スイートルームイベント   作:鳶子

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スイートルームイベント:掃気喪恋編

♡ ♡ ♡

 

 

扉を開けるとそこにいたのは…掃気さんだった。

この部屋では、他のみんなは僕を相手に妄想をし始めるんだよな…。掃気さんは、僕を相手にどんな妄想をしているんだろう?

 

「おにいちゃん…大丈夫…?」

掃気さんは部屋に入ってきた僕に、心配そうに声をかけてきた。

 

「……?」

「この前…来る時に、おおかみに襲われそうになった、って言ってた、から…」

「お、オオカミ?」

僕が思わず聞き返すと、掃気さんはこくりと頷く。

 

「森の奥に来るまでに、あぶないところがたくさんあるって…おにいちゃん、前に言ってた……」

「…そ、そうだね。森には怖い動物も多いからね」

 

とりあえず話を合わせる。どうやら、この場所は森の奥…ってことになってるのかな。

 

「でも…ここはあんぜんだから……もう、大丈夫……」

掃気さんがそう言って僕の手をきゅっと掴んで、ベッドの方へ連れていく。されるがまま、彼女について行くと、ベッドの縁に二人で腰掛けた。ぽすん、という音と共に、僕らが座ったところが沈み込む。

 

「…きょうも来てくれて、ありがとう…」

「…うん、どういたしまして」

「もこ、ずっと1人でこのお城にいるから…毎日会えるのはおにいちゃんだけなの。だから、おにいちゃんがいてくれて、うれしい……」

「そっか、そう言ってもらえてよかったよ」

 

1人でお城に住んでいる…掃気さんはお姫様とかなのかな。でもどうして僕は毎日掃気さんの元へ行ってるんだろう。

…ま、まさかとは思うけど、僕が婚約者、とか……?

 

 

 

「…おにいちゃん、顔赤い……どうしたの…?」

「な、なんでもないよ!全然!」

「なにかあるなら、なんでも言って……だって…おにいちゃんは……」

 

「……!」

掃気さんの心配そうな顔が、気づかないうちにかなり近くにまで来ていてドキッとする。

こんな距離が近いなんて、やっぱりそうなのか…!?

 

 

 

「おにいちゃんは…もこの…おにいちゃんでしょ……?」

 

「……へ?」

 

な、なんだ……兄妹ってことか……。

さっきと比べても、今日の中で1番顔が熱くなっていることがわかる。まったく、僕は何て勘違いを……。

 

「…………」

掃気さんが、すっと僕の額に小さな手を当てる。ひんやりとしていて気持ちいい。

 

「やっぱり…熱……?」

「い、いや、違うと思う!ちょっといろいろあって…とにかく、僕は大丈夫だから!」

 

これ以上彼女に近づかれると、果てしなく体温が上がる気がしたので、僕は慌てて距離を取った。

 

「…そう…それなら、よかった……おにいちゃんが風邪ひいたら…もこ、心配だから……」

「ありがとう。でも、ほんとに大したことじゃないから。心配しないでね」

「…うん」

 

その後はお互いなんとなく黙り込んで、ベッドにつかない掃気さんの足が宙をぶらぶらしていたり、僕の行き場のない手が自然と髪の毛をいじったりしていた。

そんな普通の人だと気まずくなってしまうような沈黙が、彼女と一緒だと意外に心地いい。

 

 

 

「…あのね」

しばらくして、掃気さんが小さく口を開いた。

 

「…どうしたの?」

「もこ…ずっと前から考えてたの…」

ぽつり、と掃気さんがつぶやく。僕は話に集中しようと、静かに座り直す。

 

「もこは、このお城を出て…そとの街で、1人で暮らしたい」

「…………」

 

「今までは、そとはあぶないから…このお城でずっと過ごせばいいって…思ってた。みんなも、おひめさまはそうした方がいいって、言ってたから……」

掃気さんは伏し目がちになり、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「…でも…おにいちゃんから、そとの話を教えてもらううちに……そとの街で…自分のちからだけで、暮らしてみたいって思ったの」

 

「確かに、喪恋の言うことはわかるけど…お姫様がそんなことをしたら、みんな心配するんじゃないかな…」

 

掃気さんがお姫様なら、もし一人暮らしをするなんてことになったら、きっと家来の人達が心配するだろう。

それに、一人暮らしは家事洗濯とか、大変なこともたくさんある。掃気さん1人では厳しいんじゃないだろうか…。

 

「例えば、外に出るとしても、僕と一緒に暮らす…とかじゃだめかな。家事とかも分担してできるし、何かあった時には助けになれるし」

 

「………」

掃気さんは膝の上で拳をぎゅっと握った。そして一呼吸置いたあと、僕の目を見つめて言った。

 

「…おにいちゃん、もこ、もうこどもじゃないよ」

 

「!」

彼女の口から出た意外な言葉に、動きが固まる。

 

「もこはもう、おにいちゃんに守られてるだけじゃだめだって…思ったから……おにいちゃんが昼間、いない間に…お料理も、お洗濯も、いろんなこと…練習したの」

「………」

「もこはひとりでも…大丈夫……。だから、おにいちゃん…明日そとに、つれてって」

「…うん。わかったよ」

 

掃気さんのしっかりとした眼差しを見て、きっと彼女は大丈夫だろうと確信した。1人でお城で静かに過ごしていた頃とは違って、今の掃気さんなら、困難もきっと乗り越えられる力があるはずだ。

 

「けど、危ないことがあったらすぐに言うんだよ。いつでも駆けつけるからね」

「…ありがとう……」

掃気さんが小指を出してきたのに、僕の小指を絡める。

 

「ゆびきり、げんまん…えっと、針千本はいたいから……。嘘ついたら、もこにくまさんのパンケーキ…つーくる……」

「あはは、わかったよ。とびっきり大きいくまさんを作るね」

「…ふふ……」

 

掃気さんが嬉しそうに微笑んだ。その笑顔はまるで、小さなかわいらしい花が、ぱっと咲いたみたいだ。

 

「よし、初めての街に行くんだから、今日は早めに寝て明日に備えようか」

「…うん。あの、おにいちゃん……」

「ん?」

掃気さんがもぞもぞと恥ずかしそうに体を動かす。

 

「他のことは、大丈夫だけど…ひとりで寝るのだけは、どうしても怖くて……きょうだけでいいから、いっしょに、寝てくれる……?」

 

「……もちろん」

 

 

僕らの話し中ずっと静かにしていてくれたしょりしょりくんを真ん中に挟んで、僕と掃気さんはお互いの温もりを感じながら、深い眠りに落ちていった…。


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