アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
結局のところ、シグニットが二人と顔を合わせたのは寮舎でのことだった。
演習場は既に別のグループのローテーションに入っており、聞けば二人は寮舎に戻ったと言われたからだ。
Z23とプリンツ・オイゲンが共有する部屋へ突撃すると、二人はちょっと嫌そうな顔をしながらも──演習終わりで疲れているところだったのだから──シグニットを招き入れてくれた。
「それで、お話というのは?」
丁寧に、或いはシグニットを落ち着かせるように問うのはZ23だ。
四人掛けのテーブルには対面した二人にコーヒーカップが二つ。オイゲンは少し離れた所にあるソファーで寛いでいた。
「え、えっと・・・二人は、うちの食べてる食事の材料とか、知ってる・・・?」
聞きながら、シグニットは少し馬鹿な質問だったと自省する。
あまりに唐突過ぎるし、そもそも二人が──鉄血のKAN-SENが食べているのはレーションだ。知らない可能性が高い。
「さぁ・・・? 何か問題でもありましたか? おなかを壊したとか・・・?」
KAN-SENが食中毒になるのかといえば、勿論NOだ。軍艦を毒殺できるかという質問に嘲笑が返ってくるように。
Z23の質問はあくまでシグニットに対する気遣いだろう。それほど、シグニットの身体は強張っていた。
「う、えっと、その・・・これ、拾ったの・・・」
シグニットが書類を見せると、Z23の表情に驚愕が浮かぶ。
彼女はソファーでのんびりとウィスキー用の氷を削っていたオイゲンの元へ行くと、それを突き付ける。
「オイゲン、見てください。これ・・・」
「・・・食事による強化、ねぇ。」
それだけなら、なにか特別な材料なんだな、くらいの認識でいい。KAN-SENには毒や寄生虫は効かないからだ。
しかし、無機質な活字の『死亡』という文言が楽観を許さない。下手をすればシグニット自身が死ぬ可能性もあるし、何より──コメットが、シグニットの同型艦、姉妹とでも言うべきKAN-SENが実験過程で死んだとなれば。シグニットには現状を座視することはできない。
「KAN-SENにも影響する未知の薬物、でしょうか?」
「分からないわ。・・・シグニット、一緒に来るかしら?」
「え? ど、どこへ・・・?」
オイゲンは綺麗な球状に削った氷を放置して立ち上がる。
Z23はシグニットと一緒にいるという意思表示か、シグニットの動きをじっと待っていた。
「指揮官のところよ。直接聞いた方が早いわ。」
◇
結局のところ、シグニットはその日の夕食を摂らなかった。
かといってオイゲンに付いて行くでもなく、二人の部屋に残るわけでもなく。ただ漫然と自分の部屋に戻り、布団を被って丸くなっていた。
「どうしよう・・・」
もしZ23の予想通り、KAN-SENに作用する未知の薬品や、そんな成分を含む食べ物だったら。もし、コメットがその副作用で死んだのだとしたら。
自分は───自分も、いずれそうなるのだろうか。
怖い。
戦闘用被造物であるKAN-SENだが、生存欲求は存在する。恐怖が戦闘において重要な役割を持っているからだと主張する学者もいるが、そんなことはどうでもいい。
いま、シグニットは生存欲求を根幹とした自己保存の渇望に───生の渇望に溢れていた。
簡単に言えば、怖くて興奮して眠れなかった。
「どうしよう・・・」
繰り返し、自分に問う。
とりあえず今日は眠り、明日オイゲンにどうだったと訊くだけでいい。
今できるのはそれだけだと、懸命に自分に言い聞かせる。だが、シグニットの心の奥底で、一つの炎が燻ぶっていた。
それは──好奇心だ。
未知というモノは恐ろしい。だから切り拓き、暴いてしまいたい。
そんな逃避から生まれるものであっても、それは紛れもなく賛美すべき探求への渇望。
シグニットは身体を起こすと、U-47の案内を懸命に思い返し、走り出した。
強化鋼板製のドア、ドア、ドア。
そうだ、確かこの辺りで────ッ!!
