おっぱいマスターはやて   作:暗黒パンパース

5 / 23
花粉とPM2.5の二重苦で俺のライフがマッハ。


5

 はやての葬儀は速やかに行われた。初めこそ行方不明で終わらせる予定だったが、はやてに親愛の情を抱いてしまったリーゼ姉妹、恋慕していたすずか、そして何も出来ない無力さを思い知らされたなのはの感情を汲んで葬儀は決行された。

 棺桶の中に入っているのは魔法技術により精巧に作られた人形だ。管理外世界の現地住民の慰安のためにグレアムが特別に用意した。

 参列した石田医師は悲痛な顔で涙を堪え唇を噛んでいた。なのははショックのあまり自室に引きこもり、すずかに至っては涙一滴零れず、瞳は光が消えて幽鬼の如き表情で参列していた。なのはには本調子ではないがユーノが付き添い、すずかには姉の忍とアリサが支えるように寄り添っていた。

 ギル・グレアム、リーゼ姉妹は参列の資格無しとして出席せず、葬儀の準備などの裏方に徹した。代わりに管理局代表として参加したハラオウン親子とフェイトは、その様子を悲しみながらも決して目を逸らすことはしなかった。

 はやての封印から三日後、異例のスピードで虚数空間への封鎖が可決された。凍結封印した闇の書の主・八神はやてをアースラにて輸送、次元航路に存在する狭間に投棄。その後、管理局が存在する限り封印を観測し続ける。以上の事が決定事項だ。

 はやてを運ぶリンディは否応なしに十一年前の闇の書の事件を思い出した。夫・クライドが闇の書を輸送中に突如として暴走、制御を奪われた艦に一人残り、グレアムの決断によりアルカンシェルで消滅した忌まわしき事件。

 

「まさかね……」

 

 言いようのない不安に襲われた。この艦には息子のクロノとスタッフだけでなくグレアム、リーゼ姉妹、フェイト、アルフ、なのは、ユーノがはやてを見届けるため同乗している。どうか何も起きませんように……リンディは祈らずにはいられなかった。

 同乗したなのはは相変わらず塞ぎ込んでおり、充てがわれた部屋から一歩も出ることはなかった。フェイト、アルフ、ユーノが付き添って強引に連れて来た。フェイトははやてが友に見送られて逝くほうがいいと思ってなのはを連れて来たのだが、この様子ではそれも無理だろうと判断した。

 予定していた次元航路に入り、虚数空間の存在するポイントに到着。いよいよはやてを虚数空間に流す時が訪れた。一同は投下する準備を眺めていたがなのはの姿はない。フェイトは一人部屋に残したなのはを心配しつつも、蛇の塊となったまま氷漬けになったはやてを見ていた。そしてその時ふと思ったことがあった。

 

(どうして待機状態にならないんだろう?)

 

 通常は術者が気を失ってもデバイスがバリアジャケットや飛行魔法を維持している。それは安全の為であり、術者が生存して魔力が存在するからである。術者が死んだ場合は魔力精製は完全に停止し、デバイスは魔法の維持が出来なくなるのが常識だ。

 闇の書がロストロギアだからと言えばそれまでだが、デバイスであることに変わりはない。闇の書には転生機能がついており、主が死ぬと自動的に次の主の元へ転移する。凍結魔法により全ての機能がプログラムごと凍っているとはいえ、待機状態の書に戻らないことをフェイトが疑問に思っている時に事は起こった。突如鳴り響くアラート。艦の制御が不可能となった事を知らせていた。

 

「何事です⁉︎」

 

「緊急事態発生! アースラが何らかの理由により制御不能となりました!」

 

「……全員ブリッジへ! スタッフは準備を続けて」

 

『了解』

 

 ブリッジではオペレーターのアレックス、ランディが制御を取り戻そうとコンソールを叩いていた。そこへエイミィも加わると程なくしてなんとか制御は取り戻せた。しかしまたすぐに制御不能となり次元航行艦アースラはその場に完全に停止してしまった。

