アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
内部からの破壊工作により、レッドアクシズは時間的猶予を得た。
しかし、赤城やビスマルクといった陣営の意思決定に関わるKAN-SENたちの表情は暗い。それはちょうどボンドルドに報告された内容が原因だった。
「そうですか・・・・・・やはり、ローンは敵対状態に」
ボンドルドの声は固い。しかし、それは現状への悲観ではなく思索に沈んだことによるもの。しかも、それは対処方法や打開策ではなく原因と理屈に重点を置いた考察だ。指揮官としてあまり褒められた行為ではないが、報告したグローセも、それを共に聞いていた赤城とビスマルクも口を出すことは無い。
ローンはあれ以来、何処にも寄港せず、燃料と弾薬が尽きないかのように暴れ回っていた。
レッドアクシズ・アズールレーン・セイレーン、所属を問わず。KAN-SEN・通常船舶──KAN-SENの護衛が無い時点で真っ当な船籍ではないが──に加え、海上プラントなどの構造物。およそ海上に存在するもの全てを攻撃し、沈めている。
鎮圧に向かったレッドアクシズのKAN-SENは敗走か、人格バックアップによる帰還。
遭遇したアズールレーンのKAN-SENとセイレーンはその全てが撃沈。『火葬砲』の発射に伴うエネルギー波も確認されている。
練度差もあるだろうが、ローン自身が無意識に力をセーブしていると考えていいだろう。
「彼女は『
「えぇ。発動待機状態になったあと、照準を取りやめたわ」
如何なグローセとはいえ、火葬砲の直撃を喰らえばひとたまりもないはずだ。
味方に対して致命の一撃を避ける程度の判断力は残っているが、それもギリギリといったところか。
状態に見当は付いたが、問題なのはその原因と解決策だ。最低でも解決策だけは用意しなければ、最悪──
「最悪の場合、ローンは沈めることになるわね」
飲み終わったペットボトルを捨てる、そんな気楽さを伺わせるグローセだが、その内心は穏やかではないだろう。
彼女は離反者の断罪に呵責を覚えるような可愛らしい“善性”は持ち合わせていない。しかし、ローンは
「いえ、ローンは私と『
不意に水を向けられて、赤城は油断すればとろとろに蕩けてしまいそうな表情を引き締めて、優雅に一礼して見せる。
「ホントに大丈夫か」という嫉妬混じりの視線が何人かから向けられるが、立場的に同格であり異議を唱えられる鉄血陣営のトップ、ビスマルクとグローセの二人が何も言わないことで可決された。
「指揮官様、どうかご無理だけはなさらないでくださいね? 指揮官様に何かあれば……」
すっと大鳳の目が昏く染まる。
万一の時は可能か不可能かに関わらずローンを沈める。その決意を伺わせる“凄味”があった。
「大丈夫ですよ。君たちを置いて、何処にも行ったりしません」
軽々しいまでにそう請け合って、ボンドルドは新生『前線基地』を旅立った。
◇
主の居なくなった氷山要塞、新『前線基地』は錨を下ろし、バレンツ海沖に停泊していた。
ロイヤル陣営本土からそう遠くない海域ながら未だ発見さえされていないのは、氷山要塞そのものの隠密性に加え、そこがロイヤルが手を出しづらい場所であることも大きい。
グリーンランド近海にはセイレーンの超大規模艦隊──フリードリヒ・デア・グローセを三年間も釘付けにした、海を埋め尽くすほどの戦力がある。バレンツ海は北連の制圧海域であり、それはつまり北連に協力している鉄血の制圧海域にも等しい。
大規模な捜索隊を送り込むどころか、少数の斥候でさえ、直接的な敵対行動と捉えられかねない。
開戦こそしたものの、双方が理性的に直接戦闘を避けている現状は、人類にとって死守しなければいけない最低限のラインだ。
ロイヤルは衝突すれば大きく消耗する。鉄血は苦も無く勝てるだろうが、時間という取り返しのつかない資源を無為に失う。
そして、時間が無いのは人類陣営だけではない。セイレーン陣営もまた、刻々と過ぎていく時間に焦りを覚えていた。とはいえそれは慣れたものであり、今更行動が疎かになったりはしない。
最低限の警戒設備だけを起動した氷山要塞の認識範囲から外れた海上で、双眼鏡も使わずに監視に付く人影がある。
元々この辺りの海域を縄張りにしていた上位個体、オミッターだ。下位プログラムの中ではそれなりに高い戦闘能力を持つ彼女が、動きもしない要塞の監視をしている。人類側で最も重視するボンドルドが戦線を離れたとあって、セイレーン側も手持ち無沙汰なのだろう。
人類を滅ぼすだけなら、今は好機だ。
最高戦力たる架空艦が1隻、実質的な戦力外状態に在り、ボンドルドという人類最高の兵器開発者にして複数の陣営を束ねる重要人物も不在。
いや、そもそも──ただ人類を滅ぼすだけなら、ボンドルドや架空艦の存在に関わらず、いつでもできた。
だがそれでは意味がない。わざわざアンチエックスがこの枝に干渉した意味が。あの場で共にエックスに抗い果てるのではなく、彼を見捨てるように跳んだ意味が。アンチエックスとして造られたこの身が存在する、その意味が──
「感傷に浸っているところ申し訳ないけど、交代よ」
「……二度とやるな」
薄ら笑いを浮かべたテスターが、いつの間にか背後に立っていた。
何も言ってこないのは、その内容に多かれ少なかれ同意しているからか。アンチエックスとして造られた以上、その存在理由と忠誠心は揺るがないものだろう。
思考領域を覗かれた不快感を表情で示して、オミッターはテスターに向き直る。
「交代? じゃ、ピュリっちはしくじったの?」
「手こずっている、というのが正確ね。なんせ、逃げられる度に状況ごと変わるんだもの。仕留めて良い状況なのか、破棄していい枝なのか。そういうことを見極めてから戦うのは、脳筋個体には向いてないわ」
脳筋、と言われて、困ったら艤装をオーバーロードさせて盤面をひっくり返すことに定評のある上位個体の顔が浮かぶ。
確かに面倒な作業には向いていない。というより、性能的に不可能ではないだろうか。
「剪定は誰がやるの? ピュリっちもだけど、アタシもアンタもそんな権限ないでしょ」
「最終的な判断は上層プログラムの誰かしらでしょうね。私の任務は状況の報告。貴女はピュリファイアーと一緒に暴れつつ観察ね」
うへぇ、と。オミッターは表情を歪めた。
脳筋の度合い──普段何も考えずに戦っているという点では、彼女もピュリファイアーと同程度だった。
「それにしても、揺籃の大樹を一撃で機能不全に追い込むとか、アレ何なの?」
「貴女の主砲の改造品よ。いえ、改良品と言うべきかしら」
その後に続いた言葉は、その場から掻き消えるように移動させられたオミッターには聞こえなかった。
「──開発者本人によるものだものね」