「───いいえ、恐らくですが、部位による差ではなく部位ごとに含有量の異なる物質、強化因子とでも言うべき───」
深夜だというのに、明かりが点いた部屋。
聞こえてくる話し声は、間違いなくボンドルドのものだ。シグニットは息を殺して部屋に近付く。
話し相手はどうやらビスマルクのようだが、他にも複数人の気配があった。
「なら、その強化因子を抽出する方法を探るのがベストね。」
「えぇ、その通りです。今のやり方では非効率ですからね。」
こっそりと部屋を覗く。
中にいるのはボンドルドとビスマルク。そしてボンドルドによく似た装いと仮面を付けた人間が数人。
そして。手術台に寝かされ拘束された
「ぁ、ぇ・・・?」
驚愕に漏れた微かな吐息と、後退りで生じる空気の流れ。それはビスマルクにとって、存在を知覚させるのに十分な要素だった。
「誰だ!」
「ひっ・・・」
逃げ出そうとするが、驚愕と恐怖でもつれる足はシグニットを転ばせるだけに終わる。
「おや、シグニットですか。・・・ビスマルク、艤装を仕舞ってください。」
「・・・分かったわ。」
不満そうなビスマルクとは裏腹に、ボンドルドはどこか上機嫌だった。
いつものように穏やかに、ボンドルドは床に倒れ込んだシグニットに手を伸ばす。困惑しながらもその手を取れば、ゆっくりと部屋の中にエスコートされる。
「あ、あの、指揮官、これは・・・?」
シグニットの眼前に横たわり、微かに寝息を立てる
ボンドルドはその質問に答える前に、と前置きして、逆に質問を投げかける。
「シグニット、貴女は練度の上限をご存知ですか?」
シグニットは頷き、90だと答える。
大多数のKAN-SENは数多の戦場を駆け、死線を潜ろうとも練度70でストップする。これは一般的なKAN-SENの限界値、俗に言う練度70の壁だ。
しかし、鉄血陣営と重桜陣営のほぼ全員、そして他陣営でも特別な数人は、練度80や90といった規格外の練度を有している。
これが、一般的に知られている練度上限だ。
ボンドルドは首を振り、
「それは過去の話です、シグニット。現状、ビスマルクと数人のKAN-SENは練度100に達しているのです。」
「え、そ、そんな・・・」
そんな馬鹿な。シグニットはそう口にすることさえできなかった。
その技術があれば、セイレーンに対して優位に立てる・・・少なくとも中層の上位個体に迫ることは確実だ。質で負け量で戦線を維持している人類側において、その発見は素晴らしいの一言では足りないもの。
「ですが・・・練度がこれ以上にならないことは構造上確かなのですが、その構造を見れば、能力にはまだ未発達の部分があるんですよ。」
困りますよね、と。世間話のように、人類側の抱えるどうしようもない問題点を吐露する。
その異常性に、シグニットは呑み込まれかけていた。
「じゃ、じゃあ、ビスマルクさんはもっと強くなれるのに、もう強くなれないんですか?」
言葉遊びのような質問。ボンドルドはそこに好奇心を見出し、両手を広げて賛美する。
そして質問にはNOと、首を振って返答した。
「いいえ。現状KAN-SENの練度上限は覆せません。しかし、KAN-SENの能力そのものを強化する方法、その開発の目途は立ちました。・・・シグニット、貴女のお陰です。貴女に心からのお礼を言わせてください。」
そこで、ようやくシグニットはここに来た理由を思い出す。
「あの、指揮官。それって、私が食べていたものに関係ありますか?」
「えぇ、その通りです。」
やっぱりだ、何か特殊な薬とか、変な食べ物に違いない! シグニットはそう断定し、恐る恐る問いかける。
「その、それって、なんですか?」
ボンドルドは「あぁ」と、気付かなかったと照れるような声を上げて、シグニットを指す。
シグニットの眼前。手術台に横たわる
「──貴女自身ですよ、シグニット。」