 

「これは……艦内の何処かから制御を奪ってる⁉︎」

 

「エイミィさん、すぐに艦内のスキャンを」

 

「待てエイミィ! そこの空席だ! スティンガーレイ!」

 

「きゃん⁉︎」

 

 誰もいないはずの空席から声がした。そこから姿を現したのは青いボディスーツにケープを羽織って顔を隠すようにバイザーを着けた少女。ナンバーズ4、クアットロ。

 

「アースラの制御を奪ったのは君か」

 

 クロノの魔法によりシルバーカーテンを解除し姿を晒したクアットロ。周りを囲まれているのに、僅かに見える口元は嗤っていた。

 

「あら、やだぁん。見つかっちゃったぁ〜」

 

「管理局の法に基づき、貴女を逮捕します」

 

「あらあらぁ〜ん、私に構ってていいんですかぁ?」

 

 クアットロが余裕の笑みでリンディを煽る。リンディは怪訝な顔をしながらも、拘束するよう命令を下そうとした。丁度その時、ブリッジの入り口が開きはやての投棄準備をしていたスタッフが全員揃って入って来た。何故、こんなところに?疑問に思うリンディだが、すぐにはやてを置いてある貨物室に戻るように言いつけた。しかしスタッフは艦長命令でブリッジへ集まったのだ、それなのにまた戻れというリンディに確認をとった。

 

「艦の制御が出来なくて何が起きるか分からないからブリッジに集まるようにと、先ほど艦長が直接言いに来たではないですか」

 

「何ですって? 私はブリッジから一歩も出ていないわ」

 

「え? そんな……でもさっき……」

 

 スタッフの不可解な言動にハッとしたリンディはクアットロの方を見ると、水面に潜るように床に沈んでいた。

 

「あら、ばれちゃった。チャオ〜」

 

 クアットロがおちょくるように手を振ると、そのまま床に沈み消えてしまった。

 

「何よ、今のは⁉︎」

 

 混乱するブリッジ。急になのはが心配になったフェイトは制止するリンディの声を振り切って、なのはのいる部屋へ走った。後ろからはアルフとユーノも着いてきている。後ろを突き放す勢いで到着したフェイトはドアがスライドするのももどかしく感じるほどに焦っていた。なのはの名前を呼びながら部屋に入ると、そこはもぬけの殻だった。

 

「いない⁉︎ リンディ提督! なのはがいません!」

 

 すぐに通信を開き報告。一度ブリッジに戻るよう命令されたが、それを聞かずなのはを探しに艦内を走った。

 クアットロがいなくなったことにより制御を取り戻したブリッジのスタッフは、モニターで艦内を捜索するようリンディに命令を受けすぐに実行。その結果、重要参考人として拘束していた古代ベルカ式融合騎・烈火の剣精アギトの姿が見えないことに気付いた。

 正体不明の敵に艦内を混乱させられた事態に、グレアムは嫌な予感を感じた。リーゼ姉妹にはやてのいる貨物室を見てくるように命じて、何が起きてもいいように構えた。

 

「貨物室にて高魔力反応、A……AA……AAA……まだ上昇します!」

 

「冗談じゃない! あそこには封印した闇の書があるんだぞ!」

 

「魔力反応Sランクを超えました!」

 

「中央モニターに映して!」

 

「な、何をやっているんだ!」

 

 ブリッジの巨大モニターに映し出されたのは、凍結したはやてに向かって魔法を撃とうとするなのはの姿だった。どういうわけか、その格好はいつのもの白いバリアジャケットではなく、暗い色合いになっており瞳の色も変化していた。

 

「なのはさん! 何をしているの! 艦内でそんな魔法を使ったら墜落してしまうわ! それにそれはロストロギアよ、下手に手を出せば封印が解け……」

 

「はやてちゃんは死んでいないの! まだ生きてるの! だから私は助けたい!」

 

