アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 たとえ車が突っ込んで来ても跳ね返すという──地上200メートルに突っ込める車があればだが──強化ガラスは、しかし、眼下に広がる大海原を見渡すのに支障を来さない透明度だった。

 ボンドルドにとっては見慣れた、セイレーン支配域の仄暗い海面ではない。澄んだ碧の海と、抜けるような青い空。万人が美しいと称する海の姿は、ボンドルドだけでなくあらゆるKAN-SENと、あらゆる人類が取り戻したいと願うものだ。

 

 互いが向かい合うのではなく、並んでその光景を見るように据えられたソファに掛ける。並行ではなく30度ほど内側に向けられた配置は、会話に最適な閉鎖感と開放感を同時にを生み出していた。

 副官として連れてきたビスマルクも、随伴艦の二人も、その領域には踏み込めない。元より二人での対話に首を突っ込むつもりもないが。

 

 「では、始めようか」

 「えぇ。・・・・・・そうですね、ではお互いの陣営の近況から──」

 

 対話は1時間ほど続けられ、陣営の近況、同盟陣営との関係、対ロイヤル戦線の近況と話題を遷移させていった。

 本題である鉄血・ユニオン間の同盟についてだが、実のところ、その締結はほぼ前提となっている。

 

 レッドアクシズ対アビスという最悪の構図、その構想がある。

 人類の守護者同士が全面衝突し、その資源や人員を無為に浪費する狂気の大戦争。人類にとっては最悪の、セイレーンにとっては垂涎の状況だ。

 

 何としてでも避けねばならない。それはボンドルドとも共有できる思想だと、エンタープライズはそう考えていた。

 

 「──少し、休憩にしようか」

 

 仕立てのいいソファに開放感ある景色とはいえ、疲労は溜まる。エンタープライズの気遣いだった。

 無碍にする必要もないかとボンドルドが立ち上がった時だった。

 

 「ん?」

 「エンタープライズ、これは・・・・・・」

 「いや、規定航路じゃない。何かのトラブルか?」

 

 エンタープライズが声を上げ、大鳳が警戒も露わに問いかける。

 何事かとビスマルクが大鳳に視線を向けると、大鳳はボンドルドたちが見ていた側とは反対方向の窓を示した。

 

 指向した先に、一機の小型飛行機が見える。小型と言っても、地域間輸送機に分類される旅客機だ。100人弱は乗れるだろう。

 その飛翔は傍目にも安定しているようには見えない。どころか──

 

 「おい、どうなってる!?」

 

 唐突に右翼から爆炎が上がり、エンタープライズが叫ぶ。

 それは内部からの爆発ではない。その寸前に飛来した一条の砲弾、その出所はかつてブルックリンと呼ばれる地域の在った水没海域だ。

 

 「どこのどいつ──いや、まずは」

 

 エンタープライズが無線を通じててきぱきと指示を出していく間にも、リージョナルジェットは炎を吹き上げながら落下していく。このままでは──直撃コースだ。

 

 「エンタープライズ、落下位置を水没都市方面に誘導します。いいですね?」

 

 大鳳の提案にエンタープライズは一瞬の躊躇を見せ、そして首肯した。

 

 大鳳の艦載機によってリージョナルジェットの側面を攻撃し、落下方向を変える。それは最大100名近いかもしれない乗員を見捨て、ニューヨークを守るという選択だ。まぁ大鳳のはボンドルドを優先するという判断だろうが、結果は同じだ。

 

 思ったより話が分かる、と口角を上げて、大鳳は攻撃を開始した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 足元で波打つ海面よりさらに下に、古い街並みが広がっている。

 海面が上昇したのではなく砲雨によって地盤沈下した、と、知識として知っていた。

 

 整然とした中にも個性の見えるコンクリートジャングルだったのだろう。活気のある街で、何人もの人が住み、過ごしていたのだろう。ここを守れなかったと──そう、何人ものKAN-SENが嘆いたのだろう。

 

 不必要な感傷だと自戒し、視線を大きく上に向ける。ニューヨーク最高級ホテルの一つと名高い高層ビル。その雲を突くような最上階に、一機の小型旅客機が突っ込んでいた。

 つい数分前に尾翼を破壊し、至近弾の爆風による誘導でここまで持ってきた()()()()だ。乗客が何人いるのか知らないが──犠牲になってもらおう。

 

 シクシクと良心が痛む。

 いや、そんなのは錯覚だ。兵器にあるのは存在意義だけ。良心なんて邪魔にしかならない。

 

 だから──やれる。

 

 一発、微調整のために右翼に砲撃する。今頃機内は混乱と悲鳴で溢れているだろうか。

 航路は修正され、間違いなくホテルに直撃するコースに入る。

 

 「こんな程度で・・・・・・終わらないよね」

 

 知っている。()は飛行機爆弾の直撃程度では仕留めきれない。いや、より正確には。

 

