十話:転校生が来るのはテンプレ
「編入生ですか?」
「そうじゃ」
突然学院長室に呼び出され、何事かと向かえばそんなことを言われた。
一瞬、薬草菜園のキハレトの花の魔術肥料の種類を間違えて全て枯らしてしまったことがばれたのかと思ったが、証拠は確実に隠ぺいしたのでバレるはずがない。
案の定、全く関係ない話だった。
「それで、そいつらはいつから?」
「明日じゃ」
「早くないっスか?時期的にも中途半端だし」
「君に拒否権はないぞ。断れば君が、薬草菜園のキハレトの花の魔術肥料の種類を間違えて全て枯らしてしまったことで、減給にする」
…………え?
「アイエー⁉なんでバレてんの⁉」
「お前は最後の最後で詰めが甘いんだよ。そもそも、お前は授業こそ真面目にやってるが、それ以外がザル過ぎる。もう少し魔術師としての自覚をもってだな……」
っち、うっせぇな。
「はいはいはいはい、聞っこえなーいっ!」
「もしくは私のように、表沙汰にならない様上手くやれ」
「分かりました我が敬愛すべき師匠様」
俺はセリカに尊敬の視線を向ける。
「ワシ、なんでこんな奴らを雇ってるんじゃ?」
学院長が遠い目をして呟いた。
「それはさておいて、編入生の件は分かりましたが、他には何か?」
「そうじゃそうじゃ。まずはこれを」
そういって、学院長は封筒を渡してくる。
「随分と綺麗だな、郵政機関を通してないのか?しかもこの
封筒を開けると、綺麗に丸められた羊皮紙が出てきた。
それを広げると、中には細かい文字で要項がびっしりと書かれ、最後に鷹の紋章が金で箔押しされている。
「……鷹の紋ってことは、女王陛下公認の帝国政府公文書……しかも設定されている秘匿等級が滅茶苦茶高い……え?」
ちょっと待て⁉おいこれまさか……っ!
「軍の人事異動に関する最重要機密文書ってこと⁉どういうことですか学院長⁉」
「うむ。平たく言えば、今回の編入生をグレン君のクラスに名指しで編入させる旨が書かれている。副担任も同様のモノじゃ」
この不自然な時期での編入。わざわざうちのクラスの名指しの編入。
「……なるほど、そういうことか」
「君が推察する通り、帝国宮廷魔導士団のものじゃろう。恐らくはルミア君の身辺警護が目的」
……正直、有難いことこの上ない。ルミアを守るのに、俺一人じゃ役者不足だ。
だが、帝国宮廷魔導士団がやってくるんだ。これほど頼もしいことはない。
「もうじき『遠征学習』が控えられてるところも含めると、本当に心強いな」
「受け入れてくれるかな?」
「もちろんですよ。っていうか、最初からこのことを言ってくれれば、俺だってちゃんと引き受けたのに」
「それはすまんの。ふぉっふぉっふぉ。……あぁ、当然だがグレン君、君減給だから」
「NOぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!今のは有耶無耶になる流れでしょうが⁉」
「あ、編入生の詳細はその書類に書いておるぞ」
畜生め!
だが、送られてくるとしたら、やはり特務分室だろう。なら、編入生は『法王』のクリストフ。
《編入生:リィエル=レイフォード》
そんな名前が、書かれていた。
「……え?」
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!そんなはずはねぇ。あいつほど護衛と言う任務が向かない奴なんていない。軍の上層部だってそれは痛いほどわかっているはずだ。
……そう、これは見間違いだ。
そう思い、もう一度編入生の部分を見ると
《編入生:リィエル=レイフォード》
「……ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」
「許して、先生。……もうだめ…」
顔を赤くし、荒く息をつくシスティーナが懇願するように言う。
「箱入りお嬢様だもんな。慣れないうちはこんなもんか」
相手はグレンだ。
「こんなの…本当に慣れるんですか?もう、腰がガクガクで…」
「ああ。初めての頃と比べたら大分良くなってきてる」
すると、グレンがシスティーナに上着を渡す。
「体冷やすなよ。お前も一応女の子だしな」
(先生の匂いがする…)
そして
「そういえば先生。…私達……なんで拳闘をやってるんですか⁉」
もはやテンプレだよね。
「そろそろそんなツッコミがやって来るだろうとは思ってた!」
読者も思ってるだろうが。
なぜ俺と白猫が特訓しているのかと言うと、こいつが頼み込んできたのだ。最初は面倒で相手にしてなかったのだが、しつこいからしゃあなしだ。
「特訓って言うから魔力を高めたりとか、新しい呪文を覚えたりとか思ってたのに」
