アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
けたたましいサイレンの音に、レッドアクシズ本部近郊に住まう人々はそこかしこに据えられた液晶パネルを見上げた。
最寄りの避難シェルターへの経路と、沿岸部から離れる旨の警告文が繰り返し表示される。
焦るでもなく、どちらかといえば「あぁ、はいはい」といった慣れた様子で、ぞろぞろと移動を始める。次に人々が取る行動は、特に重桜と鉄血では一致していた。
うんざりした顔を浮かべ、耳を塞ぐ。
『セイレーン警報。セイレーン警報。直ちに沿岸部から離れ、速やかに避難シェルターへ移動してください』
誰が決めたのか知らないが、全陣営一律の──馬鹿みたいな爆音のメッセージが流れる。
スピーカーから一定範囲にいると眩暈を起こすとか、超至近距離ではワイングラスが割れるとか、もうこれを海に向けて置けとか、色々と話題性のある仕様になっていた。
全陣営共通の音量で、共通のメッセージが流れる。その後に、重桜と鉄血に特有の、追加の一文がある。ユニオンや小規模陣営などの、日頃からセイレーンの襲撃を受けている陣営では不要なもの。
『これは訓練ではありません』
月に1回の避難訓練で辟易していた──他陣営は本物がもっと高頻度で流れる訳だが──人々も、これを聞くと多少はマシな動きをする。というか、慣れた動きに機敏さが加わって、危機感の割にとてもいい動きになる。
「ま、今回もKAN-SENの子たちが何とかしてくれるって」
誰かが口にしたそんな安心感が、彼らの共通認識だった。
◇
想定より面倒だ、と。被害報告を聞いた赤城は爪を噛んだ。
対他陣営、KAN-SEN対KAN-SENの衝突に備えた対策プロトコルは、4年前──ボンドルドが陣営を追われた時から組み上げてきた。
量を質で駆逐し、まず侵攻を波ごと消滅させる。次いで、逆侵攻による徹底した敵陣の無差別破壊。攻勢焦土作戦とでもいうべき、KAN-SENの特性を活かした、最大限効果的で非人道的な反撃を行う。
二度と、敵の芽を生まぬように。
だが──相手の陣営どころか、具体的な敵の数まで分からないとは。
海岸線は一部を消滅させ、地図を書き換える必要がある。周辺家屋は余波を受け大部分が倒壊。住民の避難は済んでいるだろうが、再建には時間がかかる。ユニオンやロイヤルは再建慣れゆえノウハウも蓄積されているだろうが、重桜はそうではない。
インフラへの被害は少ないが、軍事施設に近接する箇所はその限りではない。被害の最小化を図った痕跡はあるが──躊躇った様子はない。大前提に確実な破壊を据え、被害拡散防止はあくまで次善。
なんだ、この──好ましいまでの合理性は?
予定通りに防衛艦隊を出撃させていいものか。何もしないという選択肢は勿論ないが、かといって、ユニオンやロイヤル程度を想定した防衛プロトコルに従うのは甘い気がする。
「失礼しますねー」
そんな安穏とした声が、ふと耳に入り込んだ。
苛立ちを隠して振り返ると、重桜艦ではない。レッドアクシズ内部の指揮系統は色々と面倒で、重桜・鉄血陣営のトップにボンドルド、その下に各陣営にのみ効力を有する指揮権を持った旗艦。横並びでヴィシア・サディアの旗艦がいる。赤城には彼女──穏やかな微笑を浮かべるローンに何かを命じる権利はなかった。
戦場に在って、指揮系統の外にいる兵士ほど指揮官の頭を悩ます物もそうはない。
特に兵士一人一人が軍艦級の──戦術兵器並の力を擁する盤面の戦略において、不確定要素が齎す振り幅は大きい。
故に、うわめんどくさ、と。赤城は相貌を歪めた。
しかし、ローンはそれを省みない。省みる必要すら感じない。
何故か。単純なことだ。
敵が攻めてきて、国土が侵されているのだろう? であるならば、兵器たるKAN-SENが取るべき行動は一つではないか。
「赤城さん、わたしも出撃します。敵と味方の座標を頂けますか?」
にっこりと穏やかな微笑みを浮かべるローンの瞳が妖しく輝く。
ローンは強い。業腹だが、赤城の指揮下で粛々と戦略に従わせるより、単身で突撃させて戦術価値を存分に発揮させた方がいいレベルで。あのフリードリヒ・デア・グローセ──単身で陣営を相手取れるという机上存在と同系というだけはある。
戦略を上回る戦術兵器とは、ボンドルドも冗談のような存在を生み出したものだ。
「分かったわ。言っておくけど、いま暴走したら無事は保証できないわよ」
「? ……あぁ。えぇ、勿論、分かっていますよ」
不思議な反応に怪訝な視線を向けるが、もうそこにローンはいない。
溜息を一つ零して、赤城はコンソールに向き直った。
ローンは一人、鼻歌交じりに破壊された建物の間を歩いていた。足取りは軽く、とても戦場に向かうようには見えない。
店も、家も、電柱やカーブミラー、看板も、車も──人も。破壊の痕跡は痛々しく、しかし、微笑には一片の陰りもない。
「うふふ、暴走、暴走ですか。面白い言い方だったので、何のことか考えてしまいました」
曇り空を見上げ、思い出し笑いを一頻り漏らす。
さて、と、切り替えるように伸びをして、ローンは飛来した砲弾を回避した。
着弾点には大穴が開く。直撃すればかなりの痛手を被ることだろう。
……
所有者の闘争心を汲み取ったように、背部の艤装が軋みを上げ咆哮する。
「ちょうど狩りでも殺戮でもなく、殺し合いの気分だったんです。お付き合い頂けるみたいで、良かった」
陶然と笑うローンを見て、シグニットは思わず顔を顰めた。
内心を端的に表現するなら「うわぁ……」といったところか。シグニット本来の性格からして戦闘狂との相性は良くないし、そもそも。
「邪魔を……しないでくれませんか……」
見たことのないKAN-SENが相手だろうと、ただ立ちはだかるだけで歩みが止まる訳はない。
止めるために戦うのか、戦うために止めるのかは知らないが──止められるものなら止めてみるがいい。
「退いてくれないのなら──沈めます」
シグニットの瞳が決意に輝き、艤装が顕現する。
暴風じみた殺意を受け止めて、ローンは可笑しそうに口元を隠した。
嘲りではなく、本当に面白そうに笑う彼女に怪訝そうな視線が向けられる。
「あぁ、ごめんなさい。貴女、指揮官を殺しに──
ユニオンで現行のボンドルドを殺してから間もないとはいえ、連絡手段の豊富な時代だ。報告されていたとしても不思議ではない。
だが、外敵がボンドルドの不死性──正確には複数性を知っていると確信したような物言いは何なのか。
眼前のKAN-SEN、見覚えのない顔に警戒心を募らせるが、彼女は笑顔を崩さない。
「ふふ、グローセみたいな
ガスマスクに覆われていない、感情の見える目元に強張りが浮かぶ。
可笑しそうに、楽しそうに笑って、ローンは言葉を続けた。
「怪物と対峙する者は、自らが怪物とならないように注意せよ。こうしてみると、含蓄のある言葉ですよね」
それを最後に、闘いの火蓋が切られた。