十八話:お金は大切。これ常識
「……頼むリィエル、お前の力を貸してくれ」
「……、」
アルザーノ魔術学院の前庭の隅のほうに。グレンの苦渋と懊悩に満ちた声が響き渡った。
「……お前の力が……必要なんだ……ッ!」
どこまでも悲痛に満ちた表情で、グレンは言う。
「今すぐ……この石を金に変えてくれェェェェェェ!!」
「無理」
「ナンデだァァァァァァァぁああああああああ⁉⁉⁉」
グレンの最低最悪の頼みを、断り続けているリィエル。
先ほどからずっと、こんなやり取りをしているのだ。
「グレンの教育に悪いって」
「教育するのは俺の仕事!お前はされる側なの!」
「よく分からないけど、前にセリカに言われてるの」
曰く、グレンの為に錬金術で金を作るな、と。
「あのクソ女いつの間に先手を……ッ⁉」
セリカの手際の良さにグレンが戦慄していると
「《死ね》ェェェェェェええええええッッッ!!!」
「うぎゃあああああああああああ―――ッ!!!」
どこから聞きつけたのか、突如システィーナが現れて、【ゲイル・ブロウ】を即興改変で唱え、グレンを吹き飛ばしていく。
「騒ぎを聞いて来てみれば、何してるんですか⁉」
「……ぐっ、よもや、そこまで――」
なぜか、頭からパックリと逝かれる姿を幻視した。
(にしても、こいつの呪文即興改変能力、ちょっと凄すぎじゃね?)
呪文を殺意の言葉に変えて唱えるなど、まるで軍時代の誰かを思い起こさせる。
「っていうか、リィエルに金を作らせて、何をするつもりだったんですか⁉」
「決まってるだろ、売るんだよ。この前授業で教えただろ?ばれないように金を売る方法を――」
「だからそれは犯罪だって何度も言ったでしょう⁉まだ懲りてなかったんですか⁉」
「へっへ~んだ!いつまでもやられてばかりのグレン先生だと思うなよ!とうッ!」
「あ、《待て・この・バカ教師》ィィィィィィィィイイイイイイイイ――ッ!!!」
一瞬の隙を突いたグレンが校舎中を逃げ回り、それをシスティーナが追いまわす。もちろん、
これは最早、アルザーノ帝国魔術学院の名物にもなっていた。道行く人が二人の奇行にギョッとしつつも
――あぁ、またこの二人か。
――よく飽きないよな?
――っていうかさぁ、あの二人って付き合ってるの?いっつも一緒にいるじゃん。
――まっさかー。
――グレン先生ロクでなしだし、いつの間にか出来ちゃった婚してるかも……?
――それは……ありそうだな。あのセクハラ教師ならきっと……。
生徒たちはそんなことを考えるほど余裕がある……というより見慣れている。
そして、そんな生徒たちの話は、逃げること、追いかけることに集中する二人の耳には入ってこなかった。
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおお⁉⁉⁉馬車⁉ナンデ馬車⁉」
逃げるのに必死で気づかなかったが、グレンの目の前には停留している馬車があった。
ぶつかりそうになるのを、ギリギリで踏みとどまるグレン。
「何やってるの先生!人様にまで迷惑かけて――ッ!」
「お前が追いかけるからだろ⁉」
すると、馬車のの客室の扉が開く。
「この学院に着いて真っ先に君に会えるとはね。システィーナ」
そんな声とともに、馬車の客室に添えられていた扉が開き、中から一人の男が優雅に降り立った。
金髪でウェーブのかかった柔らかな髪。すらりとした長身。所謂、イケメンという奴だ。
その様子を遠巻きに見つめていた他の生徒たち……特に女子生徒は、男の姿に頬を染め、皆浮足立っている。
「あ、貴方は――」
突如出現したその男を前に、システィーナは目を丸くした。
二人が互いに見つめ合う。
「え、なに?何なのこの空気?」
そんな中、空気が読めず一人取り残された哀れな男、グレン=レーダス。
「っていうかそもそも、アンタ誰よ?」
「私はレオス。レオス=クライトス。この度アルザーノ帝国魔術学院に招かれた特別講師で、そこにいるシスティーナの
……静寂。その言葉の意味を理解できないといった風に、凄まじいほどの静寂が辺りを包み込む。
「……え」
その言葉は誰のものか。……いずれにせよ、それを歯切りに
「「「「「えぇぇェェェェェェェェェェえええええええええええええええ―――ッッッ⁉⁉⁉」」」」」
学院中に、凄まじい驚きの声が響き渡った。
