アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
灰色のKAN-SEN。その表現が、彼女を最も的確に表せるだろう。
煌めきのない銀髪。無機物めいて白い肌。夜闇の中でも浮かぶほど黒いマントと、その下の汚れ一つない白い軍服。
極端なまでに彩度の低い、灰色の少女。赤い瞳だけが煌々として、駆け付けたビスマルクたちを無感動に見返した。
「しき、かん・・・・・・?」
呆然と、ビスマルクが呟く。
大鳳が憎悪も露わに艦載機を放ち、グローセが興味深そうに金の双眸を細めた。
灰色のKAN-SENが片手に弄んでいた仮面──I字の光を失ったボンドルドの仮面を放り投げる。放物線を描いてグローセの胸元に収まるそれと交換するように、艦載機の弾幕と爆撃が降り注ぐ。足元には魚雷の航跡が次々と生まれ、一見して追い詰められたようになる。
「──『炬火の残光』」
機銃掃射の弾丸が海面を穿ち、爆弾と魚雷が海底に沈んだ都市の残骸を破壊する。
しかし、破壊できたのはそれだけだ。幽鬼のように佇む灰色のKAN-SENには傷の一つも残していない。
「面倒な!」
だがKAN-SENにとって、無敵や絶対回避といった能力は珍しくない。KAN-SEN同士の戦闘は、艦種や練度、その他能力値に大きな差が無い場合、スキルの相性によって決着するのがセオリーだ。必中攻撃のスキルに対して無敵は優位だが、往々にして時間制限や耐久力に制限のある無敵に対して、波状攻撃を行えるスキルがメタになる。
歴戦のKAN-SENたちにとって、無敵化のスキルは見慣れた手品のようなものだ。
種も仕掛けも知っている。その対処法もまた。
「『彗星、尊き煌めきを』ッ!」
本来は連発の効かない艦載機攻撃。それをスキルによって爆発的かつ連続的に運用できるのが、大鳳の兵器としての長所の一つだった。
三種類あるスキルのうち、選択したのは爆撃機を発艦するスキル。空を覆いつくすほどの艦載機から放たれる爆弾の雨に狙いなど無く、ただ眼前の空間に破壊を押し付ける。瞬間移動だか無敵だか知らないが、波状絨毯爆撃はどちらにとっても痛打になるはず。
だが──憎悪に満ちた頭の片隅で、ふと一つの疑問が浮かぶ。
スキル・カートリッジを装備していないボンドルドの戦闘力は、確かに一線級のKAN-SENには一歩劣る。KAN-SEN並の膂力を持っていても、スキルにはそれを容易に覆すポテンシャルがある。
だが、カートリッジ開発以前から、ボンドルドはセイレーンと互角程度には戦えていた。それは最高級の防護兵装『暁に至る天蓋』という盾と、絶対命中の光線兵器『明星へ登る』と防御無視の分解兵器『枢機に還す光』という特級の矛を持っていたからだ。
そして、今は防御無視の長距離火砲『火葬砲』すら装備している。
一対一であればカートリッジなど無くとも、大概の相手には完勝できるはず。
それが──服を汚すことすら出来ず、敗北した?
大鳳本来の知性が残っていれば気付けたはずだ。
瞬間移動対策も無敵対策も積んでいるボンドルドが、大鳳たち増援の到着まですら保たず敗北したということが何を意味するのか。
思考は憎悪に塗れ、普段よりワンテンポ遅い。
激情に駆られてなおワンテンポ遅れる程度で済んでいるのは高練度ゆえだが、それは同格を相手にするのなら致命的な遅れでもある。
「──『炬火の残響』」
ガスマスクに覆われた口元は、くぐもった呟きのような声しか発さない。
聞き取れたとしても初見のスキルでは対策のしようもないが、初見殺しの無効化に関しては他の追随を許さない者もいる。
現在を完全に観察できるのなら、その存在は未来を正確に予知できる。
悪魔の名を関する机上存在の話だ。
だがその領域に限りなく近づいた机上存在が、ここに存在する。
「全艦攻撃中止、艤装を非顕現状態に」
何故、と、問う暇は無かった。
ビスマルクが即座に艤装を仕舞い、他より数歩分敵に近い大鳳がまず後退する。
その判断は間違いではない。
大鳳の艤装、特に扇のような装甲甲板はかなりの防御力を誇る。以前には超至近距離からのウォースパイトの砲撃を防いだ実績もある代物だ。
他より一歩前にいる分、未知の攻撃に対して盾になれる。意図は分からないが、同じラインまで退き切ってから艤装を仕舞うのがより良いと判断した。それ自体は間違いではない──が。
紫電が迸る。
落雷のように指向性を持った雷撃ではなく、灰色のKAN-SENを中心とした球状範囲を埋め尽くす電磁場攻撃。EMPと呼ばれるそれに物理攻撃能力をプラスした、高い広範囲制圧能力を持つスキルだった。
