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扉を開けるとそこにいたのは…荒川さんだった。
この部屋では、他のみんなは僕を相手に妄想をし始めるんだよな…。荒川さんは、僕を相手にどんな妄想をしているんだろう?
「あ、先輩…!」
僕が部屋の中に入って扉を閉めると、荒川さんはほっとしたような表情で声をかけてきた。
「先輩…?」
「は、はい……それがどうかしましたか?」
「ううん、なんでもない…!大丈夫だよ」
不安そうな顔をしたので慌てて否定する。僕は彼女の先輩っていう設定みたいだな…。
「あ、あのっ、今日は突然お呼び出ししたのに来てくれて、ありがとうございました」
荒川さんはまずぺこりと僕に頭を下げた。僕は首を横に振る。
「気にしないでよ。えっと、僕に何か用事があったのかな?」
「は、はい。その、ずっと前から言おうと思ってたんですけど、何となく、機会を逃しちゃってて……」
荒川さんは僕から目線を逸らす。なんだか緊張しているみたいだけど、一体、何の話なんだろう…?
話しやすいように、2人でベッドの縁に腰掛ける。少しすると、彼女は遠慮がちに口を開いた。
「…今日は、お礼を言いたくて来てもらったんです」
「お礼?」
「はい。先輩も、私の噂は知ってますよね…?学校の中で有名ですから…」
「噂…って何だっけ……」
「あっ、気を遣ってもらわなくても大丈夫です。自分でも悪い意味で名前が知れてるのは分かってますから……」
荒川さんは寂しそうに笑う。あんまり目立ってるようなイメージは湧かないけどな…それに、悪い意味って……
「…小さい頃から、私の周りでは事故がたくさん起こって……車に乗ったら玉突き事故が起こったり、旅行で船に乗ったらその船が難破したり……」
「え!?大丈夫だったのそれ…!?」
「はい、いつも私は事故に巻き込まれても、幸運なことに無傷でした…。でも、中にはそれが原因で亡くなる方も多くて。私は昔から親族やクラスメイトに、お前は疫病神だって言われて、避けられていたんです」
「……………」
「…だから、どんどん自分に自信がなくなっていって…私がいなくなった方がみんなが幸せになるんじゃないかって、今まで何度も思ってました」
そんな……荒川さんにこんなに辛い過去があったなんて、知らなかった。
例え不幸な事故が起こったからって、その原因が彼女にあるはずがない。周りの人は捌け口にしているだけだ…。そんな事を言われて、落ち込まない方がおかしいだろう。
「…でも、先輩は、そんな私の噂を知ってても、分け隔てなく接してくれて…普通の後輩として扱ってくれました。…それがすごく、私にとっては嬉しかったんです」
「当たり前だよ。荒川さんは他の人と何も変わらない、普通の女の子なんだから…」
幸運という才能があったって、荒川さんが一人の女の子だってことに変わりはない。一緒に過ごした期間はまだ短いけれど、彼女の素敵なところはたくさん知ってるし、もちろん疫病神なんかじゃない。
荒川さんは僕の言葉に嬉しそうに頷くと、少し穏やかな顔で話を続ける。
「私に近づくとみんなが不幸になるっていう噂があるから、周りの人は近づいてくれないけれど…こむぎ先輩は、私のこと嫌ったりせずに、むしろ私にたくさん声をかけてくれて、応援してくれた...…」
そして、ぎゅっと拳を胸の前で握りしめて、にっこりと笑った。
「…だから私、先輩のおかげで、自分に少しだけ自信を持てるようになりました!」
その心からの笑顔を見て、胸を締め付けていたものがすっと軽くなる。
「…よかった」
「それで、お礼を言いたいんです。今まで私は、こんなに前向きになれたことなかったから…こむぎ先輩のお陰です。…本当に、ありがとうございます」
「ううん。それは僕の力じゃなくて、荒川さんが自分で、頑張ろうと思ったからだよ」
「いえ…背中を押してくれたのは、先輩ですから。今度からは、最初から私とは話してくれないって思い込むんじゃなくて、思い切って自分から話しかけてみようと思います」
「うん、すごくいいと思う…!これからも応援してるから、頑張ってね」
「はい!」
元気よく頷くのを見て、僕もなんだかぽかぽかした、幸せな気持ちになる。…人を幸せにするのは与えられた才能じゃなくて、荒川さん自身が持っている力なんだろうなあ。
「…それと、1つお願いがあって…」
しばらく談笑してから、荒川さんは遠慮がちに僕を見た。
「お願い?」
「仲のいい先輩と後輩は、スキンシップをたくさんするって聞いたんです。私、こむぎ先輩ともっと仲良くなりたくて、それで何かやりたくて……」
「スキンシップかあ…」
先輩と後輩のスキンシップって……とりあえず、そっと頭を撫でてみる。
「…こんな感じかな?」
「……!」
さらさらとした髪を優しく撫でると、荒川さんが肩をびくっと震わせた。
「ご、ごめん!やっぱりダメだった…?」
「いっ、いえ、そうじゃないんです!ただ、ちょっとびっくりしちゃって……こんなに優しく撫でてもらったの、初めてだから…」
「…そっか」
「えへへ、ちょっと照れくさいけど、嬉しいです……!」
荒川さんは嬉しそうにはにかむ。彼女にはきっとこれから、もっと楽しいことがたくさん待ってるはずだ。まずは、この場を楽しまないと。
「次は腕相撲とかする?僕、重い植木鉢とか運ぶから、これは結構自信あるんだ」
「やってみたいです!えっと、て、手加減ありでお願いします…」
「あはは、わかったよ」
荒川さんが眠たくなるまで、ひとしきり2人遊びをして楽しんだ…。