「え……?」
システィーナには、中毒者たちが一瞬ブレて、消えたようにしか見えなかった。
「させるか!」
いつの間にか、グレンは【グラビティ・コントロール】で重力を軽減し、壁を走りながらシスティーナに飛び掛かった中毒者に、懐から取り出したナイフを突き立てた。
「ギャアああああああ!!」
凄まじい断末魔を上げる中毒者。
グレンのナイフには、肉体ではなく、魂に痛みを与える呪いを
すると、他の中毒者たちがまたも飛び掛かってきた。
「《駆けよ風――・」
グレンはさらにチェーンのようなものを取り出すと、飛び掛かって来た者の一人の足に巻き付け、壁に叩きつけた。
「――・駆けて抜けよ・撃ち据えよ》!」
三節詠唱で【ゲイル・ブロウ】を完成させ、残りの中毒者たちを纏めて吹き飛ばすグレン。
「白猫!何やってる!ボサッとするな!行くぞ!」
「あ……」
いつの間にか、システィーナの様子が変わったことにも気づかず、彼女の手を引いて路地裏を掛けるグレン。
しかし、中毒者たちは彼らの行く先々で行方を阻もうとする。
「ちっ!《雷精よ・紫電の衝撃以て――」
グレンが必中のルーンを刻んだ針を、中毒者の目に向けて投げる。針は見事的中し、中毒者の一人を失明させた。
いきなり目が見えなくなったことに驚愕している中毒者を他所に、もう一人の追手が包丁を持って飛び掛かって来た。
グレンはそいつに先ほども使用したチェーンを投げつけ、足に突き立てる。
その程度では怯まない中毒者だが
「――・打ち倒せ》!」
チェーンを通して【ショック・ボルト】を発動。体内に直接電撃を流されたことで、完全に神経が麻痺してしまったのか、ピクピクと魚のように体を動かし、それでも目的を遂行しようとする。
そんな彼らを無視し、ドンドン奥へ逃げるグレンだが
「……誘われてるな。野郎……ッ!」
「……、」
向こうに招かれている。
手のひらの上で踊っていると分かっていても、どうする事も出来ないことに苛立ちつつも、システィーナの安全の為にも、余計な考えは捨てるグレン。
「クソッ!」
グレンが懐から取り出した爆晶石……所謂、手榴弾のようなものをナイフで傷つけた後投げつける。爆晶石は時間差で爆発し、さらに中毒者を吹き飛ばす。
爆風にやられた中毒者たちは、体の骨が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
「またか!」
今度は正面から三人。グレンは呪いを刻んだナイフを取り出し、次々とすれ違いざまに、中毒者たちを切りつける。
「白猫!後ろだ!」
「……え?」
グレンがシスティーナを振り返りながら叫ぶ。
その様を呆然と見ていたシスティーナの背後には、いつの間にか中毒者が飛び掛かっていた。
バァァァァン!!
という火薬の破裂音とともに、中毒者が地に倒れ伏した。その頭には、一つの銃弾が突き刺さっていて――
(……あ)
中毒者の返り血が、システィーナの純白のドレスを汚した。
ついに、殺した。何の罪のない人を、グレンがその手にかけた。
それを心が認められず、しかし脳は冷静に状況を把握していた。グレンは自分たちとは決定的に違う世界にいる。これ以上彼と関わったらおかしくなる。
「大丈夫か白猫――」
「いや、触らないで!」
グレンが、全く動かないシスティーナを心配して駆け寄るが、彼の手をシスティーナは弾く。
それは、明確な拒絶だった。
「……ま、それもそうか。怖いよな。俺みたい奴」
「……あ、いや、今のは――」
「大丈夫だ。お前は絶対に、元いた場所に返してやる。例え野郎と刺し違えてもな」
そして、グレンはシスティーナのもとを少し離れ、周囲の状況を確認する。
その背中は、システィーナがいつも見ている、自信と安心に満ち溢れたものではなく、ただ、後悔と哀愁だけが漂っていた。
(……駄目!このままじゃ……たとえこの事件が解決しても、先生は……ッ!)
