アズールレーン ─メイドインアビス─   作:志生野柱

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 何がとは言いませんが、シグニットは2:8、アークロイヤルは1:9、グローセでも3:7か4:6くらいですかね。


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 ローンの交戦開始は唐突で、レッドアクシズ側は十分な支援体制を整え切れていなかった。

 だが援護や妨害が無いからと言って、ローンの心情に陰りは無い。むしろ、邪魔が無くていいとすら考えていた。

 

 「私、無駄な戦いって嫌いなんです。格下相手の掃討戦……作業みたいな一方的な殺戮なんて、時間と資源の無駄ですよね。だから、そういう()()は……私の姿を見た時に自沈するべきだと思うんです」

 

 砲弾を躱しつつにっこりと穏やかな笑みを浮かべて語るローンに、シグニットは怖気を催した。

 戦闘中──しかもやや劣勢でありながら、世間話のような風情で言葉を並べるその姿と、内容のギャップ。どちらも嫌悪感と共に既視感を感じるものだ。

 

 「でも、貴女は……きちんと戦えるんですね。私と対等かそれ以上に。……素晴らしいです」

 

 掌を合わせて称賛する。その姿までもが覚えのある絶望と被り、シグニットは回想を振り払うように鯉口を切った。

 金属の澄んだ音が精神の乱れに指向性を与え、強靭な殺意として固定する。

 

 ウォースパイトやシリアスのように、砲弾や魚雷の他に剣を武器として装備するKAN-SENはいる。

 KAN-SENの膂力で振るえばただの鉄板でも十分な凶器だが、リュウコツ技術産のそれは言うなれば対艦刀。包丁を握りつぶすKAN-SENの肌であろうと、見た目の鋭利さに従って切り裂ける。

 また、所詮は点攻撃でしかない砲弾とは違い、刃物は点と線を使い分けられる。直線にしか飛ばない砲弾とは違い、自在な攻撃が可能。使い手を選びこそすれ、使いこなせば単純な艤装しか持たないKAN-SENより一手、上回る。

 

 残念なことに、シグニットに剣術の心得は殆ど無い。太刀筋に術や理は無く、その心はどす黒いまでの殺意に満ちている。──だが、それで十分だ。

 兵器たる彼女にとって、抱く感傷はその全てが必要なものだ。戦闘に際しては殺意や復讐心は強力な原動力になり、恐怖や痛覚、後悔ですら生存に繋がる重要な要素。であるなら──其は一意専心、明鏡止水が如く。

 

 純粋なる戦意から繰り出される斬撃は、術理ではなく死を齎すモノとしての美しさがある。

 

 大きく踏み込み、首元を目掛けた斬り払い。

 居合の要領で威力を最大限高めた一撃は、直撃すれば戦艦の首でも刎ねられるだろう。

 

 鉄血艦にとっての最速はボンドルドの兵装、光線兵器の世界最速(光速)。それ以外は“遅い”。

 だが居合の速さとは、速度的な意味で『速い』のではなく、起こりから抜刀、斬撃に至るまでの全ての動作が極端に簡略化され、読みづらいという意味で『早い』。

 

 グローセのような極端な視力──より正確には観察力を持たず、あくまで単純に『目が良い』だけのローンに、その斬撃を見切ることは出来なかった。

 

 「すごい、素晴らしいです!」

 「っ・・・・・・!」

 

 ローンが嬉しそうな声を上げ、シグニットが舌打ちを漏らす。

 唐突に眼前に現れた青い半透明の盾──防御系スキルとして一般的な、装甲形成スキルのもの。単に踏み込みに反応して展開しただけのそれは、幸運にも最適な防御を齎した。刀どころか身体ごと弾かれ、刀の間合いからは大きく外れてしまった。

 

 必殺の一撃を防がれたシグニットは納刀し、砲撃戦の姿勢を取る。駆逐艦対重巡洋艦の砲撃戦だが、両者とも極端な高練度艦であり、スペック差によるごり押しは効かない。

 

 であるならば。

 

 「『炬火の残響』ッ!」

 

