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翌四月二四日。東京。
曇天の空を振り仰ぎたい衝動を、島田は寸でのところで堪えた。見上げたところで、見えるのは煙草の煙が染みついた天井だけだ。代わりに、ソファの背もたれへ体重を預け、深く息を吐く。
目の前の御子は、一通りのことの次第を語り終え、乾いた唇をお茶で湿らせていた。それに倣って、島田も自分の分のお茶へ手を伸ばす。お土産として彼女が持って来てくれた練りきりにも、手を付けず仕舞いだった。
潤いを取り戻した喉に、練りきりを通す。餡子の優しい甘さが、今はひたすらにありがたかった。
「……ハワイは、遠いですね」
ふとした拍子に、御子が呟いた。練りきりを半分ほど残し、彼女は窓から見える景色を――その果てを見つめている。遥か東の地、深海棲艦が拠点にしているとされるハワイ諸島へ、その目は向けられていた。
御子と、彼女の付き添いをしていた舞原中佐が、昨日深海棲艦の首魁と思われる人物と接触したことは、たった今報告を受けた。その正体が、国産みの神・伊邪那美であることも、御子から聞かされた。
敵の正体には驚いたが、筋は通る。天照大神含め「三貴神」と呼ばれる三柱の神が生まれるきっかけとなった、伊邪那岐の黄泉下りの逸話はあまりにも有名だ。火の神・
御子と同じように外を見遣り、島田は口を開く。
「ええ、果てしなく遠いです。距離的にも、その他の地理的にも――日本海軍には荷が重すぎる程、遠い」
悔しいが、そう評する他ない。一度、連合艦隊司令長官という役職を経験しているだけに、この事実は覆しようのないものとして、島田は確信している。
元より、日本海軍は防衛戦を十八番(おはこ)としている。植民地大国でない日本海軍は、軍艦に長大な航続能力を必要とせず、故に近海での迎撃戦を前提として、そこそこの航続力に強力な武装の軍艦を建造してきた。
日本海軍にとって、ハワイは遠すぎる戦場なのだ。
(先の「北太平洋沖海戦」でさえ、ぎりぎりなのだ)
北米航路打通を目指した先日の作戦でも、この航続距離の短さは指摘されていた。駆逐艦では、タンク一杯に重油を詰め込んでも、往復は難しい。まして、戦闘を行うことなどできない。
解決策として、高速タンカーを艦隊に随伴させ、洋上で給油を行うという手法が取られた。同じ方法は、ハワイ近海で作戦を行う際も取れるかもしれない。だが、航路の関係上、必要な油の量はさらに増える。今度は巡洋艦や空母、戦艦へも油を入れなければなるまい。
問題は距離だけではない。ハワイ諸島は、太平洋上の孤島と言っていい。近くに島はなく、日本本土から島伝いに目指していく、ということは不可能だ。
ハワイ諸島を攻略するとなれば、日本海軍は海上戦力のみで、全く補給のない中、戦いを強いられる。すぐに息切れを起こすことは、火を見るより明らかだ。
(第一、敵の戦力もわからん。ハワイ攻略作戦を実施するにしても、下準備には相応の時間がかかるぞ)
ハワイへの道のりは、途方もないほど、果てしなく遠い。
「彼女と再び相見えるのは、随分と先のことになりそうです」
視線を室内へ戻した御子は、珍しく伏し目がちに、そう呟いた。
「……十数年前のお話です。彼女は突然、何の前触れもなく、高天が原へ使いを寄越しました」
――「私は神の試練を認めない。もう十分でしょう。人の手で人の血を流す痛みではなく、黄泉よりの災厄をもって、私は試練を成す。痛みは全て、この私が引き受けましょう」
それが、使いを通して語られた、伊邪那美の言い分であったそうだ。
正直なところ、島田にはどう判断していいかわからない。島田は軍事の専門家であり、政治にも、また神道にも、とんと疎い。神の考えなど、さっぱりだ。
今の島田にできるのは、深海棲艦と戦うこと。日本にとっての明確な脅威を、いかに取り除くかが、彼に課された職務だ。
咳払いを一つ。
「ともかく、今はハワイの情報を集めましょう。今後の方針も、作戦立案も、その後です」
島田の提言に、御子はいつも通り笑って、再び湯飲みに口を付けた。
おっさんのやたら多い艦これ…