アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 シグニットはロイヤルに属する駆逐艦で、比較的建造・ドロップ報告の多いポピュラーなKAN-SENだ。その夥多性から、前線基地では実験体としてよく利用されていた。

 だから3人にとっては見覚えのある、よく知っているKAN-SENのはず。特に研究助手を務めていたビスマルクは、外見だけでなく内部まで隈なく検分したこともある。

 

 「シグニットには・・・・・・見えないわね」

 

 シグニットの髪は淡紫がかった銀色で、光をよく反射する美しい煌めきを持っていた。眼前のシグニット(?)のような、淀み濁った灰色ではない。

 それに、彼女はもっとおどおどとして、怯えがちな性格だったはず。ビスマルクやグローセ、それにボンドルドを前に戦意を見せ、十全のパフォーマンスを発揮できるとは思えないほどに。

 

 だが、同時に複数の同名個体が存在するKAN-SENは少なくない。その中で、環境の差は成長に大きく関与し、個体差が生じることは周知の事実だ。

 シグニットらしからぬ、的確な状況判断という戦闘適性。覚えがない訳ではない。

 

 「記憶保有型変異体。それも別スキルを2種類も発現した超レア個体というわけ?」

 

 スキルの効果や数は、KAN-SENの種類ごとに決まっている。基本的に同名個体であれば同じスキルを持っているというのが常識だが、改造などでその枠を外れるKAN-SENも珍しい訳ではない。特にボンドルドはスキル・カートリッジによって、その常識を根底から覆している。

 今更驚いたり、疑ったりする必要はない。

 

 ただ己の犯した罪を贖わせるのみ。

 

 ビスマルクの視線から温度が消え、その艤装が照準を終了する。

 駆逐艦程度、一呼吸の間に沈め切れる火力は用意できる。それだけの練度はある。

 

 だが、問題になるのはあの正体不明の防御系スキル『炬火の残光』だ。

 回避や無敵、盾生成といったポピュラーな防御スキルとは全く違う。見た限り、あれは透過──当たり判定の消失だった。間違いなくそこに存在するのに、そこには存在しないことになっている。だから必中も必殺も通じない。まるで架空艦のような、言葉遊びじみた防御能力だった。

 

 数秒の睨み合いは、海面下から水面を破って浮上してきた新たなKAN-SENによって終わりを迎えた。

 

 現れた、また既視感のある、しかし初見の灰色のKAN-SEN。大鳳が片眉を上げ、不思議そうにその顔を見つめた。

 

 「飛龍、さん・・・・・・?」

 

 怜悧な容貌からは、シグニットと同じくほとんどの表情が抜け落ちている。ガスマスクのような顔立ちの判別を妨げる要素はないが、全体的に灰色に変わったという点も含めて、それを飛龍と見做すのは難しい。だが注意深く観察すれば、その目鼻立ちは飛龍と確かに一致する。

 

 灰色のシグニット。灰色の飛龍。

 万全な状態では無かったとはいえ、ボンドルドを殺し大鳳を中破まで追い込んだKAN-SEN。その僚艦らしき同系の存在。

 

 三人が全力戦闘を──ユニオン本土という守護対象を無視しての、形振り構わない本気の殺し合いを覚悟するには十分な脅威だった。

 

 その警戒と覚悟を他所に、飛龍はシグニットの肩を制止するように押さえた。

 

 「シグニット。彼女たちとの交戦は計画外だ。スキルの開帳も、この時間ではまだギリギリ超越技術露呈に該当する。速やかに行動を修正してくれ」

 「・・・・・・了解」

 

 言って、シグニットは一瞥すら残さず海面下へと沈み消えた。

 残った飛龍は嘆息し、三人に向き直る。

 

 「さて・・・・・・本来なら、ここで“目撃者”たる君たちを消さなくちゃいけないはずなんだけど」

 

 その言葉にビスマルクと大鳳が身構えるが、飛龍は仮面を弄び、飛龍には一片の興味も向けていないグローセを見て脱力する。

 

 「お見通しというわけか。君たちは今後のプロットに登場と関与が明記されている。計画を狂わせるわけにもいかない」

 

 嘆息した飛龍の身体が、徐々に海面下へと沈んでいく。

 水面下に崩壊した都市の残骸が見えるほど澄んだ水のはずだが、その下にはあるべきはずの身体は見えない。

 

