戦姫絶望病んフォギア   作:桜日紅葉雪

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続きが読みたいと言ってくれる方が居たので。
基本的に作者の需要を満たすためだけにチマチマかいておりますので、どこまで続くかわからない。筆者が書きたいところ以外誰か書いて()


邂逅の夜

 

唐突にどうしたという話ではあるのだけど、私は結構ごはんを食べる。

朝と夜は家だから藤尭お兄さんに迷惑が掛からないようにセーブしているけど、お昼は学校の食堂だから心置きなく食べる。具体的には焼肉定食ご飯大盛+でカツ丼をおかずにご飯を食べる。カツをおかずにじゃなくてカツ丼をおかずにだ。ここは重要。

 

(やっぱり食堂のご飯は美味しいな。自分で作るよりもよっぽど。まあ私は元々食べるのが大好きなだけで作る方が得意ってわけじゃないから仕方ないんだけど)

 

だから、このリディアン音楽院っていう監獄みたいな場所でも、お昼休みのこの食堂は結構好きだ。

……特定の人物に会わなければ、だけど。

 

(って考えてたのが悪かったかなぁ。やっぱり私って呪われてる)

 

近くの席でヒソヒソと声が聞こえる。対象は幸い私ではない。

正直にいえば、私の方が気が楽だったけど。慣れてるし。

 

「ねえ、風鳴翼よ」

「芸能人オーラ出まくりで、近寄りがたくて」

「孤高の歌姫といったところね」

 

…よし、食べ終わった。顔併せる前にさっさと立ち去っちゃおう。

食器をまとめて立ち上がる。踵を返そうとして誰かにぶつかった。

 

「っとと、ごめんなさ…」

 

「構わないわ。…なに、その顔?私がどうかしたかしら」

 

「…いえ、別に。すいませんでした」

 

どうしてこう、おいしく食べてご馳走様で終われないんだろう?振り向いた先にいたのは今大人気のアーティスト、風鳴翼だった。

全身を虫が這うような不快感に襲われる。どんな理由があったのだとしても、私の中でこの人は大勢の人間を見殺しにした血塗られた歌姫だ。

彼女が歌うたびに、あの時の光景がフラッシュバックする。彼女の顔を見るたびにあの時見た死んでいった人たちの顔を思い出すのだ。

逃げるように食器を返却しに行く。最悪だ。顰めた顔を見られた。関わりたくないのに変な印象を持たれてしまった。

食堂のおばちゃんたちにごちそうさまを告げ、出来れば二度と会いませんようにと願って食堂を飛び出した。

 

 

 

 

*************************************************************

 

 

 

 

一日を終えて一直線に変える道すがら、ふと思い出す。

 

「あ、牛乳が切れてるや。買って帰らないと」

 

スーパーは遠いし、コンビニで良いかな。確かそこを曲がれば一軒あったはず…

曲がり角を曲がったとたん視界に煤が舞った。足が地面に縫い付けられたかのように固まる。

 

「ノイズ…」

 

かすれた声が漏れた。ぎこちなく視線をずらせば炭の小山がいくつかある。見間違えるはずもない。ノイズに襲われた人間の、なれの果て…だ。

視線を辺りに巡らせる。ここら一帯は狩り終わっているのか、すでに姿は見えない。ほんの少しだけ肩の力を抜く。

 

(まずは離れなきゃ)

 

「キャーッ!」

 

高い声の悲鳴が聞こえた。多分、女の子。目の前の炭の山、昼に見た嫌な顔、小さな女の子。

あの日見た光景が蘇る。へたり込みそうになる足を気力で支えた。

大丈夫、もう何もできない私じゃない、今なら間に合うはず。

声のした方へと駆け出す。そうだ、私はあの人たちみたいに見捨てたりなんてしない。したくない。

コンビニの駐車場から続く細い路地裏へと飛び込んだ。そこから走り出してすぐに、声の主を見つける。

 

(いたっ)

 

