アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
「この2週間で貴女が提供してくれたデータは、非常に興味深く有意義なものでした。ストレスフリーな環境での
なんだ。
なんなのだ、これは。
何かの冗談にしてはあまりに悪趣味で、ビスマルクの顔はあまりに真剣で、ボンドルドの声があまりに楽しそうで、あまりにつじつまが合っていて───
シグニットがそれを真実だと理解したとき、反射的に胃が収縮した。
「おぶ、ぅえ・・・」
どろどろと、消化され切った昼食の残りを。続けて胃液を吐き出すが、猛烈な吐き気は止まらない。
歯ごたえと柔らかさが同居した肉の食感を、少し舌に残る辛めのソースの味を、美味しいと感じた幸福な記憶を吐き出すように。
「おやおや、肉を分けてくれた人の前で吐き出すなんて、酷いことをしますね。」
ボンドルドが労わるように、寝ている方の──食材にされている方のシグニットを撫でる。
「美味しかったでしょう? 3週間ほど前にはコメットが居たのですが、あの時はストレスと成長性の相関性に気付いていなかったので、手足をそのまま食べさせていたんですよ。ですが激しく拒否されまして、潰したり溶かしたり、今のように調理するようになるまで、そう時間はかかっていないんです。料理上手な『祈手』がいて助かりました。」
私にノウハウはありませんから、と笑うボンドルド。シグニットには、もはやそこに温厚さや憧れを見出すことは出来ない。
眼前にいるのは怪物だ。ここで、ここで────
「ッ!!」
シグニットの艤装が展開され、120mm単装砲の砲口がボンドルドの胴体に突き刺さる。
おや、と気の抜けた声を上げるボンドルドに、ビスマルクが悲鳴にも似た警句を発する。
警告など何の役にも立たない。撃たせないのなら、口ではなく手を動かすべきだった。その証左、判断を誤った代償として、シグニットの砲弾はボンドルドの胴体に炸裂し───
「流石、練度以上の火力ですね。素晴らしい。」
焼けた黒衣の下、全身を覆う外骨格には傷ひとつ付けずに終わる。
「いい装甲でしょう? セイレーン技術由来の強化外殻なんですよ。軽巡洋艦の主砲までなら防げます。」
オブザーバー、ピュリファイアー、そしてエグゼキューターシリーズ。無数に存在する彼女たちの艤装や本体を乱獲して作り上げた強化外骨格『暁に至る天蓋』。徹甲弾や200mm以上の中口径弾でない限り、その運動量すら吸収する規格外の装備品だ。
人間相手と侮った。ここで殺さねばと焦った。それもあるが、シグニット最大のミスは結局のところ、殺せると判断したことだ。
「指揮官!!」
完全に無傷と分かっていてもなお、焦ったようにシグニットとの間に割り込むビスマルク。
既に艤装は展開されており、先の話が本当ならばその練度は100。もうボンドルドに意味のない攻撃を当てることもできないだろう。
「どうして・・・どうしてこんなことするの・・・?」
唇を噛んだのだろう。問いかけるシグニットの口端から垂れる胃液には血が混じっていた。
「KAN-SENの強化のためですよ。」
ボンドルドの口調に韜晦や欺瞞は無い。だが。
「それなら、もっと違う方法だって───!!」
シグニットは知っている。
眼前の男がセイレーンの上位個体を相手に一人で対抗できる相手だと。その武力をこの目で見たからだ。
シグニットは知っている。
眼前の男はKAN-SENの関係技術を二足飛びに飛躍させた人物だと。そう、鉄血陣営のKAN-SENたちが誇らしげに語ってくれたから。
シグニットは知っている。
この男は、KAN-SENを平等に愛し慈しむことができる人物だと。そう、照れくさそうに語るZ23を、嬉しそうに語るオイゲンを知っている。
こんな残酷な方法ではなく、もっといい方法を見つけられる可能性を持った男だと。そう知って───
「──そうでしょうか?」
それが、ただの希望だと突き付けられた。
ボンドルドは語る。これまでに行った実験と、その結果を。何の成果も出さない───これでは無意味だという答えを与えるためだけに実験台にされた、KAN-SENたちの名前を、ひとりずつ。
「綾波、鳳翔、加賀、ダウンズ、古鷹、ラフィー、セントルイス、高雄、伊58、カールスルーエ、シュペー。KAN-SENによるKAN-SENの強化、その手法を確立するまでに、これだけのKAN-SENたちが協力してくれました。直接の移殖、バックアップシステムによる人格移殖や経験の転移。色々と試したのですが、まさか原始的な捕食とは。いけませんね、視野が狭くて。ですが、私の行動にもそれなりに理由があるのですよ。」
絶句するシグニットに、ボンドルドは──表情は見えないのでおそらくだが──笑いかける。
「勿論、貴女のお陰で指針は示されました。より良い方法を模索することは辞めませんよ。」
狂っている。
そうシグニットが結論付けるのに、もはや時間は必要なかった。
「ではシグニット、もう遅い時間です。部屋にお戻りください。」
ボンドルドは何事もなかったかのように、そう言った。