 「彼を全員──殺し切らなくちゃ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 目論見通りに飛行機を海へ落とした直後の事だ。

 

 強烈な、大鳳が身体を強張らせるほどの殺気が届く。

 咄嗟にビスマルクがボンドルドの前に立ち、直後にその反応の原因──沸き上がるような戦慄に気付く。

 グローセが口角を歪め、ボンドルドは歓喜するほどの驚愕に包まれた。

 

 練度120艦、あらゆるKAN-SENの中で最強と自負するだけの戦闘経験を持った彼女たちが、恐れ戦いた。

 

 何がいるのか。何が来たのか。分からない──確かめたい。

 

 未知を既知に。ボンドルドは湧き上がる好奇心に釣られて、大鳳の艦載機がぶち破ったガラスの大穴から、200メートルの上空へと身を躍らせた。

 

 天地が逆転したのかと錯覚する。海から空へと昇る無数の流星群は、所属不明艦の対空砲火だ。海上であれば戦闘体ボンドルドの機動力・回避力の敵ではない。身長ほどもある尻尾型モジュールは空気抵抗を利用し、海中を自在に泳ぐウミヘビのように空を移動させる尾翼だ。とはいえ、それは砲弾を避けるほどの速度ではないし、精々が落下位置を決定できる程度の舵取りでしかない。

 

 「課題点ですね。今度は翼でも付けましょうか・・・・・・」

 

 弾幕の薄い箇所を選び、直撃コースの砲弾を『枢機に還す光(スパラグモス)』で斬り払いながら落下していく。万物を解き消す光線兵器は稼働時に強烈な熱を発生させ、連発に際する障害となる。だが地上200メートルからの落下という空冷状態が、弾幕の殆どを斬り払うだけの連続稼働を可能にしていた。

 

 「『月に触れる(ファーカレス)』」

 

 海面に浮かぶその人影を目視したとき、ボンドルドは両腕の装置から黒い触手を吐き出し、ビルにくっつけることで急減速した。とんでもない負荷が腕や肩にかかるはずだが、KAN-SEN並の膂力に耐えうる身体は軋む音一つ立てない。

 

 ビルを幾つか縊り潰した触手を自切させ、十数メートルを落下する。盛大に水飛沫を上げ海面に両足を付けたボンドルドの背後で、自切した触手が急激にその艶を失い、萎びていった。

 

 「れいめいきょう・・・・・・黎明、卿」

 

 相対した謎のKAN-SENが言う。それは呼びかけというより、他者に対するものではない囁きに近かった。

 背後で炎上するビル群が物語る対空砲火の激しさは何処へやら、彼女は攻撃もせず、ただ虚ろにボンドルドを見つめている。

 

 ボンドルドは微かに首を傾げ、違和感の正体を探っていた。ビルを飛び出した時の沸騰するような好奇心は、実験に際する時と同じく冷静さや忍耐力に置換されている。ゆらゆらと揺れる尻尾はおまけみたいなものだ。

 

 違和感──より正確に言うのなら、それは。

 

 「・・・・・・どこかでお会いしましたか?」

 

 強烈な既視感。

 眼前の少女、海面に立ち艤装を纏う人間などいるはずもなく、それは間違いなくKAN-SENなのだろうが、データ上でさえ見たことが無い。

 

 架空艦、というわけではなさそうだ。グローセやローンから放たれる「存在感」のようなものは無く、むしろ鏡に映る虚像じみた違和感がある。

 

 元は綺麗な銀色だったのだろうと思わせる、鈍い灰色の髪。見覚えのある紺色の礼装と、腰に佩いたサーベル。

 ちぐはぐな──複数のKAN-SENを継ぎ接ぎしたような、既視感のある要素を組み合わせた、知らないKAN-SENだった。

 

 そのはずだが──やはり、その顔立ちに見覚えがある。

 

 ボンドルドの問いかけを無視してサーベルを抜く彼女に、上空から複数の爆弾が投下された。

 

 大鳳とエンタープライズの援護はしかし、対空砲火によって無為に終わる。

 爆炎がスクリーンとなり──それを突き破るように、ボンドルドへと吶喊した。

 

 金属音を上げ、サーベルが弾かれる。ボンドルドが小手調べ程度に尻尾で防御できたということは、そこまでの脅威ではないということか。

 

 否。

 

 「おや、暁に至る天蓋に傷を付けますか。かなり自信があったのですが」

 

 防御した箇所には一条の斬痕がしっかりと刻まれており、その戦闘能力評価を一段階上げる。

 

 「素晴らしい」

 

 威嚇するように、その実高ぶった感情に反応した不随意運動として、大きくしなった尻尾が海面を叩く。

 軽く前傾姿勢を取り、両腕を動かして戦闘態勢になる。エンタープライズと会うこともあってスキル・カートリッジを装備していないことが悔やまれた。

 

 「その身体──是非欲しい」

 

 

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