声をかけようとした刹那、耳障りな音が聞こえた。なりふり構わず飛びついて少女を抱きかかえて路地を転がる。先程まで少女の立っていた場所に、蛍光色の棘のような三角錐が突き刺さっていた。それは見る見るうちに形を崩して、化け物(ノイズ)へと姿を変えた。

ヒッともれた悲鳴は私のものか、少女のものか。それでも見捨てないと決めた以上は怯えてばかりはいられない。

少女の手をしっかりと握って路地を奥へと駆け出した。

 

 

あの飛び掛かりは私や少女が走るよりも圧倒的に早い為、曲がり角を見つけるたびにがむしゃらに曲がる。ここがどこかなんてわからない。ただ逃げることに必死だった。

そうしてしばらく逃げているうちに目の前を工業用の排水路のようなものが流れているところにたどり着いた。

左に曲がろうとして視線の先にノイズを見つけて慌てて反転する。…その先にもノイズ。引き返そうにも私たちはノイズから逃げてここにたどり着いたのだ。案の定後ろにもノイズ。数多のノイズがまるで獲物を弄ぶようにゆっくりと近づいてくる。退路は、退路…っ、

少女の体をしっかりと抱き寄せる。

 

「大丈夫、絶対に見捨てない。目を閉じて息を止めて。いい、行くよ!」

 

水路へと飛び込む。ノイズたちは何故か追ってこなかった。水には入れないのだろうか。ともあれ好都合だった。

すこし下流に点検用の階段がある。泳いで渡り切って振り向けばノイズは私たちに興味を失ったようにバラバラにどこかへ去って行っていた。遠くからノイズの出現警報のサイレンが聞こえる。突然の災害だから仕方ない面はあるのだろうけれど、襲われてる私たちからしたら遅すぎて泣きたくなって来る。

今はとにかく、ここから離れるのが最優先だ。

 

「もう息してもいいよ。行こう!」

 

女の子の手を再びとって駆けだす。数十メートル走ったところで前方にノイズ。右へ曲がる。しばらくして女の子が小さく悲鳴を上げる。

軽く振り返れば先程見かけたノイズがこちらへとびかかろうとしているところだった。ちょうど見つけた曲がり角を曲がる。間一髪でノイズが先程まで走っていた道を通り過ぎていくのが見えた。

でも

 

(さっきより明らかにペースが落ちてる…仕方ないよね、走りっぱなしじゃあ)

 

だけどじゃあ休もうとは言っていられない。そうしたら死んじゃうから。

 

(見捨てないって言ったもんね)

 

女の子の前で背中を向けて膝を落とす。

 

「乗って。ここまでよく頑張ったね、あとはお姉ちゃんに任せて!」

 

女の子がおずおずとした感じで覆いかぶさってくる。一瞬ノイズに圧し掛かられて炭になっていった人を思い出して頭を振る。

私は今、ああならない為に走っているのだから。

女の子がしっかりと乗ったことを確認する。胸元で手を組んで離さないように言えば、耳元でありがとうと返された。すこし息がくすぐったい。

 

「大丈夫、平気へっちゃらだよ!さ、揺れるけど我慢してね」

 

駆け出す。何としても、この少女を助けなければ。

 

夕日が沈み始め、あたりは少しずつ薄暗くなっていく。息が上がって視界がぼやけ始めるが未だにノイズはいなくならない。

幸いなことに、路地裏を走り続ける私たちは気づかれてはいないみたいだけれど何度か振り返った時に道を横切るノイズの姿が見えた。まだ立ち止まるわけにはいかない。

一本道を走っている途中、ずっと先の十字路をノイズが通り過ぎた。耳元で女の子が息をのんだ音が嫌に大きく聞こえる。

チラリと振り返れば黒い煤が舞っていた。ぐっと下唇をかみしめて辺りを見渡す。

周りに逸れれそうな道はない。じっとしているわけにもいかない。

 

「おねえちゃん、私たち死んじゃうのかな…?」

 

耳元で泣きそうな声が聞こえた。

背負っている為密着したその体が可哀そうなほど震えていた。

恐怖に駆られ涙をこらえ体を震わせ、それでも、なのに、

 

「お姉ちゃん、私を下ろしたら逃げられる?もしも見つかっちゃったら私を」

 