「そう言うのはまだ早いんだよ。まずはそれをするより、それを上手に使う方法を覚えることが大事なんだ」
結局のところ、強力な魔術を覚えても、然るべきタイミングで使えなければ意味がない。
「拳闘の練習をすれば、自ずと魔術戦の攻守の感覚が磨かれるんだよ」
「日頃の私の説教に対する鬱憤を晴らされてるだけのような…」
「それもある」
「あるんですか⁉」
当たり前だろ。
「ま、最初はこんなのバッカだが、いずれは『軍用魔術』も教えてやるさ」
「……軍用…魔術」
「……ん?怖いか?」
「え……、いや、その…」
「いいんだそれで。確かにいざと言う時、ルミアを守りたいなら力は必要だ。……まぁ、軍用魔術を怖いと感じられるお前なら、魔術を悪く使うなんてことはないはずだ」
「先生……」
「まぁ、そういざと言う時が来られても困るんだがな。一々対処するのも面倒だし」
「……これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」
ほんと、真面目だなこいつ。
「あ~ねむ」
十字路であくびをしながら思わず呟く。
「先生顔色が……寝不足ですか?」
「ルミアが心配だから毎日待っててくれるんですよね先生」
「ちょっと何言ってるか分かんねぇな。俺は偶々通学路と時間が被るだけだし」
そういって、学校に向かおうとすると猛烈な殺気を感じ、振り向きざまに真剣白刃取りを行う。
「あぶねぇぇぇぇぇええええええ!」
間一髪、あと一歩遅ければ死んでいた。
「会いたかった。グレン」
会いたかった(殺意)。
少なくとも俺にはそう聞こえた。
「いきなり何しやがるんだ!殺す気か!」
「挨拶?」
「……誰だ、こんなのが挨拶だとか言ったやつ」
「アルベルト」
あの野郎、いつかぶっ飛ばす!
「……あれ、その子魔術競技祭の時の…」
「リィエル……だよね?それとその格好……」
「そう。こいつは今日からうちのクラスにくる編入生で。ルミアの隠密護衛係ってわけだ」
この脳筋アホ太郎を護衛にする軍の頭が病気な件。
「私なんかのために来てくれるなんて心強いです。これからよろしくお願いしますね」
「うん、任せて。グレンは私が倒す」
「俺は敵じゃねぇよ⁉お前、今回の任務ちゃんと理解してるのか⁉」
「うん。よく分からないけど、るみあ?を守ればいいんだよね?」
「おぉ~、そこまで理解できてるのか」
「つまり、るみあ?に変なことをするグレンはやっつけなきゃいけない」
「しねぇよ!その理屈はおかしいだろ⁉」
どうなってんだこいつ⁉
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!言っておくが自分の任務とか正体バラすんじゃねぇぞ!絶対だぞ!絶対だかんな!」
なぜだろう。フラグがたった気がする。
「今日からお前らのクラスメイトになるリィエル=レイフォードだ」
転校生の来訪に、興奮冷めやらぬ二組。
「まずは自己紹介してもらうから。ほれ」
「リィエル=レイフォード」
……それだけ?
「……他に何を話せばいいの?」
「なんか趣味でもいいからお前自身のことを話せよ……」
「分かった。私はリィエル=レイフォード。帝国軍が一翼、帝国宮廷魔導士団特務分室所属――」
「だぁぁぁぁあああああああ!」
このアホ!身分隠せって言ってんだろ!
俺はリィエルに適当にあることないこと言わせる。
「将来私は↑?帝国軍への入隊を目指して↑?イテリア地方から――」
そうしてようやく、リィエルの自己紹介が終わった。
「あの、質問よろしいでしょうか?」
「いや、結構時間もたってるしそろそろ授業を――」
「何でも聞いて」
空気読めよこのチビぃぃぃぃいいいいいい!
「イテリア地方からと仰いましたがご家族の方とは離れて?」
「……家族?」
あ、やばい。転校生の質問としちゃあ全然あり何だが。こいつには不味い。
「兄がいた……けど…」
「あ~すまん。家族に関する質問は避けてやってくれ。こいつは今身寄りがいない。それで察してやってくれ」
「!……、申し訳ございません…何も知らなくて」
あ~あ、空気重くなったな。どうするかねぇ?
「グレン先生とリィエルちゃんって知り合いっぽいし一体どういう関係なんですか?」
「私とグレンの関係?」
「あ~それはだな…」
めんどくせぇな。なんて説明するか。
「グレンは……私の敵?」
「え……」
「いや違う。女の敵」
『それは分かる』
「どういう意味だお前ら⁉」
「流石は先生だ!俺たちは信じてたぜ!」
「何をだよ⁉」
再び騒がしくなるクラス。
あ~もう、収拾つかねぇ!
と、言うわけで。リィエル編入回。
リィエルちゃんはグレン先生に依存していません。