 なのはの頭がイかれた。モニターを見つめる誰もが思った。

 

「クロノ、なのはさんを止めてきて!」

 

「りょ、了解」

 

 なのはの突飛な行動に思考が停止していたクロノは、母の言葉に我を取り戻し慌てて貨物室へ向かった。リンディは艦内にいるフェイト達に通信を開き、なのはの行動を止めるため貨物室へ向かうよう命令した。

 

 

 なのはは魔力を集めながら先ほど部屋で通信した謎の人物との会話を反芻していた。

 なのはが塞ぎ込んでいると部屋の中にアギトを抱えたセインが床から現れた。なのははそれを見ても何の反応も示さず、セインはイタズラが失敗した子供のような顔をした。

 

「はじめまして高町なのは。私は訳あって名乗れない……そうだなドクターでも博士とでも好きなように呼んでくれたまえ」

 

 セインを通じてシークレットと表示されたモニターがなのはの目の前に現れた。そこから聞こえる男性の声。

 

「君たちが虚数空間に捨てようとしている八神はやては残念ながら封印されていない」

 

「……え」

 

「デバイスというものは魔力供給が無くなると待機状態に戻るものだ。事実11年前の闇の書は本の状態で輸送されていた。しかし今はどうかね?」

 

「あ⁉︎」

 

「書の状態に戻らず、プログラムが露出したままだ。これではいつか封印は解けるだろう」

 

 急な情報になのはの頭はまわらない。慌てながらも思考を冷静に保とうと努力して慌てるという混乱した状態に陥った。

 

「ふむ、どうやら精神状態が良くないみたいだね。簡単に言うとデバイスが完全に停止していないということは、八神はやてはまだ生きている。そしてその封印はそのうち解ける。ほら、簡単だろう?」

 

「あ、あ……⁉︎」

 

 なのはは気が付くと涙を流していた。歓喜の涙だ。

 

「しかし生存していて封印が解けても、虚数空間で生き残るのは難しいだろうね」

 

 このままでははやては死んでしまう。その言葉になのはは反応した。

 

「教えて! どうすればいいの?」

 

「まず凍結を解くには炎熱系の魔法で破壊する必要がある」

 

 なのはは肩を落とした。自分は変換資質を持っていない。フェイトは持ってはいるが属性が違った。

 

「その手段は用意してある。そこにいる彼女が持っているのが烈火の剣精・アギト、古代ベルカの融合騎(ユニゾンデバイス)だ」

 

 なのははセインを見た。セインはヤッホーと手を振るがスルーされた。

 

融合騎(ユニゾンデバイス)?」

 

「融合騎とは術者と融合して魔力の管制・補助を行うデバイスだ。時間がないので詳しい説明は寝ている融合騎を起こしてから聞くといい。とにかくユニゾンすれば自動的に炎熱変換される」

 

「わからないけど、わかったの!」

 

「管理局は凍結封印が解けると暴走を開始すると思っているようだが、それは正しくない。彼は暴走を解決する手段を持っている。それにはまず露出している防衛プログラムを彼から切り離す事が必要だ。ここまで言えば分かっただろうけど一応言っておくよ。次の段階は八神はやてを取り込んで暴走しようとしているプログラムを切り離す事だ。プログラムはダメージを与えても自動的に修復される。その修復速度を上回る魔力ダメージを与えれば切り離される」

 

「簡単なの!」

 

 画面越しのスカリエッティは内心呆れ返っていた。世界を滅ぼすほどの力を持った闇の書の防衛プログラムを吹き飛ばすのを()()だと言ったのだ。他の人間が聞いたら正気を疑う。

 

「ククク、それではこれで」

 

 モニターが消えると部屋にいたはずのセインもいなくなっており、ベッドの上にアギトが残されていた。

 

「さっさと起きるの!」

 

 なのははレイジングハートを叩きつけた。

 

 

