アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 重桜本土・レッドアクシズ本部近海。

 世界で最も安全な海の称号を冠するその海域は、美しい浜と、それに似合う水着姿の人々で混みあっていた。

 

 喧騒と群衆といえば苦い思い出もあるが、少なくともその光景は守るべきで、守りたいと思い、守るために戦ってきたものだ。

 

 沖合には防衛機構が配備され、KAN-SENの哨戒部隊も定期的にパトロールしている。

 

 その華やかな外見と絶対的な武力という危険な魅力は、男女問わずのファン──正しく狂信者(fanatic)を生み出していた。見たことのないKAN-SENでも、それがKAN-SENであるなら握手でも一瞥でも欲しがるほどに。

 

 「あ、あの、いつも守ってくれてありがとうございます!」

 「握手してください!」

 「サインとか貰えますか?」

 「お前パンイチじゃん。何に書くんだよ引っ込んでろ」

 「水着だよパンツじゃねぇよ」

 「うるせぇ! てか押すな!」

 

 そんな騒がしい群衆に囲まれて。

 

 灰色のシグニットは深く嘆息した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「それにしても、黎明卿は流石に動きが早いな」

 

 ボンドルドの死はエンタープライズには知らされず、ユニオン襲撃に際してレッドアクシズも備えるため、単身で本土へ帰還したということになっている。

 エンタープライズの賛辞に苦笑を返す三人は、その後を追うという真っ当な理由でユニオンを発とうとしていた。

 

 ボンドルドが向かったことになっているレッドアクシズ本部──ではなく、北極海に浮かぶ新生前線基地への帰路に就こうとしていた3人と、見送りに出ていたエンタープライズの元に、一機の艦載機が飛来した。

 航空機墜落に伴う大規模な救急隊の運用に伴い、なるべく回線を空けておこうとエンタープライズが提示した連絡手段だ。無線より遅いが、混線や傍受の危険性が無い。

 

 『エンタープライズ先輩、緊急です』

 「エセックスか。どうした?」

 

 それと全く同じタイミングで、ビスマルクに連絡が入る。

 そして、二人は同時に叫んだ。

 

 「何だって!?」

 

 続いてビスマルクが声を潜めて離れて行き、エンタープライズは逆に3人にも聞こえるように向き直った。

 

 「何ですの、二人して」

 

 戦場に身を置いてすら冷静で、淡々と敵を屠ることが出来る精神の強さを持った二人だ。

 訝しむのも分かる。だが、その理由はグローセですら思い至った時には舌打ちを漏らすものだった。

 

 「襲撃よ。今度は重桜の海岸が・・・・・・」

 「まさか、黎明卿はこれを予期して・・・・・・!?」

 

 ビスマルクが呟く。その表情には驚愕と困惑が色濃く浮かんでいた。

 

 重桜陣営といえば、鉄血と並んで世界最強の陣営と認められる、人類の防波堤だ。

 堅牢な砦と脆弱な砦。先に強固な方を落とし、悠々と残り物(デザート)をつつくでもなく。先に弱い方を奪い、そのリソースを以て強城攻めに備えるでもなく。今までのセイレーンの攻勢は『どちらにも均等に攻撃する』という、戦線維持や遅滞戦闘にも近しい戦術を取っていた。

 

 だから、ユニオンに攻撃して次は重桜、という動きもセイレーンであれば、拙速と笑いつつ納得はできる。重桜の防衛能力は並ではない。

 

 だが、それがKAN-SENによるものだとしたら。

 おそらく、防衛機構の殆どはKAN-SENに対してその機能を発揮しない。重桜の戦略担当艦である天城は、重桜の力とその価値を十分に理解している。ユニオンとロイヤルの二大巨頭を始め、残存するあらゆる陣営も、重桜を攻撃することはないと知っている。

 そして、それが鉄血の──ボンドルドの意思であれば、彼女は読み違えたと苦笑しつつ、その滅びを受け入れるだろう。

 

 まさか──人類に敵対するKAN-SENが現れるとは、予想もしていなかった。

 

 「灰色のKAN-SEN。あれの仕業でしょうね」

 「恐らくは。セイレーンがこのタイミングで人類を終わらせに来るとは考えにくいもの」

 

 ビスマルクとグローセは言葉を交わしつつ、その場から動こうとしない。

 今すぐに重桜本土へ行くべきなのは明確だが、とエンタープライズが首を傾げた時だった。

 

 「現時点で黎明卿に危険はない。重桜では防衛戦が始まっている。これの援護に行け」

 

 背後からのいやに無機質な声に、エンタープライズは身を竦めた。

 命令形の言葉を発するのには、立場や地位といったものが絡んでくる。そこには当然ながら上下関係が存在し、口調にもそれが滲み出るものだ。

 ここまで機械的に──相手に何の感情も抱いていないかのように話すのは、感情を持つ生物では難しいようにすら思える。

 

 気持ちの悪さを表情に出さないように努めつつ、声の主へ振り返る。

 見覚えは無いが、妙な既視感のある仮面──ボンドルドが側近として連れてきた、『祈手(アンブラハンズ)』と呼ばれる組織のシンボル。

 

 普通、艦隊の指揮官は旗艦、次席は副艦だ。ボンドルドが率いる艦隊であれば、普通は旗艦のビスマルクが次席として指揮系統の頂点に立つはずだが。

 

 「了解。確か、重桜本土にはローンとツェッペリンが居た筈よね?」

 「えぇ。それに天城さんと・・・・・・先輩方もいらっしゃいますし」

 

 因縁の相手ゆえに苦々しく、しかし公正な戦力評価を下した大鳳に苦笑が浮かぶ。

 だがそれ以上に、エンタープライズは指示に即答したビスマルクに驚いていた。まさかビスマルクより──実戦に参加するKAN-SENより上位の指揮権を与えられるとは。あの祈手という組織、余程信頼の厚いものなのだろう。

 

 「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

 

 そう言って踵を返した3人に、エンタープライズはふと思い当たるものがあった。

 

 世界最強のKAN-SEN。最強の陣営の総旗艦。エンタープライズと並ぶ最強格の空母。向かう先は最強の陣営。

 相手は正体不明ながら明確に人類に敵対するKAN-SEN。そして──ユニオンの、無辜の民を傷付けた、エンタープライズにとっても許せない相手だ。

 

 これは──チャンスだ。

 そう、エンタープライズをエンタープライズたらしめる、直感が囁いた。

 

 「待ってくれ。援軍を送らせてくれないか? 例えば──私とか」

 

 

 

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