 「ではまた。アンチエックスの手駒同士、今度は友好的にありたいものだ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 灰色のKAN-SENが沈んで消えたのを見届けて、ボンドルドは視界を戻した。

 新生『前線基地』最上層、観測室。内側からは外側を俯瞰でき、外部からは氷山の頂上にしか見えないマジックミラー的な展望台だ。観光に使うには、観測機材が詰め込まれ過ぎているが。

 

 シグニットを名乗る灰色のKAN-SEN。

 

 『暁に至る天蓋』を始め、全ての武装を無効化する強力なEMP攻撃。オミッターのものより強力とは、予想の埒外だった。

 

 戦闘体はKAN-SENの肉体をベースにした死体人形だ。EMPに対する耐性は基礎値からして高く、さらに暁に至る天蓋はスキル『レインボープラン』の雷撃に耐える程度の絶縁性はある。絶対絶縁というものが存在しないのは科学者であれば常識だが、それでも自信のある品だった。

 

 全く、素晴らしい。

 

 現在確認されているセイレーン技術より、さらに高度なKAN-SEN。

 

 『枢機に還す光』を、『明星へ登る』を、『火葬砲』を無効化する防御系スキル。

 

 見覚えがある。あれは量子通信による即時撤退、瞬間移動にも使われる存在の変質。量子化だ。

 

 意識と実存をその場に残しての量子化。限定的にこの世から消えるが如き権能だ。

 

 あれも素晴らしい。

 

 あれがKAN-SENとセイレーンの、リュウコツ技術の産物だというのが何より素晴らしい。

 

 KAN-SENの極致、存在しない存在である架空艦を見た。その極致に憧れ、手を伸ばした。艦隊を強化し、練度120の高みへと昇華した。艤装を強化し、疑似的な不死性も付与した。スキルの後付けも可能にした。そして遂に、架空艦の再現まで成し遂げた。

 

 KAN-SENの秘奥に届いたのではないか。そう思ってしまうほど、遠くへ来た。

 いつか仰ぎ見た太陽の、その齎す夜明けは近いのではないか。そう思えるほど進んできた。

 

 そして──さらなる高みを見ることが出来た。

 

 灰色のシグニット。

 

 ()()シグニットだ。

 

 大いなる献身で以て、道を切り拓いてくれたあのシグニットが。もう一度、さらなる未知を示してくれた。

 

 ありがとう。ほんとうに、それしか言葉が見つからない。

 この感謝に、その献身に報いるため。その未知を切り拓かねばならない。

 

 記憶を保持したKAN-SEN、記憶保有型変異体の存在は前々から確認されている。というより、本質的な部分では記憶情報は偏在化しているのではないかという仮説もある。

 

 だが、彼女はそんなちゃちなモノではなかった。

 

 KAN-SENの根幹。メンタルユニットとメンタルキューブの量子化。それは物質次元からの脱落であり、訪れるのは確実な自我崩壊と存在の消失だ。

 即時撤退技術がそれを実用化できたのは、人格をバックアップし、この物質世界にメンタルユニットの情報を固着できているからだ。テセウスの船は旗印と竜骨を残すことでその存在を確立しているのだ。

 

 それも無しに、ただ攻撃を防ぐためだけに物質次元から脱落し、メンタルキューブを量子化する。

 

 そんなことが──いや、違う。

 

 逆ではないのか?

 

 物質次元からの脱落、量子次元への逃避ではなく。存在格の昇華、つまりは。

 

 「形而上学的存在への存在昇華、ですか」

 

 思わず、空を仰ぐ。

 科学技術体系が踏み込んでいい領域を逸脱している。

 

 もはや言葉遊びや、神学、哲学に近しい。

 

 は、と、微かに息が漏れる。

 笑ったのかと、壁際に控える祈手から驚きの感情が伝わってきた。

 

 笑った。あぁ、笑ったのか。一体いつ以来だろうか、こんなにも高揚した気分になれたのは。

 

 きっと、あの時。漆黒の太陽の輝きに惹かれ、憧れ、導きを得た時以来の興奮だ。

 

 あぁ、なんと、

 

 「なんと、素晴らしい──」

 

 夜明けは遠く、しかし、黎明の光は満ち満ちている。

 

 「是非とも、また会いたいですね──シグニット」

 

 

 

 




 メタ化、メタ艦船のMETAは『形而上学/metaphysics』のメタ。



 ってことにした。
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