薪割り用の斧を手入れしていた結葵の元に一本の電話が入った。久しぶりの役所からの電話だった。
「もしもし、桐生さんのお宅でしょうか?こちら役所の者ですが。」
「はい、そうです。何かあったんですか?」
「一条さんのお宅で配電盤の故障があったようなので行ってもらえませんか?」
「はい分かりました。すぐに行きます。」
結葵は必要工具をトラックに積んで問題のお宅に向かった。
※ここから先は某リーフォーム番組の音楽を想像してお楽しみ下さい
とある閑静な住宅地に問題を抱えた一件の家があった。匠を迎えたのはその家の主人達。夫、妻、長女の三人構成で最近ここへ引っ越してきたそうだ。そしてその家族に悲劇が訪れた。昼間だというのに部屋の中は薄暗く、しんと静まりかえる家はどこか寂れている。
「どうしたんですか?」
「今朝から勝手にブレーカーが落ちてしまって・・・昨日の雷が原因なんですかね?」
「じゃあ、ちょっと配電盤を見せてもらえますか?」
「ええ、どうぞ。こちらです。」
主人の案内で匠は薄暗い部屋を進む。なぜか匠は配電盤を物色し始めた。そしておもむろにドライバーを取り出すと、なんと配電盤を開け始めたではありませんか。
「あー・・・やっぱりブレーカーが壊れてますね。交換します。」
「それで直るんですか?」
「他には故障が見当たらないので大丈夫かと。」
一度トラックへ戻った匠はなにやら黒い箱状の者を取り出しました。いったい何をしようとしているのでしょうか。
「元のものと違う気がするのですが大丈夫なんですか?」
「同じ規格品のブレーカーなので心配はいりませんよ。」
主人の心配をよそに、匠はブレーカーをあっという間に交換したではありませんか。
「よし、これで直りました。」
なんと言うことでしょう、薄暗く足下が見えにくかった一条家に光が戻ってきたではありませんか。
※茶番にお付き合いいただきありがとうございました。
結葵は一応各部屋を見回り、異常が無いか確認することにした。蛍の部屋以外簡単に確認してリビングに向かうと蛍と蛍の母親がくつろいでいた。
「一応直ったと思います。各部屋もちゃんと電気通ってます。」
「お疲れ様です。あ、お茶飲みますか?」
「じゃあ、いただきます。それと蛍ちゃんの部屋はまだ見てなから確認してくれないかな?」
「そんな、気を遣っていただかなくても・・・。」
「いやいや、女の子の部屋に勝手に入るほどデリカシー無い男じゃないから。ほら、早く行ってきてー。」
「あ、はーい。」
蛍は自室へと戻っていった。リビングに蛍の両親と結葵だけが残る。蛍の父親に紅茶を差し出され、結葵はそれを一口だけすすった。いつも飲んでいるハーブティーではなく、紅茶だった。
「ここに来て大体半年ですよね、どうですか?ここの暮らしは。」
「自然も多くて、皆さんがとても親切でとても良いところですね。」
結葵の質問に蛍の父親が答えた。
「それは良かったです。」
「結葵さん、電気ちゃんとつきました。」
「ありがとう、ご苦労様ー。じゃあぼちぼち失礼します、紅茶ご馳走様でした。」
「また何かあったらお願いしますね。」
一条家に見送られて結葵は車に乗り込む。窓を全開にして風を感じながら家に帰っていった。
「・・・・・・ん?」
自分の家に一台の車が駐まっているのに気がつく。真っ白のランドクルーザーだ。結葵はその車の持ち主を知っていた。
家の中に入ると案の定二人の男女がくつろいでいた。
「あら、お帰りなさいゆうくん。」
「なんだ、車買ったのか。トラックがあるのに姿が無かったから変だと思ったんだ。」
「・・・・・・帰ってくるなら連絡してよ。」
結葵の両親。桐生葵(あおい)、鷹夜(たかや)夫妻だ。
「そうそう、ゆうくんに誕生日プレゼントよ。」
そう言って葵は結葵に綺麗にラッピングされた箱を渡した。
「おーありがとう。開けとも良い?」
「もちろんよ。」
本当は二ヶ月も前に誕生日は過ぎているのだが、こうして祝ってくれるのだからと文句は言わない。包装をはがして箱を空けると黒を基調としたデザインのハーモニカが入っていた。
「・・・・・・なぜにハーモニカ?」
「吹けないことは無いでしょ?小学生の時音楽の授業でやったことあるはずだし。」
「まあ、そうだけどさ・・・うん、ありがとう。大事に使うよ。」
「次私たちが帰ってきたときには吹けるようにしておきなさいよね?」
「・・・頑張ります。」
「さて、折角里帰りをしたんだ。今夜は友人知人を全員呼んでパーティーといこうじゃないか。」
やはりそうきたかと結葵は思った。この夫婦が帰ってきたときは必ずと言っても良いほど、大人数を家に呼ぶからだ。