 リンディから連絡を受けたフェイト達はバリアジャケットを展開し、艦内を飛行魔法で移動していた。本来は艦内で魔法の使用は禁止事項だが、事が事だけに守っている余裕は無かった。

 

(なのは……早まらないで)

 

 なのはの事を考えながら移動していると、曲がり角に差し掛かり向こうから来た人物と衝突しそうになって急ブレーキをかけた。

 

「君達! 艦内での魔法は禁止されているんだぞ」

 

 衝突しそうになった相手はクロノだった。この非常時でも規則を守るのはクロノらしいが、頭が堅いとも言わざるを得ない。

 

「そんな事言ってる場合じゃないよクロノ。急がないとなのはを止められない」

 

「そ、それもそうだな。兎に角急ごう」

 

 踏み出そうとしたクロノの足元にいきなりナイフが刺さった。ナイフはそのまま一瞬輝くと爆発した。

 

「殺さずに手加減したのが仇となったか」

 

「誰だ⁉︎」

 

「お、お前はあの時の!」

 

 クロノ達の前に現れたのはナンバーズの5・チンクだ。気絶させようと奇襲でナイフを一本爆発させたが、クロノが素早く反応してバリアを展開。ギリギリでダメージを受けなかった。ナイフが複数なら爆発の威力を防ぎきれずフェイト達ごとやられていただろう。

 

「正直甘く見ていた。だがここからは本気だ」

 

「そこをどけ! なのはを止めなきゃいけないんだ」

 

「なら尚更どくわけにはいかない」

 

「何?」

 

「こちらの目的ははやて……闇の書の凍結封印を解くことだ」

 

「そんなことをすれば、そちらもタダでは済まないぞ」

 

「ふ……」

 

 チンクは勝ち誇ったように嗤った。

 

「何が可笑しい⁉︎」

 

「無知とは罪だな」

 

「ごちゃごちゃうるさいよ、アンタ」

 

 アルフが牙を剥いて威嚇する。

 

「これ以上の問答は「スティンガーレイ!」

 

「チェーンバインド!」

 

『Blitz Action』

 

 不意を突いた一撃。チンクと会話している間、念話で打ち合わせをしていたのだ。アルフが気を引いて、クロノの魔法で攻撃と同時に視界を遮り、ユーノが動きを封じ、フェイトが高速移動で先に進む。何も全員がなのはの元へ行く必要はない。誰か一人でも辿り着けば、なのはを止めることが出来る。クロノ達は時間をかけてまでチンクを倒さなくても良いのだ。

 

「くっ、はやてのほうにガジェットを集めたのが仇となったか……使うつもりはなかったが仕方が無い。IS・ランブルデトネイター」

 

 フェイトが通って行くのを拘束されたまま眺めたチンクは切り札を切った。金属だらけの次元航行艦の通路を予め爆発物に変えており、それを一斉に爆破した。チンク自身をも巻き込む大爆発だが、固有武装である「防御外套」シェルコートとハードシェルと呼ばれる防御技能によりダメージはない。施設レベルの爆発にも耐える技能だ。通路の爆発程度では傷一つ付かない。

 

「大人しくしていれば死なずに済んだものを」

 

 フェイトを追いかけようとしたチンクに淡い緑色の鎖が巻きついた。ユーノによるチェーンバインドだ。倒したと思った相手が生きていることに驚きを隠せないチンク。

 

「行かせないよ」

 

「無傷だと⁉︎」

 

 普通の魔導師なら死ぬはずの威力だ、耐えられるはずがない。しかしここにいる魔導師は普通ではなかった。特に結界魔導師であるユーノの防御力はなのは以上だ。防御魔法に関しては他の追随を許さない。

 先ほどナイフが爆発するのを見ていたユーノは、相手が爆発を得意とすることを見抜いていた。チンクの攻撃はクロノが以前見ている。初めの爆発と念話によるクロノへの確認で予想は確信に至った。相手の切り札が爆発の規模を大きくする事だと予想したユーノのスフィアプロテクションによりクロノ、アルフごと守りきった。爆発に対応出来たのは遺跡探索中に爆発トラップを体験したからではないと後日ユーノは語る。