戻ってこない。確信があった。
拒絶した身で、傲慢かもしれない。それでも、グレンには戻ってきてほしかった。システィーナは、ようやく戻ってきた僅かな勇気で、グレンに話しかける。
まずは謝罪だ。そして、伝えるのだ。自分の正直な気持ちを。
「先生、あの……」
「?どうし――」
パチパチパチパチ、と。そんな拍手が、二人の耳に届いた。
音が聞こえた方を振り向くと、レオタードに身を包む、レオスの姿があった。
「いや、流石だよグレン。あの中毒者たちを捌く手並み、腕は落ちていないようで安心したよ」
「いい加減その下らねぇ変装は解いたらどうだ。ジャティス!」
「ふっ」
パチン、と。レオスが指を鳴らすと、彼の姿歪んでいき、歪みが取れた時、シルクハットの、白い肌。狂気的な瞳を持つ青年が姿を現した。
そして、システィーナは、その青年を知っている。レオスを馬車で連れてきたときの、あの御者だ。
「どうして生きていたのか?そう言いたいんだろう?」
「確かに聞きてぇが、今はいい。またテメェを、地獄に送り返してやればいいだけなんだからな!」
グレンが油断なく、銃口をジャティスに向けて警戒する。
「テメェ、なんで白猫やレオスを巻き込んだ⁉俺に復讐するだけの為に、こんな――」
「復讐、だと?侮るなよグレン」
グレンの言葉に、ジャティスは明確な怒りを抱いて答えた。
「僕をその程度の安っぽい感情で動く凡百と一緒にしないでもらおうか!」
「だったら、なんで!」
「これは、『
「は……?」
意味が、分からなかった。
「一年前、帝国のある真実に気づいた僕は、『
「ある真実?」
「なに、君もいずれは至るだろう。……そして、その事件の中で、僕は君と……そして、増援に来たセラと対峙した。いやはや、彼女があのタイミングで来るのは、”読めなかった”よ」
「……だからどうした?」
「あの事件にはね、一つの確認の意味もあったんだよ」
身振り手振りで、まるで演説化のようにジャティスは語る。
「僕は、一度試してみたかったんだ。君の正義と、僕の正義。どちらが上かをね」
「俺に正義なんてねぇよ」
「例え君が認めなくとも、僕が認めるよ。君はまさしく、
だが、と。
「僕は君と、一対一で決着を付けたかった。君の本領を発揮させるため、アリアまで使ってね。……だが、セラが駆けつけたことで、すべてが無駄になったんだ!」
「……つまり、一年前のやり直しがしたいと?」
「そうとも言うね。勿論、受けてもらうよ。君に拒否権はない。これは、僕が
ジャティスが空に手を上げ、何かを掴むような動作をする。
その様子を見ていたグレンは、システィーナの方を振り向くこともなく告げた。
「先に行け、白猫」
「え……?」
「さっきので分かったろ?アイツの狙いは俺だ。この状況になった以上、アイツはお前を狙うことはない。そうだろ⁉」
「あぁ。寧ろ、さっさと消えてくれないか?君を使ったのは、あくまでグレンの本領を出させるのに、最も効果的だったからだ。君の顔を見ていると、セラを思い出してイライラする。今すぐここを立ち去らないと……殺すよ?」
その強烈な殺気に当てられ、システィーナは悲鳴を上げる事も出来ずに固まる。
「行け!」
そのグレンの一喝で、システィーナは再起動した。
脇目もふらず、後方の通路を走っていくシスティーナ。
「悪い。お前が夢を叶えるところ……見てみたかったんだがな」
「安心しなよグレン。もう中毒者たちを彼女が見る事はないさ」
ジャティスがそういって、グレンを安心させるように笑いかける。
「ここまでが、テメェの行動予測の筋書きか?」
「あぁ。そして、この後の展開も”読んでいる”。君はどこまで、運命に抗るかな?」
「どうでもいい。っていうか、なんで俺との勝負にそこまで拘るんだ」
「全て、
だから何だよそれ。
「世界の全ての理を支配する力の存在。僕はそれを手に入れるんだ。……ただ、あの力は絶対的に正しい人間が持つべきもの。そして、僕の正義と君の正義は同じ位置に立っている」
ジャティスの意味不明な演説を、グレンは黙って聞いている。
「確信がなければならない!僕が絶対にして最高の正義であると!だから!僕は君を倒さなければならない!これは、どちらの正義が上かを決める『確認』なんだよ――ッ!」
「そのために、レオスやアイツを巻き込んだのか⁉」
「あぁ。システィーナのような脆い女は、君の
「テメェ……ッ!」
すると、ジャティスが被っていたシルクハットを深く被り直し言った。
「さて、そろそろ彼女も、僕らの戦闘に巻き込まれない範囲まで逃げたことだろう」
「!……、」
グレンがわざわざ理解もできないジャティスの戯言に付き合ったのも、システィーナの安全の為。彼女が自分たちの戦闘の余波に巻き込まれないよう、時間稼ぎをしていたのだ。
「そうかよ。じゃあ、さっさと始めるか……」
「話が早いのは君の美徳だねぇ。……来い!僕が、『正義の魔法使い』となりこの世全ての悪へ、正義を執行する!」
「……ふざけんな!……アイツの……アリアの夢を!……テメェのつまんねぇ
グレンが銃を構え、ジャティスが
瞬間、衝突があった。
「はっ、はっ、はっ――ッ⁉」
薄暗い路地裏を、一人疾走するシスティーナ。すると、疲れからか、足がもつれ、こけてしまった。
「……うぅ」
彼女の美しく、穢れない純白なドレスは、返り血を浴び、地面の汚れでボロボロになっていた。
(先生の事、別世界の人だと思ってしまった……)
拒絶してしまった。いつもグレンは、自分たちの為に命懸けで戦っていたのに。
ルミアなら、迷わず彼の隣に立っただろう。リィエルなら、考えるまでもなく彼の前に立ち、背中を預けただろう。
しかし、自分は逃げた。グレンが見せたもう一つの顔を恐れ、背を向けてしまった。
「……どう、したら……」
『どうしたら俺のように恐怖を感じず戦えるかって?』
その時、システィーナの脳裏に、ある日グレンに聞いた言葉が蘇っていた。
ま、うちのグレンとジャティスの関係はこんな感じですね。