 紫電が迸り、ローンの身体と艤装を穿つ。

 防御力に秀でた艦船であろうと構わず行動阻害と内部破壊をもたらすEMP攻撃。艤装の非顕現化が唯一の対策であり、初見殺しとしては最上級。大鳳ですら一撃で中破に追い込む破格の一撃をもろに受けて、ローンが膝を付いた。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 重桜・レッドアクシズ本部地下。

 一般には倉庫やシェルターがあるとされている大規模地下構造の一角は、ボンドルドの研究室に改装されていた。

 

 詰める祈手たちの動きは普段と違って慌ただしく、幾人かは観測機、幾人かは記録機に張り付き、幾人かは駆け回ってすらいた。

 

 「不味い」

 「不味いな」

 

 声色に感情は無く、計器の数値を睨み付けるだけの彼らだが、見る者が見れば焦りを感じ取れるかもしれない。

 

 「ローンの損壊率が規定値を超えた」

 「リュウコツ因子の活性率もまもなく閾値だ」

 

 祈手同士が言葉を交わし、その間にも作業は滞り無く進んでいく。

 駆け回っていた数人がどこからか大型の機械を運んでは設置し、また慌ただしく出て行く。幾人かが計器のデータをバックアップし、電源を落とす。

 

 「卿は不在だ」

 「グローセもだ」

 「回帰が完了するとは思えないが」

 「それが問題だ。完全なる回帰であれば、我々は祝福しよう」

 「だが一部に偏ってしまうのは駄目だ」

 

 議論を交わしていた祈手たちが一斉に口を噤み、一つの計器に目を向ける。

 ともすれば会話の声量で掻き消されかねない音量ではあるが、しかし明確に警告音が発されていた。

 

 「リュウコツ因子の活性率が閾値を超えた」

 「成るか」

 「還るか」

 

 祝福するように、達成感すら滲ませた報告に、期待を込めた確認が重なる。

 同じ機械に無数の視線が集まり──落胆の息が零れた。

 

 「駄目だ」

 「不完全だ」

 「祝福を受けていない」

 「不足している」

 

 重くなった空気に追い討つように、少し大きめの警告音が鳴る。

 また別の機械に目が向けられ、報告される。

 

 「ローン本体の損壊率、リュウコツ因子の活性率が共に条件を満たした。限定的偏向回帰が第一フェーズに入る。人格セーフティ、フェイルセーフ、共に機能喪失。回帰方向を特定……未知のパターンだ」

 「彼女は“切り拓くもの”ではない」

 「卿の仮説では、残りは──」

 「“打ち砕くもの”か“守護するもの”。──せめて、後者であることを祈るべきか」

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

 大抵の相手であれば一撃で戦闘続行困難なレベルの損傷を与えられるはずだが、と、シグニットは訝しんだ。

 確かにローンは片膝を付き、頽れる寸前だったはず。

 

 それがどうして──

 

 「くっ……」

 

 自分が、彼女に踏みつけられているのか。

 赤く染まった瞳に、陶然と蕩けた表情。戦闘に際して高揚感を通り越して恍惚とするタイプか。薄々そんな気はしていたが、EMPは直撃した。精神性に関係なく、彼女は物理的に動けないはずではないのか。

 

 「退いて、くださいッ!」

 

 身体を捻り、足を絡めて引き倒す。そのままマウントポジションに引き込みたいところだが、眼前に艤装の牙が迫り、仕方なく距離を取る。

 

 グローセの艤装に噛み付かれた傷はもう癒えたが、あれの意外な危険性は覚えていた。昔は戦闘機の正面部に描かれるシャークティースのような装飾の部類かと思っていたが、とんでもない。艤装の──軍艦の馬力で鋼の牙が噛み付いてくるのだ。KAN-SENにとっても十分な脅威になる。

 

 「邪魔を──ッ!?」

 

 光る砲口に咄嗟に反応し、その場から飛び退く。瞬間、さっきまで立っていた地面が大きく陥没し、派手に爆風と砂塵を巻き上げた。

 

