窓ガラスを修理しよう
桐生結葵の一日は朝早くから始まる。
早朝4時に起床した結葵は愛用のツナギに着替えてから暖炉に火を入れて、部屋を暖かくする。そして、コーヒーを煎れて外が明るくなるまで待つ。
空が明るくなり始めた頃、結葵は空のタンクを片手にリエスと山に入る。
しばらく歩いていると、少しずつ水の落ちる音が大きくなる。
結葵の目的地はここの滝だった。まだ日が昇らないのも重なり、滝の周辺はかなり涼しい。
結葵の日課はこうして滝まで水を汲んでくることだった。一応水道は通っているが、結葵はここの水が好きだった。
タンクに水をためている間、リエスは大抵水辺ではしゃいでいる。豪快に水を飲んだり、意味も無く飛び跳ねたり。
「・・・こんなもんかな。よし、帰るぞリエス。」
「ワン!」
元来た道をたどっていると、結葵はあるものを見つけた。特徴的なくくると巻いたような外見を持つ山菜。ぜんまいだ。
味噌汁にするのも良し、おひたしにするのもよし。
「リエス、頼んだ。」
リエスの首輪に下げてある小さなポーチにゼンマイを入れて、また元の道をたどる。
家に戻った結葵は水の入ったタンクを部屋に置いて、リエスに預けたゼンマイを水につけておく。
今度はリードとビニル袋の入った小さな鞄を持って、外に出る。
結葵の手にあるリードを見た瞬間、リエスは少し不満そうな顔をした。
リエスはリードが苦手だった。結葵に近すぎると足に絡むし、遠すぎると首が苦しいからだ。
しかし、これを付けることが散歩のルールなのだから仕方が無い。
しばらく道を歩いていると、塀に寄りかかる人影を見つけた。
「おはよう、このみちゃん。」
「ワンワンワン!」
「おはよーツナギ君。おお、今日も元気だねーリエスー。」
このみと途中で合流するのも日課になりつつある。
頭や顎の下を撫でられているリエスは尻尾の振り加減が三割増しだった。
「そう言えば、ひかげちゃんは無事東京の学校に受かったらしいよ。」
東京の単語を聞いた結葵はとたんに顔を暗くした。
「東京かぁ・・・そうかぁ・・・まあ、ひかげちゃんなら大丈夫だろーなー・・・うん。」
「うん、ずっと東京に憧れてたから大丈夫だよ。」
そんな他愛も無い会話をしながら、朝の日課を終わらせた。
家に帰り結葵はリエスのリードを外してやった。
「くぁ~~~~・・・・・・。」
やっと解放されたと言わんばかりに、リエスは大きくのびをした。
結葵は昨日川で釣ってきた魚を生け簀から捕ってきて、手早く焼き始めた。
水につけてあったゼンマイを使って味噌汁を作る。
「リエスーメシだぞー」
「ワン!」
魚の焼ける良いにおいに釣られたリエスは、すでに自分の食事スペースにきちんと座っていた。
自分の文をテーブルにおいて、エサ皿をリエスの前に置く。
「いただきまーす。」
「がっがっがっがっが」
日差しが入り込む朝のリビングルームに、箸を動かす音と、がっつく音が響いていた。
今日の初仕事は役所からの依頼だった。トラックに乗り込んで役所に向かう。
「おはようございまーす。今日はどんな用件で?」
「分校の廊下の窓ガラスをお願いします。」
「分かりましたー。」
材料を積み、数十分掛けて分校に向かう。
すると、分校の校門前に人影が見えた。
「どうもー、一穂さん。」
「おー、ツナギー早速だけどよろしくー。」
「一穂さんは良いんですか?こんなところにいて。」
「次の時間は体育だからねー、張り切る人がいるから大丈夫だよー。」
ポニーテールの生徒を思い浮かべながら結葵はトラックを敷地に入れる。
トラックから降りて様子を見ていると、廊下側の窓にぽっかり空いた穴を見つけた。おそらくボールでぶつけたのだろう。
「あれー、つなぎじゃん。どうしたの-?」
そのあなからひょっこりと夏海が顔を覗かせた。
「窓の修理に来たんだよ。ま、大方お前がボール遊びで割ったんだろうけど。」
「あっはははは・・・・・・すいません。」
案の定夏海が割ったらしかった。
「どうせ昨日たっぷりと絞られたんだろ?俺からは何も言わない。」
「あざっす!」