「大丈夫だよ、心配しないで。お姉ちゃんは負けない、だから君も…」

 

先を言わせるわけにはいかないと、強引に話を遮った。空を見上げて覚悟を決める。

あの日あの時、動くことが出来なかった私は助けれるはずだった人を見殺しにした罪人だ。

藤尭お兄さんはそんなことはないとは言ってくれるけれど、動けていたとして誰かを助けられたのかもわからないけれど、

それでも助けようともしなかった私は、やっぱり罪人なのだろうと思う。

そうでなければ、おかしいではないか。私が罪人で無いのなら、なぜあんな地獄に堕とされるのか。

故に、私はこの子を何が何でも助ける。また地獄に堕ちないために。藤尭お兄さんの元へと胸を張って帰れるように。

その為なら、この少女を呪う事だってやってやる。

 

「生きることを諦めないで!」

 

私が赤の歌姫から受け取った言葉をこの少女に告げる。

たくさんの人を見殺しにしたくせに目の前で死にかけた私を最後の最後まで地獄に縛り付けたその呪いを。

願わくば、藤尭お兄さんが(ノロ)いを(マジナ)いに変えてくれたように、

この子にとってこの言葉が(マジナ)いになりますようにと。

すぐ隣の建物の壁へと飛びつく。出入口は扉でふさがれていたが、ここからだとなんとか非常階段の内側に入れそうだった。

手が届いたところで死に物狂いでぶら下がった。

 

「ごめん、このままだと持ち上げられないから、ちょっとここをつかんで体を支えて!」

 

少女に壁を掴んでもらい私から這い上る。腕がまるまる塀へと乗り、少しだけ楽になった。

 

「ありがとう、じゃあ私を伝って階段の方へと入って」

 

「う、うん」

 

壁と私の体を使いながら、少女が階段の方へと身を投げた。ちょっとバランスを崩しながらもなんとか着地に成功する。

よし、次は私が…

 

「お姉ちゃん、ノイズが!」

 

悲鳴のような声。振り向けば路地の先からノイズが姿を現した。その体はしっかりと私の方へと向いており、ゆっくりと近づいてくる。

恐怖に固まりそうになる。目の前をちらつく煤の舞う地獄の光景。

パニックを起こしかけて藤尭お兄さんの顔が思い浮かんだ。まだ今日は、おかえりって言えてない。

自分が死にそうになった時に浮かんだ顔が藤尭お兄さんなのが少しうれしくなる。我ながらこんな時になんてことを考えているのか。

でも

 

(ちょっと元気出てきた)

 

まだ、死ねない。腕に力を入れて体を引っ張り上げる。腕が悲鳴を上げるけれど、幸い痛みには慣れっこだ。ここで諦めて藤尭お兄さんと会えないくらいなら、

腕の一本や二本千切れてしまえばいい。

歯を食いしばってよじ登る。迫るノイズの足が撓む。これまでに何度も見た突撃の予兆。膝が壁の上に載った。倒れこむように、転がるように体を階段側へと投げ入れる。壁にさえぎられていく視界の中一直線の弾丸となってとびかかってくる光景が見えた。

べちゃべちゃと壁にノイズがぶつかる音がする。階段に落ちたが幸い先程まで見ていた為体を最低限かばうことが出来たので立ち上がることに支障はない。

ノイズがまた位相差障壁を使って壁をすり抜けようとしてくる。それでもまだ私たちは煤になんてならない。

少女に背を向けてしゃがみながら言う。

 

「行こう!」

 

うなずいて背中に乗った少女の暖かな体温を感じながら、私は階段を駆け上り始めた。

それにしても、どのくらい時間がたったのだろうか。

2時間?1時間?ちらりと携帯を覗けば私がノイズに気付いた時間から1時間と30分ほどが経とうとしていた。

夕焼けで明るかった空も、今は太陽が沈み切り真っ暗だ。わずかな月明かりを頼りに階段を上へ上へと昇っていく。

ほぼずっと走りっぱなしだ。しかも途中からは少女を背負って。お米一粒程度も後悔はしていないが、体力も足の筋力ももう限界が近い。

 

