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大艦巨砲
一九四一年四月八日。呉。
呉海軍工廠の艤装岸壁に、大艦巨砲の権化が係留されていた。
広大極まる甲板には、多くの資材が置かれている。艤装員の仮小屋も見えた。
だが、それらはこの艦の本質ではない。
巨大という言葉では足りない主砲塔。突き出た主砲身は各砲塔につき三本。砲口は覆いで隠されているが、ありとあらゆるものを撃ち砕く威力を秘めていることは、容易に想像できた。
大艦巨砲主義、すなわち「巨大な艦体に巨大な砲を積む」という、戦艦の設計思想。それを極限まで突き詰めたのが、この艦だ。
進水から今日で八か月。艦の艤装は最終段階へ移っている。予定では、年内に艤装工事と公試運転を終え、連合艦隊へ引き渡されることになっていた。
艤装工事が進む巨艦を、彼女は艦橋トップ、防空指揮所から見下ろしていた。左手には愛用の日傘、そして右手には冷えたサイダー。春の陽射しを優雅に遮りながら、彼女は爽快なのどごしを楽しんでいた。
「やっぱりここにいた」
そんな彼女へ、呼びかける声があった。同じく防空指揮所へ顔を出したのは、白蛇を思わせる髪をした長身の女性。どこかから拝借してきたという女性士官用の制服に袖を通した女性のことを、彼女は「
――「貴女のことは、何とお呼びすればいいのでしょう?妹、それとも姉でしょうか」
――「またどうして?」
――「進水日に、一緒に生まれたんですもの。私たちは双子のようなもの、でしょう?」
――「ああ、なるほど。――うん、それなら、姉と呼んでもらおうかな。妹というものには興味があったんだ」
一年前のそんな会話が、女性を「姉様」と呼ぶようになったきっかけだ。
女性――姉様は、ゆっくり彼女の隣に立った。その手には、彼女と同じサイダーの瓶。
「おはようございます、姉様」
「おはよう。いい天気だね」
「日光浴には最高の日ですよ」
彼女の言葉に姉様も頷いて、大きな伸びをした。普段、人目につかないようにと艦内に籠りっきりの姉様には、時たまの日光浴が必要だ。姉様もそのつもりで、人気のない艦橋へ顔を出したのだろう。
束の間の日向ぼっこを、姉妹は並んで楽しむ。穏やかな春の日――とはいかず、降り注ぐ太陽光線は容赦なしで、しかも眼下からは艤装工事の喧騒が聞こえてきた。
たまらず、彼女はもう一口、サイダーを口に含んだ。パチパチと弾ける炭酸水が、喉元を流れていく。暑い季節に、この清涼感は欠かせない。
「今日は一日何するの?」
同じようにサイダーを口にしながら、姉様が彼女へ尋ねてくる。空になった瓶底を太陽にかざし、透けた光を見つめながら脳内の予定帳をめくった。もっとも、彼女の予定帳に、文字は書かれていないのだが。
「今日も何もないですね」
「そっか」
小さく笑って、姉様もサイダーを飲み干した。
「戻るよ」
「あら。もうよいのですか」
下へと続く階段に向かう姉様を振り返り、彼女は尋ねる。空の瓶を振り、姉様は当然のように答えた。
「出番が来るまでは、ね。できるだけ、人目につきたくないんだ」
「はあ、そうですか」
引き留めることはしない。姉様はいつでも気まぐれだ。顔を見せるのも毎日ではない。そもそも、普段どこにいるのか、彼女ですら知らない。この艦から出てはいないはずだが――
「……その出番は、いつやって来るのですか」
「来ないことを願ってる」
投げかけた質問に、姉様は実に軽い調子で答えただけだった。
防空指揮所には、再び彼女一人が取り残された。飲むサイダーもなく、結局手持無沙汰な彼女は、眼下の艤装工事を見つめる。丁度、一番副砲へ測距儀が取り付けられるところであった。
「……また、鳳翔さんのところへでも、お邪魔しましょうか」
結局いつもと変わらない結論に至って、彼女は踵を返した。やはり話し相手がいないのは、つまらない。一番近くにいる話し相手が
その前に、と彼女は呉近郊の地図を思い浮かべる。、近くにまだ、訪れていない和菓子屋があった。そこで何か買って行こうか。鳳翔なら、和菓子に合うおいしいお茶を淹れてくれる。
海面から四十メートルを超える艦橋をラッタルで甲板へと降り、タラップを伝って岸壁へ渡る。
ふと、吹く風を感じて、彼女は自らの艦を振り返った。
大艦巨砲がそこに鎮座している。全長二百六十三メートル、全幅三十九メートル、基準排水量六万四千トン。九門の主砲を天へ振りかざし、山をも砕かん威容を誇る。日本海軍が生んだ、一つの到達点。
艦の名は「大和」。日本最初の朝廷が生まれた場所であり、ともすれば日本そのものを差す名前が、彼女には与えられていた。