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同日。ハワイ。
「今日は一段と楽しそうですね」
宮殿前のバルコニーへ顔を出すなり、マサキはそう言って声を掛けて来た。来客用に、昨日手に入れたお茶を淹れていた伊邪那美は、首を傾げて尋ねる。
「そうかしら?」
「ええ。とてもよい笑顔をされています」
特に自覚はなかったが、マサキがそう言うのなら、そうなのだろう。
バルコニーに用意した席の内、一つを示して、マサキに着席を促す。椅子は全部で三つ。三人目の客人も、もうすぐやって来るはずだ。
そして案の定、広い宮殿の中を、バルコニーへ向けて歩いてくる足音がした。小気味いい踵のリズムを耳にして、伊邪那美は急須を手に取る。丁度蒸らしも終わって、お茶が一番おいしくなった頃合いだ。
「……お邪魔いたします」
随分と控えめに宮殿の扉を開き、一人の女性が顔を出す。伊邪那美と同じ、白蛇を思わせる髪を二つにまとめ、床につくほど伸ばしている。小さな稲妻を纏う彼女は、ふわふわと漂う球形の生物を二頭、従えていた。
「いらっしゃい」
伊邪那美は笑顔で女性を迎える。あまりこういう場に慣れていないからか、彼女は曖昧に笑って、会釈をするばかりだ。
一方、そんな彼女に、マサキは遠慮なく話しかけていく。
「
誰に対してもそうであるように、マサキは恭しく礼をする。それに対し、土雷と呼ばれた女性は、露骨に嫌そうな顔をした。深い皺が刻まれた表情には、「お前がよく言う」という感情が明確に現れている。
「誰かさんが無理難題を持ち込み続けるせいで、落ち着いてお茶も飲めやしない」
「その点はどうかご容赦いただきたい。何分、戦争を始めたばかりで、やることが多いのですよ」
申し訳なさそうに頭を下げるマサキへ、土雷はふんと鼻を鳴らす。小言を言えて満足したのか、それ以上彼女がマサキを責め立てることはなかった。
最後の一滴まで茶を絞り切り、伊邪那美はそれぞれの席へ湯飲みを差し出した。ようやく彼女も席に着き、改めて話し始める。
「この四か月、実によく、働いてくれました。貴女には感謝してもしきれません。――ええ、ですから今日は、労いです。お茶と……それから、甘い物も」
甘い物、の言葉に、土雷の深紅の瞳が、一瞬光った。甘い物でも差し入れては、というマサキの助言は、どうやら大当たりであったらしい。
「も、もったいないお言葉です」
恐悦至極とばかりに首を垂れる土雷へ、伊邪那美は相好を崩す。
同じく、昨日買ってきたばかりの和菓子を取り出す。準備よくマサキが並べた懐紙の上に、練りきりを並べていった。季節の新作だという、ウグイス色の愛らしいお菓子だ。
「これは……なんともよい景色ですね」
驚嘆の溜め息を吐き、マサキは練りきりをあちらこちらから見ていた。一方の土雷はといえば、早く食べたいと言わんばかりに、そわそわとしている。彼女に付き従う球形の生物も、ふわふわと空中で舞っていた。
「本当はお抹茶がいいのだろうけれど。今回はこれで許してね」
淹れたての煎茶と、練りきりを二人に勧める。控えめに手を合わせてから、二人が早速、懐紙の上の練りきりへ手を伸ばした。黒文字で半分にされると、練りきりの美しい断面が露わになる。
柔らかな質感の和菓子を、二人が口へと運ぶ。瞬間、土雷が目元を緩め、頬を押さえた。マサキの方は、再び感嘆の息を漏らす。
「おいしい……」
ぽつりと呟く土雷。気に入ってもらえたようで、何よりだ。
「――それで、このところの進捗は、どうですか?」
練りきりが無くなり、お茶のおかわりを考え始めたところで、伊邪那美は切り出す。最後の一かけらを名残惜しそうに咀嚼していた土雷が、幾分か覇気を取り戻した様子で答えた。
