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扉を開けるとそこにいたのは…照翠くんだった。
この部屋では、他のみんなは僕を相手に妄想をし始めるんだよな…。照翠くんは、僕を相手にどんな妄想をしているんだろう?
「よう。2周目か?」
音を立てないようにそっと扉を閉めると、ベッドの上に足を組んで腰掛けていた照翠くんと目が合った。
「2周目…?」
「この計上は此方の話…いや貴様自身の話だな、コレは」
「……?」
…僕は何を2周しているんだろう。この状況が照翠くんの言う"2周目"だとしたら、どうして僕には1周目の記憶がないのか。
「えっと、ごめん、何を言ってるのか全然分かんないや…」
「あぁ、分かっている。貴様は適当な所に座っていろ。…さて、紅茶でも淹れるか」
「……?あ、ありがとう…」
部屋の中央へ行きベッドに腰掛けると、横に置いてあった小さな真っ黒いぬいぐるみと目が合った。
「……………」
心なしか、照翠くんに似てる気がするな…。照翠くんがいる所にこんな物が置いてあるなんて、ちょっと意外だ。慎重にぬいぐるみの頭に手を伸ばすと、もふもふしていてとても触り心地がいい。
「ダージリンだ。砂糖やミルクは要らないだろ。そのまま飲め」
「う、うん!」
ぬいぐるみをぺたぺたと触っていると、ティーカップを2つ持った照翠くんが、音もなく僕の正面に立っていた。全然気づかなかった…慌てて紅茶を受け取る。
「おいしい……ダージリンティーって、世界三大銘茶の1つだっけ…確かに、ストレートが飲むのが1番いい飲み方って見たかもなあ」
「良く知っているな。調べたのか?」
「ちょっとだけ、茶葉の栽培とかにも興味があって。えへへ、紅茶のこと知ってるとなんとなく高貴っていうか、かっこいい感じがするしさ…」
「そうか。では後学の為に教えてやるが、紅茶とは別に高貴な飲み物では無い。
…初期のヨーロッパ貴族がティータイムに飲んでいたのは、中国人が売りつけた質の低い烏龍茶。ヨーロッパでのアフタヌーンティーの文化が広がったのは17世紀以降だが、イギリスでの紅茶の消費量が生産地である中国からの量より遥かに多かった。何故だと思う?」
「うーん、なんでだろう……」
「…答えるのが遅い。ヨーロッパ全土で紅茶の割増がなされていたからだ。麦藁に草、灰…時には家畜の糞まで加えられていたそうだぞ、はは」
「そうなんだ…!なんか、イメージと違うなぁ…」
「あぁ。その混合物を庶民から貴族まで飲んで、紅茶の人気が爆発した、という経緯だ」
そう言って優雅に足を組む照翠くんのカップの中身は、ブラックのコーヒーが入っていた。
「…………」
こういうところもあるけど…照翠くんって案外話せる人なのかもしれないな…。
「さて。結局貴様と僕は1度も話さなかったな」
「…え?」
紅茶を飲み終えて立ち上がり、片付けをしていると、照翠くんが口を開いた。
「いい加減思い出せ。私をいつまでも待たせるな」
「? えっと……」
「"僕達"に何をされたのか。貴様の脳天には確かに刻まれている筈だぞ」
「…あ、」
その瞬間、僕の脳裏の奥にあった氷河が一瞬で崩れ落ちた後、記憶が洪水のように流れ出してきた。
「………………」
全て、覚えている。きっかりと、記憶に刻まれている。"ICチップに"、刻み込まれている。
「う、……あぁ………」
あの時も、この時も。
目の前にいる彼がどうなったのかも。誰になったのかも。全部思い出した。こんな大切なことを、どうして忘れていたんだろう。
…2周目の僕、だからなのか?
「目の前の僕が、貴様にはどう映る?憎くて仕方が無い敵か?それとも、得体の知れない、血も涙もない化け物か?既に目の前で血は流してやったが」
「……君のやったことは、許されることじゃないと思う」
声が震える。自分を奮い立たすように、拳をぎゅっと握りしめる。
「ほう。何故だ?」
「あ、あんな事…許される訳ないよ……ずっと"彼"を利用して、みんなを裏切って……」
「…………」
照翠くんは黙ったまま、静かに僕を見つめる。僕は恐る恐る言葉を続ける。
「どうしてあんなことしたの?君にも彼女みたいに、何か動機があったんじゃ……」
「あの女と同じようなトラウマとなる記憶は僕には無い。逆に、どんな設定があったか…覚えているか?」
「…あの日記…」
古びたノートに書かれていた。天賦の才能。幼い頃の家庭崩壊。でも、あれをやったのは……
「そうだ。むしろ僕はトラウマとなる記憶を数名に与えた側らしいぞ、はは。更生プログラムじゃなかったのか?」
「…………」
「貴様も思った筈だ。オリジナル体より先にコイツが更生すべきだと。僕の言い分も聞かずに失礼だぞ貴様。僕は貴様にあのコロシアイ生活中に何かしたか?」
「………」
「…まぁ一方的な視点で書かれたアレをあの解釈のまま読めば凡骨ならそうなるか。」
どういうことだ…?あの日記には、何か別の解釈があるってことか?いや、そもそも、何か理由があるにしたって…
「それでも、月詠くんに入れ替わって過ごすなんて…あまりに酷いよ。頭のいい照翠くんなら、何か他の方法を思い付いてたんじゃないの?それなのにどうして…」
「それは僕が、あの女に人質を取られている内通者だったからだ。あの女にそうしろ、と言われたからだ。
条件としてはあの男と何一つ変わらないぞ。僕だけを悪いと言い切れるか?彼奴が人質を取られたからと言った時、貴様は今と同じ様に奴を責めていたか?」
「…………」
責めていない。あの時は人質を取られているならしょうがない、と思った。だったら、目の前の彼にも全く同じ理屈が通用するのか。人質を取られていたから、内通者だったから、何をしてもいいのか。
…照翠くんはあのコロシアイの中で、直接自分の手は染めていないし、学園のルールにも従っていた。僕が彼を責め立てることができる理由がない。
なのに、どうしてこんなにもやもやするんだ…。
僕は求められているんだ。家族でも友人でもない、"内通者"としての照翠くんとの対話を。この部屋で、彼を満足させられる答えを…。