「それで、ひかげちゃんは風邪を引いてボーリングに参加できなかったと。」
「そうだよ!折角男女でワイワイやるチャンスだったのに!」
まだまだ鬱憤がたまっているらしいひかげは、東京での失敗談を語っていた。
「ボーリングかーしばらく行ってないな~。最後に行ったのは結葵と、楓ちゃんとだったかな?」
「それって2年前のあれか。ユウが最高速出した代わりにピンへし折ったヤツ。」
「そうそう!あれって学校で伝説になってるんだよ。」
「・・・しょうがなかったんだよ。一番重いのでも滅茶苦茶軽かったんだから。」
UMA(夏海)が去ってからだいぶ時間が経っていたが、一向に注文の品が来る気配が無い。
普段の習性からかいつの間にか寝てしまってる。結葵達も話を弾ませながら来る気配が無いことに、異変を感じていた。
「・・・来ないね。」
「もう30分くらい経ったんじゃねーか?」
このみと楓の言葉で、一穂以外の一行は家庭科室に向かった。
「なあ、注文したのか来ない・・・。」
扉を開けた楓は言葉を詰まらせてしまった。それほど教室の空気が淀んでいたからだ。
すっかりやる気のなくなった夏海は椅子に腰掛けてぐでーっとしていて、それをれんげが「なっつんちゃんとやるんー」と叱咤している。
奥の方では肩を落とした小鞠(たぬき仕様)を必死で元気づけようとしている蛍がいた。唯一の頼みの綱であった卓は材料が分からないのか、レシピを見つめたまま硬直していた。
「なんだ・・・このやる気の無さは・・・。注文したのは作ってるのか!?」
「んーいや~それがさ~・・・。レシピ見ても作り方わかんないし・・・こまちゃんもあれでてんやわんやで・・・。」
UMA(夏海)は頭をかきながら決定的な発言をしてしまった。
「まあ、何より・・・喫茶店飽きちゃった。」
その一言で、楓の目から光がすっと消えていった。が、それ以上に怒っている人物が一人。
「夏海ちゃん、良く聞こえなかったからもう一回言ってくれる?」
「あーだからさ、飽きたってさっき言ったじゃん。聞いてなかったのかよーツナギー。」
結葵は近場にあった椅子を持ってきて、夏海の正面に座る。
「残念だなー。俺すっごく楽しみにしてたんだけどなー。」
「だーかーらー、材料あるから適当に作ってって。」
「そう言うことじゃ無いんだよ夏海ちゃん。ひかげちゃんが何で東京からわざわざ、連休でも無いのに来てくれたか分かる?」
夏海も結葵が怒っていることを感じ取ったのか、紙袋を外して姿勢を正した。
「そりゃぁ・・・このみちゃんの強引な勧誘で・・・。」
「うん、確かにそれもあるかもしれないよ。でも、俺は別の理由が大きいんじゃ無いかなって思うんだ。分かる?」
しばらく考えるように俯いたが、夏海は首を横に振った。
「ひかげちゃんは多少天邪鬼なところがあるから、ああ言ってるけど。嬉しかったと思うよ。ひかげちゃんだけじゃなくて、このみも、楓ちゃんも、一穂さんも。みんな楽しみにしてたとおもう。楓ちゃんなんて普段よりもちょっとお洒落だし。」
自分のことを言われた楓は、恥ずかしいのか「ふ、ふん!」とそっぽを向いていた。
「みーんなこの日を楽しみにしてたの。だけど、今さっきの夏海ちゃんの言葉は皆を裏切ったんだよ?」
夏海は結葵の顔を見ずに、ずっと下を向いていた。
「・・・そんなつもりないもん。」
「夏海ちゃん、皆の顔を見てごらん。どんな顔してる?」
夏海は静かに顔を上げて、一人一人の表情を見た後に、また俯いてしまった。
「・・・怒ってる。」
「それ以外には?」
夏海は俯いたまま黙り込んだ。そして次第に小さく肩が震え始めた
「・・・・・・うぅ・・・ひっく・・・。」
ついに耐えきれなかったのだろう、夏海はしゃくり上げていた。しかし、結葵は普段の優しさを押し殺して厳しく接する。
「泣いてちゃ分からないよ。他にはどんな顔をしていた?」
「ひっく・・・みんな・・・残念そう・・・で・・・ぐす・・・悲しい顔・・・で。」
ポロポロとこぼれる涙を手で拭いながら、夏海は答えた。
「それで、夏海ちゃんはどうしたいの?」
肩が震え、嗚咽が邪魔をして上手く声を発することができない。しかし、夏海は懸命に自分の意志を伝えようとした。
「・・・・・・ごめん・・・なさい・・・。もう一回・・・もう一回だけ・・・やり直させて下さい。」