「平気っ、へっちゃらっ」

 

息を切らせながら繰り返す。ノイズの発する不快な音は離れてはいれど未だに聞こえている。

とにかく上へ、上へ。建物を登り切り屋上へ。登り切って屋上へとたどり着いたところで限界を迎え地面に寝転がる。何とか寸前に少女を下すことができて助かった。仰向けに倒れた視界にはすっかりと夜になった空に星が輝いていた。

息が切れて落ち着かない。動悸が激しく、耳を澄ませてもいないのに、どくどくと激しい鼓動が聞こえている気がした。

 

「ひっ」

 

少女が小さく悲鳴を上げた。悲鳴を上げる体に鞭を打って体を起こすとあれだけ乱れていた息がぴたりと止まった。

10は軽く超える数のノイズが、私たちを囲い込むように現れていた。不協和音がいくつも重なり聞くに堪えない音を発している。

とっさに引き返そうとするが、さっきここに来るためにそこそこ高い梯子を上ったばかりだ。悠長に降りるにも飛び降りるにも高すぎる。

とっさに女の子を抱き寄せて後ろにかばったけれど、逃げ場なんてない開けた屋上だ。

 

「お姉ちゃん…」

 

少女が私の服を不安そうにぎゅっと掴んだ。…そうだ、この子だけでも助けなきゃいけない。

無傷で飛び降りるにはここは少し高い。けれど落ちたら死ぬというほど高いわけではない。

 

「大丈夫。…お姉ちゃんがいいって言ったら、お姉ちゃんを気にせず走って来た道を戻るんだよ。大丈夫、もうだいぶ時間もたったしあとちょっとだけだ」

 

「お姉ちゃん?」

 

さっきと同じ返事だけど、戸惑いが勝った返事で。それでも今はゆっくりと話し合う時間はない。

少しずつにじり寄り今にもとびかかってきそうなノイズを一瞥して覚悟を決める。藤尭お兄さんには悪いしとっても悲しいけれど、私はここまでなんだろう。

でも、私よりもこの子のほうが生きるべき人間だなんてことは考えるまでもない。

 

「行くよっ」

 

「えっ、きゃあっ」

 

少女をしっかりと抱きあげて、飛び降りた(・・・・・)

胃のせり上がる不快感と浮遊感は一瞬だった。足に痛みが走るのと同時に体を背中から倒して激しく転がる。…階段から突き落とされた時ほどじゃない。肩から肘、腕と着地時の衝撃に激痛が走った。…腕を執拗にけられた時ほど痛くはない。数回転がるころには落下の勢いはほとんどなくなっていた。…心配していた頭の強打は、廊下の花瓶で殴られた時ほどもなかった。

すぐに動けるわけじゃあないけれど、これなら問題ない。腕から力を抜いて少女を開放する。

ガクガクと震えてこそいたが、立ち上がる動作に何処かを庇うような仕草は見せなかったことに安心する。

 

「ほら、走って!」

 

「でも、お姉ちゃんが」

 

「お姉ちゃんは大丈夫。それよりも、ノイズが来る前に早く!」

 

怒鳴るように叫ぶ。ビクリと肩を震わせた少女は大粒の涙を流しながら首を振る。

なんで?君が居てもどうしようもないじゃん。ここにいてもさっきのノイズたちに襲われるだけでしょ?

二人とも死んじゃう位ならって飛び降りたのに。ここにいたら助からないってなんでわからないの?

