。
「そういえば、マスコミが全くいないというのは珍しいですね?」
戦時下ゆえ、情報統制が徹底されている──というだけではないだろう。特にトップの発言力と命令権が強い鉄血とは違い、ユニオン陣営は比較的規制の緩い風土だったはず。銃をチラつかせてマスコミを散らしたりすれば、とんでもない量のクレームが来るはずだ。
「あぁ・・・・・・実は、軍からマスコミに情報が流れているという疑惑があってな。試しに会場と警備について誤情報を流してみたら・・・・・・この通りだ」
げっそりした顔のエンタープライズに同情の視線を向けたのは、意外なことに大鳳だった。
「セイレーンという明確な外敵に、我々レッドアクシズのアビス離脱、さらには情報漏洩という内憂まで・・・私の言えた義理でもありませんが、お察し致しますわ」
鉄血陣営の内政・外交担当として思う所があったのだろう。エンタープライズはそう解釈して、ありがとうと微笑した。
ちなみに情報漏洩だが、マスコミだけでなく鉄血陣営対外諜報部にもばっちりとリークされている。何なら漏れどころになっている軍高官のうち何割かは鉄血陣営諜報部のエージェントであり、つまりは大鳳の手駒だったりするのだが。
「愚痴を聞かせてしまったな。けれど、少し気が楽になったよ。ありがとう、大鳳」
「いえ、アビスから抜けたとはいえ、同じ航路の守護者ですから」
「そうだな。お互いに──と、ここだ」
抜けるような青空と澄んだ碧い海の一望できる特設会場は、ボンドルドが嘆息するほどの美しさだった。