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「……………」
「…はあ。埒が明かないな」
黙り込んでいる僕を横目に、照翠くんは呆れたように深いため息をつく。実際、呆れているんだろう…僕に彼を満足させることなんて、できるんだろうか。
「本来は僕がこんな事をする義理は無いが…凡骨にも解るように今回の論点を整理してやる」
「…うん」
「何故あの女は内通者に僕を選んだのか。僕はあの女とは正反対の環境…動機に対して共感などしない。善人ならまだしも、僕に対しては情けも求めるだけ無駄だな。…さて、何故だと思う?解答は3回迄。」
「なぜ、って……」
妄崎さんが、照翠くんを内通者として雇った理由。言われてみれば、あの時は確かに最後まで分からなかった。
「うーん…何だろう、君を敵に回したくなかった、とか……」
「契約を結ばない限り、僕は誰の元にも与する気は無い。それに加えて、能力としては弁護士よりも探偵助手の方が敵に回したくはないと思うぞ。理由としては弱いな…あと2回」
今のもカウントされちゃうんだ…。答えられるチャンスはあと2回だけだ、ちゃんと考えないと。
さっき言ってた、契約を結ばない限り、って言葉…つまり裏を返せば、照翠くんは契約を結べば、絶対に裏切らない。そういうことなんじゃないか…?
「君と契約を結べば、裏切る心配はない。だから彼女は内通者として雇う気になったんじゃないかな…」
「…予想通りの解答だな。確かに、僕は契約相手には絶対的に忠実…だが、あの女は僕の事すら信用はしていなかった。優秀な手駒だとは思っていたらしいが、完璧に信用している訳では無かっただろうな」
「…………」
「人質を取っても動じない相手と、人質を取って動揺し自分に従順になる相手…貴様だったら何方を選ぶ。忠実なのは何も僕に限った話では無い。それを承知した上でわざわざ僕を選ぶには、それなりの利点が無いと説明は付かない筈だ。あと1回」
これもダメなのか…。なにか手がかりがないか、必死に頭を回転させる。
照翠くんを選ぶメリット…きっと、あのコロシアイが始まるより前に、2人は契約を結んだはずだ。
「…………」
コロシアイが始まる前は、みんな同じ場所で同じように生活していた…だけど例えば、照翠くんにだけ何かしらのアドバンテージがあったとしたら…?
更生されるのは彼の方だ、と思わず僕が考えてしまうような照翠くんの過去。
それは元から、実験を行った研究者側から、彼が何か特別なものを与えられていたからじゃないのか…?
照翠くんが、あらかじめ他の人達…ただ実験体になっていた僕達より有利な立場に置かれていたとしたら。もし、僕達や、この場所に関する秘密を知っていたとしたら。そういう役割についていたのなら。
…それはきっと、黒幕にとって、彼を選ぶ理由になり得る。
「妄崎さんが、君を選んだ理由は…君が元々、あの更生プログラムの中で内通者のポジションにいたからだ」
僕は、照翠くんの目をまっすぐに見据える。
「…………」
「研究者の人たちは、君に僕達の情報を既にある程度教えて、内通者としてここで生活させていた。君は最初から、このプログラムの対象として見られてなかった…だから、家庭を崩壊させるようなことを起こしても、向こうから黙認された。違うかな」
「…成程。それが貴様の解答だな」
照翠くんは、ゆったりとした動きで指を合わせた。
「…そう。僕は元々内通者として、このプログラム内で生活していた。まあ、殆どの機密情報は僕には秘匿されていたが。…プログラム本部との契約、とでも言えば解りやすいか?
「そんな時に、あの女が声をかけてきた。どこで噂を聞き付けてきたのかは僕の知る所では無い。ただ、自分の計画に協力しろと言われた…知人があっさりと人質に取られている映像を見せられながらな
「人質の人間にさして思い入れも無かったが、断れば僕自身の身も危ない。それで契約を結んだ。後は貴様の知る通りだ
「…さて。此処まで知って、貴様の僕への印象は変わったか?」
「…………」
正直、照翠くんのことは相変わらずよく分からない。けれど…
「…僕は、内通者としての君じゃなくて、本当の、照翠くんと向き合いたいって思ったよ。他の人みたいに君の立場とか、性格を利用するんじゃなくて、強くて、頭が良くてかっこいい照翠くんを頼りたい」
さっき彼のことを思い出した時には、なんとなく気が引けるような感じがあった。彼のことを怖いとも思った。
でも、こうして話してみると…照翠くんは、根っからの悪い人のようには思えない。きっと、本当の彼は……
「…………はあ。」
「……え?」
照翠くんの大きなため息が僕の思考を遮った。
「解答を出した所までは悪くなかったが…結論がそれか」
「え、ええっと……」
照翠くんは突然すっと立ち上がって、カツカツとハイヒールの音を鳴らしながら扉へと向かっていく。
「…"次に"此処で会う時にはもっとマシな締めを用意しろ。出直してこい三流。」
そう言い残すと、彼は振り返らないで部屋を出ていった。ヒールの音とその反響音が徐々に遠ざかっていく。
…最後の彼の表情は、なぜかいつもより、不機嫌そうには見えなかった。
「……いや、見間違いかなあ…」