「だってさみんな。もちろんOKだよね?」
結葵の言葉に、このみ達は頷いて答えた。
「よし、じゃあ顔を洗ってらっしゃい。夏海ちゃんは良くも悪くもムードメーカーなんだから。夏海ちゃんが、やる気無かったら皆もやる気をなくすし、明るかったら皆も明るくなるんだから。」
「・・・・・・うん。」
目を制服の袖でこすりながら、夏海は家庭科室を出て行った。しばらくすると、少し目を赤く腫らして帰って来た。
「先輩方、申し訳ありませんした!あと少しだけ待ってて!それとこのみちゃん、作り方教えて!」
「うん、任せて!ほらほら、結葵達は戻った戻った~。」
このみに背中を押されている間、結葵は雰囲気が変わったことを感じていた。
「そう言えばユウが怒ったのって初めてじゃないか?」
「言われてみればそうかも。」
「だよねー、大体いつも夏海を怒るのは駄菓子屋だったもん。いや~びっくりしたな~。」
四人(一人は爆睡中)は夏海によって新たに注がれた水を飲みながら先ほどの光景について話していた。
「あの時ユウが出なかったらいつも通り、夏海をとっちめてただろうな。」
「そうしたら多分文化祭は来年以降やらなくなるよ。折角始めたんだから続けて欲しいじゃん。」
「それはまあ、そうだけどよ。ひかげはどうなんだ?毎年やるとすると、帰ってくるのか?」
「そのために交通費稼げば良いんだし、帰ってくるんじゃないの-?」
その時、良いにおいが廊下から漂ってきた。
「長らくお待たせしました~!」
紙袋を被らずにお盆を持った夏海が入ってきた。それに続くようにこのみたちもぞろぞろと入ってくる。
少しばかり形が崩れていたり、焦げていたりしていたが、確かにお菓子とお茶がそこにはあった。
「お疲れ様このみ。美味しそうだね~。」
「私は作り方を口で教えただけ。みんな一生懸命作ったんだよ。ちなみに結葵のスイートポテトはなっちゃん作。」
「うん、それはすっごく伝わって来る。それじゃあ、一口。」
夏海の視線を感じながら結葵は焦げ目のついたポテトを食べる。
「美味い!」
「美味しいって、良かったね。なっちゃん。」
夏海はほっとした顔をした後に、何かを思い出したように結葵の隣に立った。
「えっと・・・その。ありがとねツナギ・・・さっきは怒ってくれて。」
はずかそうに頬を指でかきながら、礼を言う夏海の頭を結葵はわっしゃわっしゃと撫でた。
「わ、ちょ・・・ちょっとツナギ!やーめーてーってば!」
「流石だね夏海ちゃん。楽しい文化祭ありがとう。」
恥ずかしさと嬉しさで「うぅ~・・・」と小さくうなった後に、夏海は「にしし~」と笑いながらピースサインを見せるのだった。
結果的に文化祭は成功と言っても良いのでないだろうか。
余談だが、最後に結葵が夏海を泣かせた罰として、れんげの”最新のおもちゃ”で償いをさせられた。
「ただいま~はぁ疲れたー。」
「ただいまー。さて、じゃあ夕ご飯作るね。」
「あ、ちょっと待った。昨日すんごい大物が取れたんだ、ほら。」
エプロンを着けるこのみを引き留めて、結葵はクーラーボックスをばかっと開けた。
中には体長1メートルを余裕で超える大きな岩魚が入っていた。
「すっごーい!でもこれ二人じゃ食べきれないよね?・・・あ、切り身にしてなっちゃん家にお裾分けしようか。」
「良いね~今日頑張ったご褒美ってところかな。それなら宮内家と一条家にもお裾分けしないと。」
「そうだね、じゃあ早速始めるよ!」
一方そのころ越谷家では・・・。
「母ちゃん、お願いがあるんだけどさ~。」
「言っておくけど小遣いは先週あげたばかりだからね。」
「違うってば!・・・あのさ、料理教えてよ。」
全く予想外の言葉に雪子は手に持っていた大根を落としてしまった。慌ててそれを広い、夏海のおでこに手を当てる。
「熱は・・・無いわね。まさか・・・今日の文化祭で食中毒に!?」
「違うって!ただ・・・ちょっと興味が湧いてきたからさ。」
「母さんは助かるから嬉しいんだけど・・・アンタすぐ飽きるからねぇ。」
「今回は違うから!だからお願い!」
「分かった。じゃあ、この大根すりおろしてちょうだい。」
小さな変化が起きていた。
夏海は将来気遣い上手の気さくな女の子になっている・・・と良いなと思ってます。