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扉を開けるとそこにいたのは…妄崎さんだった。
この部屋では、他のみんなは僕を相手に妄想をし始めるんだよな…。妄崎さんは、僕を相手にどんな妄想をしているんだろう…?
「やっほ〜、びっくりした?お姉さん退屈だったから遊びに来ちゃった♡」
「………」
この部屋で妄崎さんがそんなことを言うと、なんとなく怪しい響きがするな…。
「ほらほら、早くこっち来なよ」
妄崎さんはベッドの上から僕の腕をぎゅっと引っ張る。
「ちょ、ちょっと妄崎さん、困るよ……」
「え〜、自分だって妄崎でしょ?なんで苗字呼びしてるの?」
「え……?」
「そんなぁ!こむぎくんはこんなに可愛いお姉ちゃんのこと、忘れちゃったの…!?」
妄崎さんがわざとらしく目を潤ませて、僕の手を両手で包み込むようにする。
「……冗談とかじゃなく?」
「冗談言ってるのはそっちだよ〜、いい加減つまんないからやめてよね。昔みたいにお姉ちゃん〜!ってかわいく呼んでみてよ」
「ええ…!?ご、ごめん……」
どうやら、本当に妄崎さんがお姉さん、という設定らしい。怪しい仲じゃなくてよかった…。そっと胸を撫で下ろす。
「お、お姉ちゃん。今日は僕に何の用?」
「うふふ……」
妄崎さんはお姉ちゃんと呼ばれたのが嬉しいのか、にこにことしている。
「こむぎくんが反抗期で最近全然話してくれなかったからさ、寂しいお姉さんはわざわざこうして出向いてあげてるって訳。ほら、たまには2人で昔話でもどう?」
「あはは……うん、いいよ」
妄崎さんの中の僕は反抗期って設定なのか…とりあえず場を繕おうと愛想笑いをする。
妄崎さんと僕が姉弟…どんな子供時代を過したんだろう?少し興味があるな。
「昔はよく2人で公園で遊んでたよね〜。世界で1番大きい砂のお城を作ろう!なんて言ってさ。結局こむぎくんが自分で崩して泣いちゃって、私がおんぶして帰ったんだっけ」
「う、……そんなことあったかな……」
「こらこら、事実を都合のいいように改変しちゃダメだよ?」
妄崎さんは悪戯っ子っぽく微笑んだ。…いや、今のは、弟をイジるお姉さんみたいな笑顔だ。
「…こむぎくん、今園芸部でお花育ててるんでしょ?この前植木鉢持ってるの見たよ〜。何育ててるの?」
「あぁ、あの子ははなちゃんって言うんだ。僕が見つけたんだけど、新種のお花かもしれないんだよ!」
「へぇ、すごいじゃない!昔からお花好きだったもんね、自分の好きなことをこの歳まで続けられるって、とってもいいことだと思うな〜」
「そんなにたいそれたものじゃないけど…ありがとう」
「こむぎくんってば、相変わらずシャイで奥手なんだから〜!もっと自信持ちなよ……あ、そうだ」
妄崎さんはふと思いついたように、膝を折り畳んで正座の姿勢になって、僕に向き直る。
「…膝枕、する?」
「へっ!?」
唐突すぎないか!?なんでこの状況で膝枕なんだ……!?
「い、いいよ。別に子供じゃないんだし……」
「なによ〜昔は好きだったくせに!もう、意識しちゃってるの?いいからいいから!」
そう言われて強引に膝の上に頭を乗せられる。柔らかくて、あったかい。真上にあるにやにやとした顔と目が合って、頬がどんどん熱くなっていくのがわかる…。僕は急いで顔を背けた。
「ふふ、懐かしいね…」
妄崎さんはそんな僕の頭をゆっくりと、優しい手つきで撫で始める。
「…ねえ、こむぎくんは今、幸せなのかな?」
「……………」
彼女の頭を撫でる手は止まらない。
「…僕は、幸せだよ。お姉ちゃんもいるし、園芸っていう自分の好きなことができて、たくさんの素敵な仲間とも出会えた。こうやって何気なく過ごしてる今も、すごく貴重で、大切なものだって思う。」
「……そっか」
「お姉ちゃんは?今、幸せ?」
そう聞いた瞬間、手がぴたりと止まった。
「……?」
起き上がって妄崎さんの方を向くと、じっと下を見て黙り込んでいる。唇が少し、震えているのがわかった。
「…そうね……私は、幸せなのかな……」
独りごちるように、彼女は僕に向かって言う。
「……私にも、わかんないや」
そして、ひどく切なそうな、悲しそうな笑みを浮かべた。
「………………」
「…もう夜も遅いね。ごめんね、長居しちゃって。明日も学校あるし、早く寝よう」
妄崎さんは、無理やりな作り笑いでそう言うと、静かに部屋を後にした…。
僕は"また"彼女を救えなかったのかもしれない。そんな言葉が、なぜか頭によぎった。