 

「あたしを忘れてもらっちゃ困るよ!」

 

 アルフは殴りかかったが、ハードシェルにより拳は届かなかった。

 

「甘いんだよ、バリアブレイク!」

 

 ハードシェルは魔法に該当しない。魔法だと思いこんだアルフが使ったバリアブレイクは通じなかった。

 

「なるほど、これならどうだ!」

 

『Break Impulse』

 

 クロノの使用したブレイクインパルスは直接接触により目標の固有振動数を割り出し、それに合わせた振動エネルギーを送り込み粉砕する魔法だ。ハードシェルもこれには対応出来ない。防護膜は破られ、そのまま身動きの取れないチンクにも叩き込まれる。チンクの全身に激痛を伴う振動が駆け巡った。

 

「ぐ……あ……て…………」

 

 痛みに声を上げることも出来ないチンクはそのまま気を失った。生身の人間なら死んでいたが、戦闘機人の耐久力により死は免れた。クロノがバインドでチンクを拘束しようとすると、思わぬ人物が現れた。

 

「よくやったわクロノ。彼女はテロリストの一味ね、重要参考人として拘束します」

 

「母さん⁉︎ じゃなくて艦長、何故ここに?」

 

「あれだけの爆発だもの心配して来ちゃった。それより無事で良かったわ、ここは私に任せて先に進んで」

 

「そうですか、わかりました……ブレイズキャノン」

 

 チンクを抱えたリンディにクロノが魔法を撃った。実の母親であり、アースラの最高責任者に対してだ。これにはアルフとユーノも呆気に取られて、空いた口が塞がらなかった。

 

「よく分かったわね、坊や」

 

 チンクを盾にして防御したリンディの姿がブレると霞んだ金髪の女性に変化した。ナンバーズの2・ドゥーエだ。固有技能ライアーズマスクによりリンディになりすましていた。チンクを盾にしたのは防御外套シェルコートが高い防御力を誇り、アンチマギリンクフィールドを発生させる機能を備えていたからである。

 

「さっきブリッジに来た貨物室のスタッフがおかしなことを言っていた、艦長が直接言いに来たと。艦長である母さんがブリッジを離れるわけないだろう」

 

「よくできました。貴方たちの勝ちよ、先に進みなさい」

 

「そうはいかない、貴女をテロの共犯者として逮捕します」

 

 クロノがS2Uを構えて歩み寄ると、チンクのコートからナイフが一本落ちた。

 

「⁉︎」

 

 ナイフが床との接触により音を立てる間も無く爆発した。クロノは咄嗟にバリアを張ることにより難を逃れたが、煙が晴れるとそこには誰もいなかった。

 

「逃げられた!」

 

「クロノ、今はなのはのところへ行くのが先だよ」

 

「わかってる!」

 

 八つ当たり気味に返事をするクロノにユーノはため息を吐いた。

 

 

「ぐえぇ⁉︎」

 

 アギトは突然痛みに襲われた。何が起きたのかと体をおさえ痛みを堪えながら周りを確認する。自分は確かはやてが凍結封印された後、管理局により拘束され強制停止(スリープ)させられたはずだ。

 

「やっと起きたの! はやてちゃんを助けるのを手伝って!」

 

 突然目の前に少女が現れた。はやてと同じくらいの年齢で、管理局の人間のはずだ。それが何故助けるという話になっているのかさっぱり分からなかった。はやては死んだのだ、守護騎士と共に。ユニゾンしていたアギト自身がそれを一番良くわかっている。自分の中から大事な何かが抜けて行く感覚、それはシグナムが感じていた感覚だ。ユニゾンしていたアギトはそれを直に感じた。もうあのような感覚は二度とごめんだ。それを思い出すとアギトは涙を流した。

 