「ちょ、ちょっとレオス!貴方、何を言ってるの⁉」
「ハハハ、私たちはかつて将来を誓い合った仲じゃないですか」
「あれは……子供の頃の冗談で――」
ごにょごにょと、システィーナが口ごもる。
「……お前マジで言ってんの?やめとけって。こいつとくっつくなんて人生の墓場入りってレベルじゃねーぞ?子供の頃の約束だってんなら、今のうちに取り下げろって」
「その心底憐れむような顔は何⁉どういう意味ですか⁉」
「ハハハ、冗談でこんなことは言いませんよ。それに――」
その瞬間、僅かに鋭くなったレオスの
「私の将来の伴侶を侮辱するような言葉は、慎んでいただけますか?」
「う……、」
流石にバツが悪くなったのか、押し黙るグレン。
「待ってレオス!グレン先生はその、冗談っていうか……」
「グレン?……あぁ、貴方があの、グレン=レーダスですか」
え、なんで俺のこと知ってるの?ストーカー?と、グレンが質問すると
「ストーカーなどではありませんよ。私が講師を務めるクライトス魔術学院でも、あなたのことは噂になってますので」
「悪い噂が?」
「まさか。アルザーノ魔術学院に、突如現れた期待の新人講師。習得呪文数を競う、昨今の詰め込み魔術教育に反し、呪文を根本的に理解し、実戦に生かすことに重きを置く、なかなか珍しいタイプの講師だとか」
内容としては、日本の英語教育への皮肉だな。と内心思うグレン。
「あなたの講義、是非一度拝聴してみたいと思ってました」
「別に、ンな大層なモンじゃないと思うがね」
レオスの紳士っぷりに、グレンが戸惑う。
今までそういうタイプの人間とはあまり接してこなかっただけに、調子を狂わされているのだ。
「それで?アンタ結局何者?クライトスって言うと、マジであのクライトス?」
「えぇ。貴方が考えるクライトスで合っていますよ。クライトス魔術学院から派遣された、クライトス伯爵家の嫡男です」
「マジかよ。御曹司じゃねぇか。けどよ、だったら尚更、口約束で結婚なんて決めていいのか?」
貴族同士の婚姻に口を挟む気は起きないが、それぐらいの疑問はある。
いくらなんでも、口約束で決めるというのは……それに、子どもの時というなら尚更だ。
「大丈夫ですよ。彼女は子供の頃と言いましたが、互いの両親が決めた許嫁同士ですから」
「ちょ、待っ――ッ!許嫁同士っていうのは――ッ!」
何かを言おうとしたシスティーナだが、突如彼女に向き直ったレオスに
「私は今でも本気ですよ、システィーナ。あなたを心から愛してます」
「うぅ……」
レオスの態度に何も言えなくなってしまう。
周囲からは、キャー!だの、おぉ……!だのと、黄色い声も上がっている。
「ふ~ん。そりゃまた大変なこって。こいつ魔導考古学専攻だし、結構無茶すると思うぜ?しっかりやってやれよ?」
グレンが何気なく呟いた。
実際、グレンはシスティーナに嫁の貰い手がいるのかと、要らない心配をしていたのだが、それも杞憂で満足していたのだ。
尤も、それを言えばシスティーナにぶっ飛ばされるのは目に見えていたので、口にはしない。
「ハハハ、大丈夫ですよ」
その言葉に、レオスは笑いながらこう返した。
「
「――ッ!」
「……は?」
すると、キーンコーンカーンコーンと、学院のチャイムが鳴った。予鈴だ。
どうやら、いつの間にか授業の時間が来ていたようだ。
「おや、どうやら時間みたいですね。システィーナ、まずは私の講義を聞きに来てくれると嬉しいです」
「……、」
システィーナはそれに答えることはしなかったが、レオスは特に気にすることもなく過ぎ去っていった。
「……おい、白猫。大丈夫か?」
「……え」
暫くボウっとしていたシスティーナが、グレンに呼びかけられ意識を現実に戻す。
「え、えぇ!大丈夫ですよ!さ、早くいきましょう!」
そういって、速足で校舎に戻っていくシスティーナ。
「……レオス、か。……そういや、なんでクライトス家の御曹司なんかがこのタイミングで?」
現在、クライトス家は現在、当主候補で揉めていたはずだ。なのに、そんなタイミングでなぜ領を離れたのだ?
いくらなんでも、不自然過ぎるのではないか?
「……杞憂で終わればいいんだがな」
誰に言うでもなく、グレンはそっと呟いた。
え、玉の輿?グレン先生はデリカシーあるんだぞ!
そんなこと言うはず……デリカシ-?(数々のセクハラ事件が脳裏によぎる)