「えっと・・・準備は誰が?」
「もちろん私たちよ。久しぶりに息子のために手料理くらい食べさせてあげないとね!」
「じゃあ、みんなへお知らせするのは?」
「心配ないよ。結葵が外出している間に話は付けておいたから。」
さすが思い立ったらすぐに行動するのは親子共々同じのようだ。そろそろ五十代に入るというのにこの二人はまだまだ衰える様子が無い。
結局料理の準備はテーブルのだし運びも二人がさっさと終わらせてしまい、結葵は外で斧の手入れをしているだけだった。
「皆さん本日はお集まりいただきありがとうございます。」
「今夜は楽しくいきましょう!」
「・・・・・・乾杯。」
「「かんぱ~い!」」
葵、鷹夜、結葵の順番で乾杯の音頭をとり、食事会が始まった。結局富士宮家、越谷家、宮内家、一条家、そして楓の全員が集まったのであった。流石に全員は家の中に入らないので子供達は外大人達は中という配置になった。
テーブルの上に大きく盛られたそうめん。鰹のたたき。銀鮭のカルパッチョ。ウナギの蒲焼き。焼きトウモロコシ。冷やしたトマト。等々旬の野菜や魚介類であふれていた。どうやらあのランドクルーザーには大量の魚が積まれていたようだ。
「おーすげーウナギだウナギがあるよねーちゃん!」
ウナギの蒲焼きを見た夏海が興奮した様子で飛び跳ねていた。
「はいはい騒がないの夏海。本当に毎度毎度無駄に豪華だよね。結葵ん家って。」
「まあ、こういう催しは好きな家系だから。」
取り皿を人数分持ってきた勇気が苦笑しながら答えた。
「あの・・・本当にお呼ばれしちゃって良かったんですか?」
今回初参加の蛍が遠慮した様子で結葵に聞いた。
「うん俺の両親はさ、帰ってくるたびにこうして何かしらみんなを集めるんだ。たぶん今回は一条家の歓迎会も含めてるんだと思うよ。」
おそらく本人達は全くそんなことは考えてもいないだろうけど。と結葵は心の中で付け加える。
「は、はい・・・ありがとうございます。」
「まあまあそんなに固くならないで、楽しく騒げば良いんだよ。ほら、その鰹は運良く安く手に入ったやつらしいよ。」
結葵蛍の皿に鰹を取り分けて渡した。
「じゃあいただきます。・・・あ、美味しい。」
ただ食べているだけなのに、動きの一つ一つに品があるのはやはり東京育ちだからなのだろうか。と結葵は思った。
「ズルズルズルー、はあ~やっぱ夏はそうめんだね!」
豪快にそうめんをすする夏海を見て疑問は確信へと変わっていった。
「こらーゆうくん。小学生口説いてないで私たちの相手しろ~。」
テラスの手すりに身を乗り出した葵がグラスを片手に結葵を呼ぶ。顔を赤くして俯く蛍に一言断ってから結葵は家の中へ入る。
無邪気な外の世界とは打って変わって家なのかは大人の空間だった。ワイン、日本酒、ビールなど思い思いの飲み物が入ったグラス片手に大人達が談笑している。実際彼らはこれが目的なのであろう。
「さーて、もうゆうくんもお酒が飲める年になったわけですが~。どっちの遺伝が強いのかはっきりさせなきゃね。」
酒に弱い葵はすでに顔が赤くできあがっていた。ちなみに鷹夜は酒に強い。
「ここに来るまで母さんずっとそのことばかり話しててね。よっぽど息子とお酒が飲みたかったんだろうね。」
「ああ・・・そう。」
「ほら結葵の初めてのお相手は葵さんですよ~。飲め~浴びるように飲め~」
日本酒が注がれたグラスを結葵に持たせる。
「・・・じゃあ頂きます。」
結果結葵は酒に強かった。結構度数がきついものでも難なく胃袋に納めていく。
「あの、母さん・・・ちょっと聞きたいんだけどさ。なんでこのみちゃんがここにいるのさ?」
「え~?何でってこのみちゃんもお酒が飲める年だから私が呼んだんだよ~。」
「このみちゃんは未成年です!」
「あはは、大丈夫だよツナギ君。ちゃんとジュースだから。」
そう言ってこのみはブドウジュースの入ったグラスを見せる。
「なら良いんだけどさ・・・あれ?楓ちゃんは?」
「あーさっきれんげちゃんに外に連れられていったよ?なんかバーベキューの火をなっちゃんが消しちゃったみたい。」
「なにやってんだか・・・。」
そして二人で話をすること数十分後。結葵はある異変を感じた。このみの顔が徐々に赤くなり、目つきがとろんとし始めたのだ。まさかと思い結葵はこのみのグラスに鼻を近づける。アルコールの臭いがした。そもそもジュース類は外に置いてあるクーラーボックスに全部入れて置いてあるのだが。しっかり者のこのみだから結葵はそこから持ってきたとばかり思っていた。