「泣いてる場合じゃないの! はやてちゃんはまだ死んでない! まだ助けられるの!」

 

「え……?」

 

「闇の書はまだ待機状態に戻ってない! だからはやてちゃんはまだ生きてる!」

 

 なのはは説明するのももどかしく、アギトを引っ掴んで部屋から飛び出した。なのはの手の中で振り回されるアギトは目を回す。そんなアギトになのはの支離滅裂な説明がなされたが、要領を得ないためわけが分からなかった。

 

「凍結を解除してプログラムを切り離せば、はやてちゃんは自分でどうにか出来るってドクターが言ってたの!」

 

 アギトはこの説明で漸く話が見えて来た。それにドクターという言葉は聞き捨てならない。ドクターと言えばあいつしかいない。性格は兎も角、ロードであるはやてがアテにするほどのイかれた天災だ。アギトの身体が自然に熱くなった。

 

「熱っ⁉︎」

 

「本当だな? ドクターがそう言ったのか?」

 

 なのははアギトを掴んでいた手を思わず離した。見るとアギトから炎が燃え上がり、その身体を包んでいた。

 

「うん! それにはアギトちゃんの力が必要なの! 融合騎(ユニゾンデバイス)である貴女の力が!」

 

「わかった、ロードのところへ連れてってくれ!」

 

 なのはは頷き、バリアジャケットを纏った。フェイト同様飛行魔法で艦内の廊下を最高速度で突き進む。不思議なことに道中誰にも合わなかった。貨物室に到着したがここにもスタッフは一人もおらず、物言わぬ氷像が不気味に鎮座しているだけだった。

 

「これを溶かせんのかよ?」

 

「出来る……ううん、やって見せる!」

 

「……頼む、あたしのロードを助けてくれ」

 

「任せて!」

 

 なのはは花の咲いたような笑みで返事した。

 

「アギトちゃん!」

 

「おう!」

 

『ユニゾンイン』

 

 なのはとアギトがユニゾンすると、白かったバリアジャケットは暗い色を基調としたものに変化し、瞳は空色へと変わった。ぶっちゃけて言えばシュテルカラーになった。

 

『思ったより適合率が悪い、一発で決めてくれ』

 

「了解! レイジングハート!」

 

『OK,Master』

 

 なのはは宙に飛び、魔力を収束しはじめた。魔法禁止だけあって艦内には殆ど魔力はないが、時間さえかければ集められる。なのはは目を閉じて、魔力の収束に意識を向けた。レアスキルとまで言わしめた収束技能、それがありえない速度で魔力を集める。その魔力はアギトとのユニゾンにより炎に変換され、球状に収束された魔力はどんどん大きくなる。それはさながら小規模な太陽と言って差し支えない。

 

「なのはさん! 何をしているの! 艦内でそんな魔法を使ったら墜落してしまうわ! それにそれはロストロギアよ、下手に手を出せば封印が解け……」

 

 貨物室から観測された夥しい魔力がブリッジに観測され、提督であるリンディからなのはを咎める言葉を投げかけられた。しかし今のなのはにそんな話は通じない。

 

「はやてちゃんは死んでいないの! まだ生きてるの! だから私は助けたい!」

 

 モニター越しに何か言われているがなのはの耳には全く届いていない。更に魔力を収束していると貨物室にフェイトが入って来た。

 

「はやまらないで、なのは! そんなことしたらアースラだけじゃなく次元世界が……」

 

「聞いてフェイトちゃん! はやてちゃんは死んでない! だってデバイスが待機状態に戻ってないの!」

 

 なのはの言葉はフェイトも疑問に思っていたことだ。

 

「ドクターが言ってたの、凍結を解除してプログラムを切り離せば、はやてちゃんが闇の書の暴走を止められるって!」

 

 なのはの言うドクターというのが誰か分からなかったが、止める以前にどうしても気になったフェイトはモニターのリンディに話しかけた。

 