ほら、上からノイズが覗いてるよ?だから早く…

 

「早く行って!っ、生きるのを諦めないで(・・・・・・・・・・)っ!」

 

少女が走り始めた。抑えきれない嗚咽が倒れている私のところまで聞こえてくる。

これでいい。これでいいはずなんだ。あの日たった一人で死のうとした私が女の子を一人救って逝ける。

立ち上がろうとして失敗する。本当は大丈夫なわけがないじゃないか。限界まで酷使した上であんなところから飛び降りて。

手足は内側から爆発したみたいに痛いし、視界はグラグラと安定しない。あの時よりはましだって誤魔化したけれど、思い出したのは全て気を失ったものばかりだ。そんなものと比較する方がおかしい。

それでも、私は確かに少女を逃がした。私はここで死んでしまうだろうけど、それで救われた命が確かにある。

だから、この涙は歓喜の涙なんだ。今更死ぬのが怖いなんて、怖い…なん、て

 

「ぁ、ああ、ああああああああっ!」

 

嫌だ、怖い、誤魔化せるわけがない、私だって帰りたい場所はあるんだ。こんなどうしようもなく終わっていて穢れていて誰にも必要とされていないはずの私を温かく迎え入れてくれる場所が。その日あったたわいのない事を話して、つまらない話で笑いあって、なんてことのない日常を重ねて…そこにいるあなたの顔をもっと見ていたい、ずっと傍にいてその声を聴いていたい。だから、だから…!

 

(私はまだ、死にたくないっ!)

 

ドクンっ!

 

思いに呼応するかのように心臓が鼓動した。その音は体を飛び出しノイズを超え街を超え世界中に響いたのではと錯覚するほど、大きく、強く。

何か取り返しのつかないようなことが体の中で起こっている気がした。心臓から伸びる血管が何かに書き換えられるような感覚。

胸の傷跡からまぶしい光が溢れ出す。皮膚の下で何かが動いた。思わず抑えようと手を伸ばしかけて

 

「ぇ…?」

 

胸を突き破り何かが生えた。機械でできた数本の触手のようなそれは2メートルほども飛び出したかと思うと急速に体内へと戻っていく。いったい何が、と思う間もなく体が飛び跳ねた。状況がつかめないけれど、感覚的に背中からもさっきの触手のようなものが生えて仰向けに寝ていた私はバネの様に飛び上がったのだろう。

…意味が分からない。何が起きてるんだろう。痛みは感じないけれど、ナニカが体の中を這い回っているようで気持ちが悪い。痛みではなく恐怖で体はピクリとも動かない。

背中から生えた触手が体に戻るような感覚。間を置かずに落下の浮遊感が襲ってきた。衝撃に備えてとっさに頭を抱えて背中をできるだけ丸める。

予想よりもずっと早い衝撃。ぐぇ、と息が吐き出される。でも体がエビぞりになっても地面の感覚はない。…今度は前後同時に触手が生えたようだ。

一瞬の間をおいてそれらが体の中に戻っていった。同時に激しい違和感。体が勝手に動かされたかのような不自然な動きで胸に手を当てる。そしてそれ(・・)は私の意志を無視して紡がれた。

 

Balwisyall Nescell Gungnir tron(自壊せど続く献身も)

 

一瞬で頭が真っ白になる。疲労も恐怖も痛みも怒りも悲しみも、何もかも押し流されて残らない。

放心している間に体のあちこちが謎のプロテクターに覆われていく。辺り一面謎空間で覆われていて外は見えない。ただそれも意識の表面を流れて消え落ちていった。

そうして、一人の戦姫がここに誕生した。本人の意思を置き去りに。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

必死で階段を駆け下りる。上るときは暗くても自分を背負っていてくれた人がいたから暖かかったが、その人は私を助けるために高いところから飛び降りて、ノイズに…

 

「グスッ」

 

また溢れてきた涙を袖で拭う。寒くて暗くて怖かった。一歩だって動きたくない。お母さんに会いたい。

 

『生きるのを諦めないで』

 

もうダメだって思ったときにお姉ちゃんがかけてくれた言葉。お姉ちゃんだけだったら簡単に逃げられたのに、私を助けるために手をひいて、疲れちゃった私を背負って走ってくれた、その背中を足場に非常階段の中に入れてくれた、髙いところから飛び降りてくれた。何度も何度も何度も優しく声をかけてくれて、励ましてくれた。

 

『ノイズが来る前に早く!』

 

ついさっき、私を逃がすために飛び降りて動けないお姉ちゃんはそれでも私を見て必死で叫んだ。怖かった。叫んだお姉ちゃんの必死な表情も、真っ暗な道をたった一人で駆け出すのも。だけど、お姉ちゃんが言ったから。生きるのを諦めたらいけないって言ったから。