KAN-SENにEMPが通じるのかと問われれば、勿論NOだ。というより、セイレーンやKAN-SENはその技術体系以外からの影響を殆ど受けない。地球を100個単位で破壊できる量の新型──当時基準だが──核異性体爆弾を保有していた人類が、ここまでセイレーンに追い詰められた理由の一つだ。
だが、それがKAN-SENのスキルであるのなら──
「痛っ!?」
弾かれたように──事実、何ボルト何アンペアかも分からない雷撃に打たれ、ビスマルクとグローセの身体が跳ねる。
身体の硬直──麻痺効果か。
大鳳は痺れる身体を無視して、意識だけで艤装を非顕現状態に押し込んだ。
艤装は回路が酷く傷ついており、損傷評価基準に照らせば戦闘続行に難あり、中破とされるレベルだった。
防御寄りの大鳳を──いや、あらゆるKAN-SENの装甲を無視して一撃で中破させる電磁パルス。
間違いなく脅威ではある。あるが。
「ッ!?」
無感動に攻撃していた灰色のKAN-SEN。彼女が初めて感情を見せる。
ハーフフェイスのガスマスクに覆われた口元の動きは分からないが、その赤く輝く両目は驚愕に見開かれている。
視線の先では、その黒いマントに覆われた胴体に、歪なほど巨大な半生体艤装が喰らい付いていた。
黒いマントが一層濃く、ジワリと滲む。
「艤装に深刻なダメージを与え、さらに本体を行動不能にするほど強力なEMP攻撃。スキルの使えないボウヤには特攻になる攻撃ね」
両の手を合わせ、陶然と微笑むのは艤装の主、フリードリヒ・デア・グローセだ。
灰色のKAN-SENは抵抗も虚しく、噛み口を唯一の支点にして宙づりにされた。
「さっきの・・・・・・無敵でも絶対回避でもない、新しい防御スキル。あれも素晴らしいわ。まるで──ボウヤを殺すために生まれてきたよう」
ぎちり、軋む音がする。
グローセの艤装に力が加えられ、鮮血が噴出した。
苦痛の声も漏れそうなものだが、彼女は黙ってグローセを睨み付けている。
「いい艤装でしょう? セイレーンの技術を採り入れた、半生体型──自立行動が可能なのよ。本体が麻痺していようと、貴女を噛み殺すくらいできるわ」
ビスマルクは苦笑した。
周囲に自分より感情が高ぶっている者しかいないと却って冷静になるというが、まさにそれだった。
フリードリヒ・デア・グローセ。世界最強のKAN-SEN。ボンドルドの目指したKAN-SENの極致──ブチ切れであった。
流石というか何というか、感情制御の巧さは凄まじいの一言に尽きる。
愛おしそうに胸に抱いたボンドルドの仮面。あれを投げ渡された──ボンドルド一人の死を目の当たりにした瞬間から、大鳳と、そしてビスマルクと同じように激しく動揺していたのだろう。その上で──あのEMPスキルを、初見殺しのそれを見抜き、的確な対処法を伝達し、実践してみせた。
「名前を聞いてもいいかしら? どうせ、ここから逃げる手立てくらい用意しているのでしょう?」
ぎちぎちと、鋼鉄の牙が体にめり込んでいく。ガスマスクの中に吐いた血が溜まっているのか、ゴボゴボと苦しそうな音を立てていた。
「──『炬火の残光』」
するり、と、唐突に手応えが消え、灰色のKAN-SENが落下する。
ガスマスクをずらして口内に溜まった血を吐き出すのを、グローセは追撃せず、微笑を湛えたまま眺めていた。
◇
なんだ、あれは。
初見殺しとしての性能も高く、知っていたとしても対処の難しい広範囲妨害型スキル、『炬火の残響』。
あれを初見で見抜き、対処どころか反撃までしてきた。
その異様に大きな艤装と言い、怪物という言葉が似合い過ぎる。
あぁ、認めよう。
全く以て──素晴らしい。
“彼”の配下として相応しい強さだ。
あのビスマルクよりもなお、KAN-SENとしての高みにいる。
「素晴ら、しい・・・・・・」
痛い。胴体にはいくつも穴が開いている。あの艤装の牙、見掛けだけでなく本当に咬撃できるのか。
半生体、自立型艤装。見て、知ってはいたが、厄介な代物だ。
「素晴らしい・・・」
ビスマルクと、見たことのない二人のKAN-SEN。彼女たちはきっと、彼を殺し尽くす上で明確な障害になる。
防御に秀でたビスマルク。空を埋め波状絨毯爆撃という冗談じみた攻撃を可能にする装甲空母。そして、この怪物のような戦艦。
「素晴らしい!」
あぁ。名乗っておくのも、悪くないかもしれない。きっと長い付き合いになる。
これは決意で、覚悟で。
「
──宣戦だ。