「リンディ提督、以前の事件で輸送されていた闇の書はどういう状態でしたか?」

 

「フェイトさん! 今はそんな事を気にしている場合ではないわ」

 

「本の状態だったよ」

 

 フェイトの質問に答えたのはグレアム。

 

「リンディ提督はわたしと一緒に見たはずだ。クライドくんが書に飲み込まれているのを」

 

「っ⁉︎ それとこれと何の関係があるのですか」

 

「待機状態である本に戻っていない。それはつまりは闇の書の主はまだ死んでいない。そう言いたいのだろう?」

 

「はい」

 

 フェイトは真摯な表情で返事した。

 

「はやてはまだ死んでいない。このままじゃ封印は」

 

「それがどうしたと言うのかね」

 

 え?とフェイトはグレアムが一瞬何を言っているのかわからなかった。

 

「封印が解けるのなら尚更だ。今の内に虚数空間へ封印するべきではないのかね」

 

「そ、それは……」

 

 フェイトは迷った。なのはにかけてはやてを助けるか、なのはを止めて世界を守るか。なのはにかけるのはあまりにも分が悪い、いや悪すぎる。

 

「わ、わたしは……「私は絶対に諦めないの!」

 

 迷ったフェイトになのはの言葉が突き刺さる。

 

(そうだ、なのはが諦めなかったから今の私がある)

 

 ここにいるのはなのはの不屈の精神(こころ)のお陰だ。ならば答えは決まっている。

 

「申し訳ありませんリンディ提督、グレアム提督。後でどんな罰でも受けます、だからわたしはなのはを信じます」

 

「仮に助けられるとしても、そんな魔法を使えばアースラは沈むわ! お願い、なのはさんを止めて!」

 

「ご心配には及びませんよぉ」

 

 全てのモニターが一瞬でクラッキングされ、顔を隠したクアットロが映し出された。

 

「闇の書の周囲は〜高濃度のアンチマギリンクフィールドでぇ覆ってますぅ。運が良ければ落ちないかもぉ〜」

 

 それだけ言うとモニターは元に戻った。オペレーターたちはアースラの防壁を容易くクラックする相手の技術に苦い表情をした。

 

「そうはさせないよ」

 

 なのはを止めるため貨物室に到着したリーゼ姉妹。一番初めに貨物室に向かったのに遅れて到着したのは、通路に大量配置されたガジェットに道を阻まれていたからだ。なのはを止めるべくロッテが飛び掛かる。しかしそれはフェイトによって邪魔される結果となる。

 

「アリア!」

 

 リーゼ姉妹は一人で来たわけではない。片方が防がれても、もう一人が止めればいい。

 

「スティンガーレイ!」

 

 アリアの射撃魔法がなのはに直撃した。

 

「なのはァ⁉︎」

 

 フェイトの悲鳴。しかしなのはは墜落しておらず、魔法は維持されたままだ。それもそのはず、ユーノのシールドによりなのはは守られていた。

 

「話は聞いたよ。フェイトにばかりいいカッコさせられないよ」

 

「フェレットもどき⁉︎ 何をしているのかわかってるのか!」

 

「あんたは大人しくしてな!」

 

 飛ぼうとしたクロノはアルフに取り押さえられた。

 

「今の内だよなのは」

 

「ありがとうユーノくん、フェイトちゃん、アルフさん」

 

 なのはの収束した魔力は格納庫と言えるほどの大きさを備えた貨物室を、埋め尽くすほどのサイズになっていた。なのはの言葉にアギトが呼応する。

 

「集え、明星(あかぼし)

 

『全てを焼き消す焔となれ!』

 

「『ルシフェリオン、ブレイカアアアアアアアアアアァァーーーーーーーーーー‼︎』」

 

 なのはの渾身の魔法が凍結した闇の書を焼き尽くす!

 

 なのはさんの戦いはこれからだ!




ご愛読ありがとうございました。
主人公何処行った?おっぱいは?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。