止まりかけた足を動かす。あそこに残ったお姉ちゃんの分も前に進むために。

 

「~…~……♪」

 

お姉ちゃんのいる方から歌が聞こえた気がした。途端に辺りがお昼みたいに明るくなる。

振り返れば光の柱が空へと伸びていた。飛沫のような燐光をまき散らしながら高く、髙く。

 

「…きれー」

 

見惚れながら思う。もしかしたらあのお姉ちゃんは物語に出てくる「天使さま」だったのかもしれない。

きっとあそこで、化け物(ノイズ)と戦っているんだろう。

 

「がんばれ、お姉ちゃんっ」

 

お姉ちゃんに届きます様にと願って声を上げる。まだお姉ちゃんも頑張っているんだったら、私も頑張らなきゃいけない。止めていた足を踏み出す。不思議と怖さはなくなっていた。

 

 

 

 

「反応、絞り込みましたっ!」

 

「特定付近にノイズとは異なる謎の高質量エネルギー反応を確認っ!」

 

「まさかこれって、アウフヴァッヘン波形!?」

 

(どういうこと!?…まさか、私以外のシンフォギア装者っ!)

 

「藤尭ァ、照合急げ!」

 

「もうやってます!…照合完了!モニターに映します…これは!?」

 

 

[G U N G N I R]

 

 

「ガングニールっ、だとぉ!」

 

(馬鹿なっ、それは奏の携えた…っ!)

 

「っ!」

 

「まてっ、翼!…チッ、致し方あるまい!二課を翼のサポートに回せ!大至急だっ!」

 

「了解!…藤尭?」

 

「そんな、うそだろ、おいっ」

 

「藤尭!藤尭っ!」

 

「響、ちゃん…?」

 

「!?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

ふと、体の感覚が戻る。体中から力があふれる感覚がして、全能感が頭を駆け巡った。何が起こったのかという納得をあきらめ、何をしたのかという結果だけを理解した。してしまった。

 

「!!!っ…!っぁぁ!」

 

その場で胃の中のものを吐き出した。手足が震えて視界が涙でにじむ。ノイズに襲われている事も忘れて何度も嘔吐を繰返した。

 

(歌った、私が、歌を歌わされたっ…)

 

たった数節であっても、私にとっては拷問であった。聴くだけでも拒絶反応を起こしてしまうのに、自分自身で歌うなんて!

痙攣する体から力が抜けて吐瀉物へと倒れこむ。まるで初めて犯された時の様に体が動かない。

無駄に鋭敏になった感覚が風の音や吐瀉物のすえた臭い、ノイズの飛び掛かってくる音を余すことなく伝えてくる。

体が動いたのは多分、恐怖による反射運動だろう。変なプロテクターのついた腕をノイズへの盾にするように翳した。これならまだ地面をコロコロと転がっていった方がまだ良かっただろう。なにせ、ノイズに触れた人間(・・)例外なく(・・・・)炭になってしまうのだから。

私は死んだと、確かに思った。

だから、目の前で起こったことが信じられなかった。腕にぶつかったノイズが、一方的に炭になって消えていったのだから。

 

(は、はは、はははははっ)

 

そうか、そうだよね。

考えてみれば当たり前じゃないか。私の胸を突き破って生えた機械の触手、歌うだけで訳の分からない変身をしてしまう体。私は、私は…

 

(もう、人なんかじゃあ、ないんだ)

 

少しずつ少しずつ、形が戻ってきていたように感じた心が今度こそ砕け散っていく。

今は何も感じないけれど、あの機械の触手がいつ私を突き破って飛び出すのかわからない。学校や町中ならただ化け物を見る目で見られるだけだ。石を投げられようが嫌な顔で逃げ出して後でどれだけ凄惨な陰口をたたかれてしまったとして、ただあの頃に戻るだけだ。

だけど、もし藤尭お兄さんといるときにソレが起こってしまったら?