「順調です。一年以内には、第二世代を――『
予定通りの進捗に、伊邪那美は満足して頷く。無理難題を吹っ掛け続けて来たが、やはり彼女は優秀だ。これで最低限、必要なものが揃う。
「『流』は二か月以内に雲海より産まれます。一番遅いのは『
「さすがの土雷様でも、『乎』には手古摺りましたかな?」
マサキの問いに、土雷は軽く息を吐いた。
「必要なものが、第一世代の十柱と全く違う。一年で完成させるだけ、ありがたく思え」
「ええ、それはもう」
マサキは目礼をもって、土雷に敬意を表する。伊邪那美の言葉を土雷へと伝えるのは、いつもマサキの役割だ。彼なりに、彼女の奮闘を称賛していることはわかる。
やはり強めの鼻息を吐き出し、土雷は話を続ける。
「航空機は『乎』よりも早く完成予定です。これを、しばらくは『
「『奴』に航空機が乗るのですか?」
「二度の海戦で、『奴』の性能不足が露呈しています。この際、戦艦としての役割は完全に『流』へ譲り、『奴』を空母へ改装します」
雲海で建造中だった四隻の『奴』については、すでに改装の準備が整っているとのことだ。北米から引き揚げさせた二隻の『奴』についても、四隻の改造が終わり次第、順次空母へ改造する予定だという。
面白いことを考え付く建造担当だ。
「この他、駆逐艦や巡洋艦にも、必要最低限の改装を急いでいます。早ければ三か月後には、北米艦隊再派遣用の戦力が整うかと」
「そう。ありがとう」
一呼吸を挟んだ土雷へ、二杯目のお茶を差し出す。受け取った彼女は、淹れたての熱い煎茶を少し啜って唇を湿らせ、最後の要件を話し始めた。
「例の六隻と……殿下の艦についても、全艦二年以内に完成予定です。三度目の海戦があれば、その戦訓も取り入れる予定ですので、若干工期の遅れはあるかもしれませんが……」
「構いませんよ。あの子はともかく、あの六柱の出番は、いささか先になります。焦らず、貴女の満足のいくように、やりなさい」
「……はい」
土雷は頷いて、再び湯飲みに口づけた。今度こそ、彼女の話は終わりだ。
数分をかけてお茶を飲み切り、土雷は席を立つ。
「それでは、これにて失礼します。お茶も、お菓子も、大変おいしかったです」
「何よりです。つまらなくなれば、いつでも顔を出しなさい。お茶くらいは淹れましょう」
「……ありがとう、ございます」
ぺこりと丁寧に一礼をして、土雷は宮殿の中へ去っていった。彼女が戻る先は、真珠湾を覆う雲海、その中心点。深海棲艦の泊地を司る者として、彼女はその責務を果たすだろう。
それにしても――
「ふふ、土雷まで、あの子を『殿下』と呼ぶのですね」
マサキが思い付きで言い始めた呼称が、着実に浸透しているようだった。
マサキも立ち去ったところで、三人分の湯飲みを片付け、伊邪那美はバルコニーにてハワイの風を浴びる。太陽は丁度中天に昇ったところだ。容赦のない光が、眼前の景色を――稲妻宿る雲海を照らしている。
思い出すのは、昨日のことばかりだ。
あれは、怒っていたのだろうか。人への為しように。神への冒涜に。不要な哀れみに。
神は試練を与えるだけだ。そこからどうするか、何を成すかは、全て人の領分である。もはや神が神話を紡げる時代ではないのだから。
故にこそ、人ならざる怨念を用いて、人の試練を成そうという伊邪那美は、災厄以外の何物でもない。
「……火を手にした時から、それは向き合うべき、人の業なのです」
そして火を産んだその日から、それは直視すべき、神の宿命なのだ。
踵を返し、伊邪那美もまた、自らの玉座へと戻る。誰もいなくなったバルコニーに、名残惜し気な潮騒だけが残されていた。
残り一話くらい、戦闘シーンから抜粋してこようかなと考えてます。
とりあえず、ここまでです。