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扉を開けるとそこにいたのは…佐島くんだった。
この部屋では、他のみんなは僕を相手に妄想をし始めるんだよな…。佐島くんは、僕を相手にどんな妄想をしているんだろう…?
「………………」
佐島くんはじっと僕を見つめていた。心なしか、いつもより冷たい目に思える。
「……………」
「……………………」
お互い沈黙が続く。ど、どうしたらいいんだ……?
しばらくすると、佐島くんがゆっくりと口を開いた。
「お父様…いや、宗形さん。僕、この家を出ようと思うんです」
「…………へ?」
お父様……?家を出る?言われたこともないような言葉が頭をぐるぐると回る。
「さ、佐島くん、とりあえず一旦落ち着いて……」
「…はは、佐島くんだなんて。貴方はいつだってそうだ。僕のことを自分の作品の、装飾品程度にしか思っていないんでしょう?」
「……?ええっと……」
……僕が佐島くんの言うお父様で、佐島くんは僕の家を出ようとしているってことでいいのかな…。
まごまごしていると、彼は呆れたようにため息をついた。
「ここまで言っても分かりませんか?僕はもう一人でやっていける。貴方の手助けなんかなくても、この才能を使って生きていけるんだ。邪魔しないでくださいよ。」
淡々とした言葉に気圧される。でも、高校生が家を出て親御さんの援助もなしに一人暮らしって、結構危ないんじゃないのか……?
「いきなり一人暮らしをするのは危ないと思う、よ…君の身に何かあったらいけないし、やっぱりそういうのは高校を出てからの方がいいんじゃ……」
たどたどしい僕の言葉を、佐島くんは鼻で笑う。
「今更そんなことを言い出すんですか?笑えますね、そう言えば貴方に従順で可愛い『佐島俊雄』に戻ると、願っているんでしょう?」
「佐島く……」
「そんな訳が無いじゃないか。だってこれが本来の僕なんだ。愛想を振り撒いて可愛い自分を演出して、媚びを売るような甘ったるいチョコレートを作る……そう教えたのは他でもない貴方だ」
佐島くんは溢れ出すような感情を吐露しながら、拳をきつく握り締めている。伏し目がちなまま、僕から視線を逸らす。
「…っ、本当は、辛かったんだ。感情のない人形のように上っ面だけ甘い言葉を吐いて、また甘い仮面を重ねて。僕の意思はどうなるの?…本当の僕は、要らないの?」
消え入りそうな声でそう言うと、彼はきっと僕を睨みつけた。
「僕は貴方のお人形じゃない。一人でいるのは寂しいし、嫉妬だってする。家に監禁同然でチョコレートを作らされ続けるのも、もう嫌なんだ。」
力強い口調で言い切ると、つかつかと僕の前に歩み寄ってくる。僕は魔法にでもかけられたかのように、その場から一歩も動くことができない。そのまま彼は目の前まで来ると、力なく僕にしがみつく。
「お願い、お願いだよ。パパ。ここから出して…」
「僕を…自由にして……!」
悲痛な叫びと共に、彼の目から涙がぼろぼろと零れ落ちた。ほっそりとした体躯は小刻みに震えている。今彼の手を振り払ったら、きっといとも簡単に倒れてしまうんだろう。
「佐島くん……」
まるで、怯えている小動物みたいだ。いや、父親に監禁まがいのことなんてされたら、誰だってそうなってしまうだろう…。佐島くんだって、普通の男子高校生なんだ。
僕は気持ちを落ち着けさせるために、彼の頭を撫でようと手を伸ばす。
その瞬間。
「……っ!?」
涙は、嘘のように消えていた。代わりに顔を覆うのは薄い笑み。
「……くく、はぁ、やっぱり面白いね。宗形さんは。」
「え……?」
突然の状況に、動揺が隠せない。どういうことだ?だって、彼はさっきまであんなに…。
「同情してちょっと可哀想になっちゃった?自分より小さな男の子に、庇護欲でも湧いちゃったのかなあ……宗形さんって草食系に見えて、案外そういうのが好きな変態だったんだね」
「な、……」
今の佐島くんからは、先程までの雰囲気を微塵も感じさせない。むしろ、僕を嘲笑うかのように、冷たい笑みを浮かべている。
「ああ、さっきのは全部嘘だよ。君がそういう趣味を持っているのかなあと思って。いつも僕のチョコレートを食べてくれるお礼に、出血大サービス、ってやつさ」
「…それにしては、迫真の演技だったね?」
僕は遠慮がちに確かめる。顔が強ばっているのが、自分でもわかる。
「僕の見た目上、こういうのが好きなお客様も多いからね。君だって普段の僕なんかよりこういう男の子の方が守ってあげたくなるでしょ?」
彼は飄々とした態度で言う。その、自分のことを全く大切に思っていないような口振りに、胸がちくりと痛んだ。
「…そんなことないよ。僕は作り物なんかじゃない、本物の佐島くんのことをもっと知りたい。本当の君が何を思ってるのか、どんなことを考えてるのか、ちゃんと理解したいんだ……」
「ふぅん…なるほど、宗形さんは冷たくされたり苛められたりする方が好みなんだね。覚えておくよ。」
「………………」
どうしてこんなにも僕の気持ちが伝わらないんだ……。それとも、わかった上で見ないフリをしているのか。
散々酷い目に遭っている気がするのに、その度にどんどん佐島くんのことを知りたくなってしまう。彼の本心は中身の入ったチョコレートみたいに分厚くコーティングされていて、まだ何もわからないけど…。
「じゃあね。そろそろ冷ましていたチョコレートがいい具合だろうし、僕は先にお暇させてもらうよ。」
「えっ、ちょっと……!?」
そう言うと佐島くんは、何事もなかったかのように、颯爽とドアの向こうへと消えていった。
「な、なんだったんだ……」
緊張が解けると共にどっと疲れが来て、ベッドに倒れ込む。そのままゆっくりと、意識が遠のいていった…。