静寂。
圧倒的な静寂が、辺りを包んでいる。
「……俺たちの勝ちだ、ジャティス」
「……ふっ」
地面に寝そべるジャティスを、グレンが見下ろしている。
だが、そんな状況でも、ジャティスはまだ余裕を持っていた。
「ケリをつけるぞ」
「自惚れているんじゃないかなグレン?君の優勢は
ドサッ、という音が、グレンの後方から聞こえた。
咄嗟に振り返ると、システィーナが地面に膝をつき、荒く息を吐いている。
「……マナ欠乏症」
「なッ⁉――クソッ!」
ジャティスがぼそりと呟いた言葉で、グレンは思い出したようにシスティーナものもとに駆け寄っていった。
「大丈夫か⁉」
「……は、はい……」
システィーナの顔は青く、体温も少し低い。典型的なマナ欠乏症の症状だ。
呪文の即興改変は、通常の呪文よりも魔力を多く消費する。それをジャティスの
こうなるのは必然である。
「残念だったね。そして、僕にはまだ余力がある。君のその負傷と彼女の魔力不足。それでどこまで戦えるかな?」
「くっ!」
「……だが、今回は彼女に免じて、僕の負けということにしてあげるよ」
以外にも、あれだけ執着していたにも関わらず、ジャティスはあっさりと引き下がった。
新たに召喚した天使の肩に捕まり、ジャティスは飛翔する。
「グレン!君は知らないだろうが、この帝国は滅びなければならない!」
そして、ジャティスは高らかに叫ぶ。
「なぜなら、この国はとある邪悪な意思の元に作られたものなんだよ。……また会おうグレン。次は必ず僕の正義が君を倒す」
そう言って、ジャティスは遥か彼方へと消えていった。
「……出来れば、二度と会いたくないですね」
「そうだな。……大丈夫か?」
「はい……なんとか」
言葉とは裏腹に、システィーナは今にも倒れそうだった。
「……しゃーねー、ほらよ」
「え、きゃあ!」
見かねたグレンが、システィーナをお姫様抱っこで抱えた。
「え、ちょ、待っ、ななな、なんで⁉」
「なんでって……、もう歩けないだろ?」
「そ、それはそうですけどぉ~……」
何故か耳まで真っ赤にして、顔を俯かせるシスティーナ。
「……なぁ」
「?」
しばらくすると、グレンがシスティーナに聞いた。
「俺はさ、お前が知らないだけで、結構やばいことだってやってるんだぞ」
「……、」
「今回みたいに、何の罪もない一般人を殺すことだってあったし、そうじゃなくても、何度も人の命を奪ってきた――」
「先生」
「……、」
「貴方にどんな過去があるかなんて知らないし、そんなことは関係ない」
システィーナは、その微笑みをグレンに向ける。
「貴方は、私たちの教師。それは、絶対に変わらないの」
「……俺は、お前らの教師でもいいのか?」
「……こうして私が傍にいる。それが、私の答えよ」
「お前……ん?」
「……、」
「寝てるし」
疲れたのだろう。グレンの腕の中で、子猫のように眠るシスティーナ。
「……ありがとな、システィーナ」
そんなグレンの呟きは、誰の耳にも届かなかった。
だが、純白の少女は、僅かにだが、微笑んだ。
結局、今回の騒動は、ジャティスを黒幕とした、フィーベル家とクライトス家の遺産を狙った単独犯行ということで、世間に発表された。
ジャティスが『
それを察知したクライトス家が、直々に担任講師であるグレンに依頼、レオスを止め、ジャティスを撃退した。というのが、表向きな事件の真相だ。
そして、学院内でのグレンの名誉は一変、教え子に手を出すクズ野郎から、名誉を失ってでも生徒を守ろうとした教師の鑑という風になった。
「ったく、この事件に関しちゃ、天の智慧研究会もルミアも関係ない、完全な俺の私闘だってのによ」
「仕方あるまい。これだけの被害者を出した以上、隠蔽は難しい。かと言って真実を話せば、クライトス家とフィーベル家の名誉の損失にも繋がる」
「……はぁ。……悪かったなアルベルト。野郎を取り逃がしちまって」
「謝ることはない。端からお前に頼んだ覚えはないし、俺も取り逃がしたのだからな」
「そういや、お前も戦闘になったんだっけ?」
グレンはいつものバーで、アルベルトと情報交換していた。
「にしても、
「今までは天の智慧研究会が、組織の忠誠心を高める暗示の類という考えもあったが、ジャティスも狙っているとなると話は別だな」
「一体何なんだよ。
「それをここで議論しても答えは出ん」
ぐっ、と。一気に酒を飲み干したアルベルトが、席から立ち上がる。
「では、俺は行く」
「相変わらず忙しいようで。ま、そっちも頑張れよ」
「ふん。貴様に心配されるまでもない」
そう言って、アルベルトは出入り口の扉を開き、出ていった。
「……俺も帰るか」
そういって、グレンも酒を飲み干し、金を置いて店を出ていく。
しばらく通路を歩いていると
「……?」
ふと、誰かに見られているような気がしたグレンは、後ろ振り返るが
「……気のせいか?」
特に気にすることもなく、そのまま帰宅した。
『……どうやら、問題はないみたいね』
自身の背後に、白髪に暗く淀んだ赤珊瑚色の瞳、その背には異形の翼を持つ少女、が、自分を見つめていたことに気づかぬまま。
「……ふぁぁ。眠い」
相変わらず講師用のローブを切ることもせず、学院の廊下を歩くグレン。
すると、向かいからハーレイが通りすがった。
「おは~っす。今日もいい天気っすねハロウィン先輩!」
取りあえずおちょくることにした。
「ハーレイだ!ハーレイ=アストレイ!貴様わざとやっているだろう⁉」
「はいはい、ハー何とか先輩」
「ハーレイだ!大体、貴様はいつもいつもいつもいつも――」
長いのでカット。
「お、セリカ。どうしたんだ?こんなところで」
「……なに、随分と教師らしい面になったと思ってな。それに、最近はセクハラも減っているしな」
「そういや最近忙しくてそう言うのに時間かけてねぇな」
「かけんでよろしい。……なに、丁度昨日、地下迷宮探索の準備が終わってな。明日、本格的に進めるところだ」
セリカがこの学院にとどまる理由の一つに、学院の地下迷宮を攻略するという目標がある。
なぜそんなにも固執するのかは分からないが、セリカがそこまでやりたいというのなら、好きにやらせてやろう。
「そうか。ま、無理すんなよ?危なくなったらちゃんと帰ってくるんだぞ?」
「ふっ、まるで子供だな。……あぁ、お前も頑張れよ」
「ヘイヘイ。言ってきますお母さん」
「ふふ」
そう言って、グレンは教室へと歩みを進める。
そんな後姿を、セリカは独り立ちする子供を見送るように、見つめていた。
「あ、先生!早くしてください!」
教室から顔を覗かせるシスティーナが、少し怒りながらグレンを呼ぶ。
「もう授業が始まりますよ!急いでください!」
「ったく、めんどくせぇ。……ま、悪くはないがな」
やれやれ、と。めんどくさそうに頭を掻きながらも、その口元は少しだけ、緩んでいた。
(キリはいいけど最終回じゃ)ないです。