スイートルームイベント   作:鳶子

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スイートルームイベント:切ヶ谷小町編

♡ ♡ ♡

 

 

 

扉を開けるとそこにいたのは…切ヶ谷さんだった。

この部屋では、他のみんなは僕を相手に妄想をし始めるんだよな…。切ヶ谷さんは、僕を相手にどんな妄想をしているんだろう?

 

「やあ!こうして2人きりで会うのも久しぶりだねー」

「う、うん!久しぶり」

 

切ヶ谷さんはいつものように気さくに挨拶をしてくる。僕もそれに応じて、ぎこちなくベッドの上に登り、彼女の隣に座る。

 

「見て、これ。すっごく柔らかいんだよ!こむぎも触ってみなよ」

切ヶ谷さんはそう言って、両腕で抱えていた「YES」と書かれたクッションを僕に投げて渡してきた。

 

「わっ、…ほんとだ、ふわふわだね」

僕は慌てて受け止めて、しばしその感触を楽しんでから切ヶ谷さんにクッションを返した。

 

「だよね!ボク、そういう触り心地の枕が欲しいなあ…こむぎはどう?」

「そうだね…でもこんなに気持ちいい枕だったら、ぐっすり寝すぎて寝坊しちゃいそうだよ」

「あはは!そうかもしれないね!」

 

…さっきから、こむぎって呼ばれてるよな……。

顔が赤くなっていくのが切ヶ谷さんにバレていないように願いつつ、彼女の楽しそうな、明るい笑顔を見つめる。

 

「……かわいいなあ…」

 

「……え?」

「あ……」

 

思わず口に出してしまっていたみたいだ。切ヶ谷さんがきょとんとした顔をする。

 

「…?何がかわいいの?」

「それは……こ、小町しかいないよ…」

「…………」

切ヶ谷さんが俯いて黙り込む。何か気に障ってしまったんだろうか。

薙刀は戦闘系の才能なんだし、やっぱりかわいいよりもかっこいいって言われたいのかな…?

 

 

「不意打ちで、そういうの…ずるいよ。」

 

予想に反して、顔を上げた切ヶ谷さんの膨れた頬は、真っ赤なりんごみたいだった。今まで見たことのない表情に、心臓がドキンと跳ね上がる。

 

「…こむぎはボクのこと、いつも可愛いって言ってくれるよね」

「……う、うん」

「ボク、それが嬉しいんだ…いっつも、女子力がないとか、動物みたいとか言われるし。

薙刀の試合なんかでかっこいい男の人と戦っても、あくまで向こうは戦闘相手としてしか、ボクを見てないんだ。でも、キミは違った」

「………」

 

「ボクのことを可愛い、好きだって真剣に言ってくれるのは、キミが初めてだ。だから、ほんとに心から嬉しいよ。ありがとう」

「お礼を言われることじゃないよ。僕は、その…自分の正直な気持ちを言ってるだけだから……」

 

そう言っているうちにまた顔が熱くなってくる。切ヶ谷さんの恋人の僕は、そんなに恥ずかしいことをたくさん言っているのか…!?

 

「あのさ、あとちょっとだけボクの話を聞いてもらってもいいかな」

「もちろん。いくらでも聞くよ」

「ありがとう…ボクは昔から、凰玄…いとこや友達に、『小町が笑っているのを見るとこっちまで元気になる』って、言われてたんだ。

それでいつも笑っておどけて、落ち込んでたり、元気のないみんなを元気づけたいと思うようになった。…そうやってみんなが笑顔になってくれるのを見るのがボクにとっては、すごい、幸せだったんだ」

 

切ヶ谷さんは、ふわふわのクッションに顔を埋める。ぽすん、とYESの文字が沈む、小さな音がした。

 

「だけどほんとは…ボクは、いつだって元気な訳じゃない。女っ気がないって、大会の会場なんかで他の高校の選手にバカにされるようにからわれて、影でこっそり泣いた時もあった。稽古で負けて死ぬほど悔しくて、自暴自棄になりそうな時もあった」

 

ぱっと顔を上げた彼女は、また見たことのない表情をしていた。少し泣きそうな、それでいて、少し笑っていて。

 

「そんな時に、こむぎがボクに告白してきたんだ…覚えてる?あの時のこと。ボクは嬉しくって、思わず泣いちゃったんだ。キミはずっとおろおろしてて、ちょっと申し訳なかったんだけどさ」

「あはは……こっちこそ、なんかごめんね」

「ううん、嬉しかったよ。ボクを "薙刀士の切ヶ谷小町"じゃなく、"切ヶ谷小町"っていう、一人の女の子として見てくれてて。…何度も言うけど、そんなこと、初めてだったからさ。どうしていいか分からなかったんだ」

「…うん」

 

「今は、少し分かるようになってきたかも。キミの前では笑顔だけじゃなくて…いろんな表情を見せてみたい。

落ち込んだ時は慰めてもらいたいし、泣いた時はそっと側にいてほしい。キミになら、情けないとこも見せられる気がするんだ」

 

「…僕も、小町の悩みや悲しいことがあったら、それに寄り添いたいって思う。

2人なら、辛いことは二等分になって、幸せなことは二倍になるって聞いたことがあるよ。僕に何ができるかはわからないけど…」

 

「キミは自分が思ってるよりも、ずっとすごいよ。一緒にいたからこそ、ボクにはわかる。

キミはこれから成長できる、ポテンシャルを秘めてる…ボクにできることなら、キミにだってできるはずさ」

 

切ヶ谷さんは、僕と向き合うような姿勢になって、僕の手を掴んでぎゅっと握りしめた。彼女の温かさが伝わってくる。

にっこりと、花が開いたように笑った切ヶ谷さんは、とてもかわいらしくて、愛らしい。そのままゆっくりと瞼を閉じて、僕の額にこつんと額を突き合わせる。

 

 

「だから、これからは…こむぎが"ワタシ"を笑顔にしてね。」


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