 こんなことを言える立場でも状況でも無いのは分かっているが──

 

 「急に、なんなの……ッ!」

 

 今までの、殺意には必ず愉悦が混じり、砲弾と共に言葉も交わす異常者然とした感じがない。

 むしろ純然たる殺意でのみ動き、無駄を削ぎ落したこれは戦闘機械か。分かりやすいまでの変貌だった。

 

 一撃目が外れた瞬間に二発目、三発目と続けて砲撃が加えられる。会話どころか哄笑の一つもなく、変わったという印象を強める。

 

 ぎちり、ぎちりと。ローンの艤装が軋みを上げる。

 背部の艤装が大口を開け、陽光じみた輝きが漏れた。

 

 不味い、と。本能的に、シグニットは一歩下がった。漏れ出る光は熱を孕み、陽だまりのような温かさを感じることもできる。だが背筋には冷たい汗が流れ、悪寒が込み上げる。

 

 忍び寄るこの気配に。それの齎すこの感覚に。シグニットは覚えがあった。

 かつて、あの悍ましい前線基地で嗅ぎ、味わい、えずくほどに堪能した「死」の感覚。絶望と共に足音も無く滑り寄る、毒蛇じみた気配だ。

 

 五感が遠退き、思考が鈍重になる。

 死線に際して驚くべきパフォーマンスを発揮する者もいるが、あれは──シグニットが思うに、死んだことのない者だけだ。

 

 「『炬火の残光』ッ!」

 

 咄嗟にスキルを発動できたのは、自分でも偉いと思う。

 存在レベルの昇華はあらゆる低次現象の干渉を無効化する、完璧なる盾。アンチエックスですら解析しきれていない架空艦、存在する非存在に限りなく近づく行為だ。

 

 眼前のKAN-SENが如何なる攻撃を放とうと、間違いなく無傷でいられる。

 

 まず視界が埋まり、次いで音が消える。

 光量が限界に達し、視界が埋め尽くされている。周辺の大気が悉く焼き払われた真空状態で音が伝播していない。そんな考察を頭の隅に追いやり、なんとか周囲の状況を確認しようと視線を巡らせる。

 

 努力の甲斐もなく、視界が戻ったのは攻撃が終わってからだった。

 

 「は、はは……」

 

 思わず、笑みが漏れる。

 シグニットの正面、ローンのいる側は左程変わらない景色が残っている。ローンとシグニットを結ぶ直線下のアスファルトが蒸発し、大きく抉れた地面はドロドロに溶けている。しばらくすればガラス化するだろうか。

 問題なのは背後だ。攻撃は距離に応じて拡散する性質があるのか、背後の破壊痕は末広がりになっている。射線上の家や道、あらゆる文明的なものは破壊され蒸発し、溶岩の道を作り上げている。海に向かって広がる窪みは干上がった川のような様相だが、精々が海から逆流する河口部にしか水はない。海に向かって傾斜のある土地で良かったと、後の人は言うだろう。

 

 だが、シグニットが笑ったのはそんな()()()()破壊痕に対してではない。

 そのさらに向こう──遠く、水平線より僅かに手前に浮かぶ島。大きな山であり間違いなく無人島であろうそこが、二回りほど小さくなっている。海は酷く荒れ、単純な熱破壊と言い切れない熱量を持っていることは理解できた。だが──岩盤で出来た山を覆い、溶かし、二回りも小さくするか。

 

 「……素晴らしい」

 

 鉄血陣営艦だろうが、前線基地では見なかったKAN-SENだ。

 この規格外さといい、ユニオンで見た戦艦と共に秘中の秘とされるレベルのKAN-SENか。

 

 向き直ると、ローンの艤装は放熱中だった。流石に連射は効かないようで安心すると同時に、好機とも思える。

 攻め切るか、一度退くか。

 

 シグニットは後者を選択した。

 ローン本体も内部調整中なのか、あるいは別の理由か、シグニットが露骨に距離を取っても追撃が無い。

 これ幸いと、シグニットは本格的に重桜から撤退することにした。

 

 

 




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