すると教室から見慣れない顔が現れた。
そこら辺の大人と一緒にいても分からないほど大人びだ外見に、どこか上品さを感じる綺麗な少女だった。
「夏海ちゃん、この子は新しく来た子?」
「うん、そだよー。名前はほたるん。」
夏海が少女の背中を押して結葵の前に立たせる。いきなり見知らぬ男の前に押し出されたのか少女は少し動揺していた。
「あ、あの・・・夏海さん。この人は?」
「初めまして。桐生結葵です。ここの卒業生で現在山に住んでいます。」
できるだけ丁寧に挨拶をして結葵は頭を下げた。それを見て少女も慌ててお辞儀をした。
「い、一条蛍です。東京から引っ越してきました。よ、よろしくお願いします!」
「君は・・・小学生?」
「はい、五年生です。」
結葵は最近の小学生の発育の良さに驚愕した。
「ふーん・・・ほら、作業を始めるから離れて。」
結葵の言葉に従い二人は教室に戻って行った。
「おーいつなぎー、ちょっと来てよー!」
窓の張り替えを終えて、トラックに戻ろうとしたところ、
夏海に呼び止められた。声のする方を見ると夏海、小鞠、蛍、れんげがいた。
「どうしたの?何かあった?」
「ほたるんにここの案内をしようと思ってさー、今度の日曜日にツナギの家に行って良い?」
「別に構わないけど、何も無いよ?」
「良いんだよ。たぶんほたるんにとっては刺激になるから。」
「なんじゃそりゃ・・・まあ良いや。じゃあ日曜は山に行かないようにするよ。」
結葵のその言葉ですでに驚く蛍であった。
役所に報告した後、結葵はその足で駄菓子屋に向かった。
何とか邪魔にならないようにトラックを止めて、駄菓子屋に入る。
結葵の顔を見た楓は退屈そうな顔を一変させて、嬉しそうな表情をした。
「いらっしゃーい、ラムネ飲む?」
「うん、もらうよ。」
百円を楓に渡して、ラムネを受け取る。一度路肩に出てラムネの栓を開ける。
「ごく・・・ふう~、そう言えばさ、山菜取ってきたんだけど食べる?」
「お、食べる食べる。」
結葵はトラックから山菜がたくさん入ったかごを抱えて持ってきた。
「ほら、昨日取ってきたばかり。」
「さんきゅー。そうだ、昼飯食ってく?」
「うん、じゃあご馳走になるわ。」
楓は山菜料理が上手い、しかし取りに行くのが面倒なので味を占めた結葵が定期的に山菜を持ち込んでいる。
「そう言えばさ、ユウはあのトラックしか車ないの?」
「まあ、そうだね。」
トラックは仕事の依頼の時には便利だが、街乗りにはとても不便であった。
「私がバイクを買った店の近くにさ、中古車売ってる店があったんだけど連れて行こうか?」
「いやいや、そこまでしてくれなくても。場所だけ教えてくれれば自分で行くよ?」
「連・れ・て・行・こ・う・か?」
「・・・・・・お願いします。」
「よし、じゃあ明日にでも行こうか。」
家に帰ってきた結葵は物置からチェーンソーを持ってきた。薪が減ってきたのでこれから作るのだ。
薪の材料となる乾燥させた丸太を担いで、地面に並べた。
チェーンソーのエンジンを作動させて、丸太を等分に切り分けていく。
三本分ほど切り分けて、チェーンソーをしまう。そして今度は斧を持ってきた。
切り株の上に切った丸太を置く。
「せー・・・っの!」
パカン!
気持ちのいい音が響いた。切るときに肩を入れるようにするのがコツだ。
次々と薪を作っていく。結葵のかけ声と、小気味のいい音が響いていた。
一通り今日のやることを終わらせた結葵はハンモックで、時間を潰していた。
晴れた日の午後は大抵こうして、日が傾くまで過ごすのがお決まりだった。まあ、雨が降っても場所が自室に変わるだけなのだが。
リエスも結葵の近くの日陰で昼寝をしていた。
「そういえば最近鹿食べてないな。」
今年鳥獣の猟に関する法案が改正されて20から許可が降りるようになった。
そのおかげで暫く我慢すると思っていた鹿肉が、また食べられるようになった訳だ。
「このみちゃんも、待ち遠しいだろうなー。」
明日は楓と出かける予定があるので、結葵は明後日捕まえに行くことにした。