「このみちゃん、これどこから持ってきたの?」
「ん~?”お義母さん”が持ってきたんだよ~。」
「けどこのみちゃんのお母さんはワイン飲めないはずじゃ・・・。」
「違うよ~、お母さんじゃなくてお義母さんだよ~。」
言葉にすれば一緒の五文字の言葉が全く違う意味だと言うことに結葵は気がついた。
「こ、このみちゃん・・・ご両親がいるところでそういうことは・・・。」
慌てた結葵は富士宮ご夫妻のいるテーブルを見る。するとこのみの母が涙を流し、それを夫がなだめながら寂しそうな目でこちらを眺めていた。ついでに「やっと・・・やっとこのみがその気になったのね・・・。」という声も聞こえてきた。完全に誤解を受けていた。
「なーにー?”結葵”は嫌なのかな~?」
「嫌とかそういう問題じゃなくて。」
「うぅ・・・ぐす・・・。」
「ちょっ・・・なんでいきなり泣いてるの!?」
突然泣き出したこのみを見て結葵はなお一層取り乱す。
「だって・・・結葵がまじめに話してくれないんだもん。」
「はい?」
「今までだってそう・・・こっちがどれだけ頑張ってるか知らないくせに。」
「えっと・・・ごめんなさい。」
何を言っているのかさっぱり理解できない結葵は何となく謝っていた。
「謝らなくて良いの!結葵は私のこと好き?嫌い?どっちなの?」
「そりゃ十年以上の付き合いなんだから嫌いなわけないでしょ。」
「むー・・・じゃあどれくらい?どれくらい好き?」
しかしその返答は不服だったようでさらに質問を重ねる。しかし徐々に面倒になってきた結葵は逆にこのみに聞いた。
「そう言うこのみちゃんはどうなのさ?」
「そんなの・・・好きに決まってるよ。」
「じゃあどれくらい?」
全く同じ質問の返し方をされてこのみは俯く。また泣いてしまったのかと思った結葵はこのみの顔ののぞき込もうとした。
「えっと、このみちゃ・・・ん!?」
「ん~~~!」
結葵の視界いっぱいに目をつぶったこのみの顔が広がる。最初に感じたのは自分の顔がこのみの両手に捕まっていること。そして唇に感じるのは柔らかく、そして弾力のある感触。最初にキスをされている事実を冷静に観察する自分がいた。結葵の感触を確かめるようにこのみは自身の唇をわずかに動かす。その動作で結葵の血液が一瞬で沸騰し、体中が熱くなる。だんだんと頭がしびれてきて意識がもうろうとし始めたあたりで、息ができてないことに気がつく。このみの肩を掴んで結葵は顔を離した。
「ぷはっ・・・こ、こ、このみちゃん?い、一体何を・・・。」
このみは満足そうに優しく微笑んだ。そのなんとも色気のある表情に結葵の心臓は痛いくらいに暴れ回る。
「これくらい・・・私はこれくらい結葵が好き。」
とどめの一撃とばかりにこのみは結葵に抱きついた。そして甘えるように顔を結葵の胸に擦り寄せる。自分の心臓の音を聞かれまいと結葵はこのみを引きはがそうとするが、彼女がそれを許さない。背中に腕を回して結葵を逃がさないようにする。
「すぅ・・・すぅ・・・。」
そして規則的な呼吸が聞こえてくるのだった。
「た・・・助かった・・・。」
よく分からない汗が結葵の背中にびっしょりとかいていた。大きく深呼吸した後結葵は荒らすだけ荒らして眠ってしまった少女を観察する。幸せそうな表情で静かに寝息を立てていた。よく立ったままで寝られるものだ。
「・・・ったく、ガキ共が外にて助かったな、ユウ?」
声のした方を見ると面白そうなものを見たように笑う楓が立っていた。
「・・・見てた?」
「ああ、それはもう、”おかあさん”から最後まで。」
「見てたなら・・・止めてよ。」
「いやーまさかこんなになるとは思わなかったからさ。まあ、良いんじゃないか?」
そう言って楓は親指で周りを見るようにと合図した。恐る恐る振り返るとさらに号泣する富士宮夫妻。
「これで・・・これでやっと・・・!」
「良かったわね・・・良かったわねあなた。」
着実に外堀から埋まっていく状況に、もう弁解の余地すら無かった。
その横には「愚息ですが末永くよろしくお願いします。」と富士宮夫妻に頭を下げる桐生夫妻。
もう突っ込む気力すら無い。
そして我が子のように祝福する越谷母と後輩の先を越されたと少し落ち込む宮内家長女。驚くような仕草をしつつもこれが東京都は違う文化なのかと納得する一条夫妻。
「誰か・・・助けて下さい。」
唯一の救いは子供達がこの光景を見ていなかったことであろうか。この日結葵は酒の怖さを知ったような気がした。
この物語はフィクションです。未成年の飲酒は法律で禁止されています。
お酒は20歳を過ぎてから。適切な量を心がけましょう。