藤尭お兄さんに嫌われるだけならまだいい。今度こそ一人ぼっちになって死んでしまうだけだから。だけどもし、藤尭お兄さんが受け入れようとしてしまえば?私の両親だった人たちと同じように酷いことをされてしまったら?それどころか、私から飛び出した機械の触手が藤尭お兄さんを害してしまったら?

無理だ、耐えられるわけがない。

 

(もう、戻れないよね…)

 

あの温かい場所には、私の帰るべき場所には、もう戻れはしないのだと。たとえ藤尭お兄さんが許してくれても、私が私にそれを許さない。

とめどなく、涙はあふれ出る。帰られないと、帰ってはいけないと思うたびに、心の残骸が帰りたいと叫んだ。歯を食いしばって心の残骸に拳を突き立てる。お前は藤尭お兄さんを殺したいのかと。

 

腹部に激痛。うつむき沈んでいた私は気づけばノイズにとびかかられていた。

ああ、こいつが、こいつらが居なければ…私は暖かなあの部屋へと帰ることができたのに!

悲しみは憎しみへ、郷愁は怒りへ。心が黒く染まりあがった。

 

「おマえが!オマエらが、いナケればあああぁぁァァァッ!」

 

振り下ろした拳が私に飛び掛かってきていたノイズをチリへと還す。屋上の端から投げ出された体は重力にひかれて落下を始める。空気が体にまとわりついていて気持ちが悪かった。踵のジャッキが私の意図をくみ取ったかのように伸びる。ノイズたちのひしめく屋上へ向けて、私は思い切り宙を踏みしめた。

ジャッキが勢いよく引き戻されるのに押し出されるように私の体が何もない空中ではじかれた様に吹き飛ぶ。心なしか戸惑っているノイズの中心に向けて、渾身の拳を振り下ろした。

何ができると思っていたわけではない。ただこうすれば奴らを沢山殺せると私の中の何かが叫んでいた。

 

「ア"ア"ア"ア"ァ!」

 

叩きつけた拳を震源に光が波紋のように勢いよく広がっていく。それに触れたノイズが次々と消滅をしていった。屋上にいた奴らを一掃して振り返る。路地裏のほうからまだこれだけいたのかと戸惑うほど多くのノイズが表れていた。

幸い私たちが逃げてきたほうのノイズは先ほど集結していたからか全くと言っていいほど表れていないので、あの少女はきっと無事なのだろう。

屋上から飛び降りる。胸にくすぶる悲しみも憎悪もひとかけらほどの陰りも無く燃え盛っていた。

 

「ゼんブ、ぜんブ、ゼンぶ全ブぜンブぜン部ぜんぶぜンブぜんブぜンぶ!」

 

一つ残さず、ぶっ壊す!

こぶしを握り締めて駆け出そうとするのと、それが聞こえたのはほぼ同時だった。

路地の先から突然現れたヘッドライト。盛大なエンジン音を響かせ、一台のバイクがこちらへと猛進してきた。

ノイズと接触する寸前、謎のバイクのライダーが飛び上がり、当たり前のようにバランスを崩したバイクは横転後、回転しながら明後日の方向の建物にぶつかり盛大に爆発した。

同時に聞こえてくる“歌声”。

 

Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

大嫌いな歌、大嫌いな声、思い出したくもない光景、地獄の中で舞謳う戦姫。

頭が痛い。息が苦しい。耳を引きちぎりたくなるほどの不快感が全身をはい回る。

歌声と共に現れた光の玉が消えたそこに、あの日見た青の歌姫。風鳴翼が経っていた。

 

「お前は」

「今更何しに来た、人殺し」

 

歯をむき出しに睨みつける。破滅へのカウントダウンがこの夜確かに、動き出した。

 

 

 

 




あかんこれじゃ響ちゃんが壊れる…(フィーネ)お姐さん、(フィーネ)お姉さん許して
防人さんはまあ、ね…(初期好感度:ライブ時の印象―100、歌手-80、トラウマ―150)
これで防人は護国の剣とか言っちゃった日には…

というか、こんな暗いお話読み進めようとする人いるのか…?(素朴な疑問)
まま、どの世界にも物好きはいるか(自己解決)

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