せいしゅんびより   作:skav

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車を取りに行った

週が明けて今日は納車の日だ。約束を果たすために結葵は楓を連れて店に訪れた。

「改めて見ても古いですね、この車。」

「ですが走行距離は2万キロも無いですから、その手のマニアの方なら泣いて喜びますよ。」

その手のマニアでは無い結葵は、後部座席が狭いことや、ハイオクガソリンを使わないといけない事が少し不満だった。

小さい車体で前輪駆動だったからと言う理由だけで購入を決めたのだった。

「ちなみに私はその手のマニアですよ。」

「じゃあ店員さん、あなたが所有してた方が良いのでは?」

「残念ながら私はもう妻子持ちでして・・・好きな車にも乗れない身分です。それに町中で乗り回すにはこの車はもったいない。大きい声で言うことでは無いのですが、信号の無い山道で思い切り運転してください。」

確かに大きな声で言うべきでは無い言葉に結葵は苦笑した。

「それではもう行きますよ。」

「はい、ありがとうございましたー!」

楓を助手席に乗せて結葵は車を慎重に走らせた。トラックと違い1トンを切る車体のため非常に軽く感じた。

「なんか変な店員だったな。」

「そうだね。まあ、こんな古い車とばしたってたいしたことないだろうけど。」

「ユウはこの後の予定はあるのか?」

「いや別に何も無いけど、何かあるの?」

楓は結葵のつなぎ服を指さして言った。

「折角街まで来たんだ、服でも買おうと思ってね。ついでにユウのその格好も何とかする。」

「俺は別につなぎ服でも気にしないけど・・・。」

「ダメだ。ユウが良くても私が恥ずかしいんだよ。」

「・・・お金無い。」

「せめてズボンとシャツくらい買え。それならたいして金は掛からないだろ。」

楓のいつになく譲らない言い方に、結葵は従うしか無かった。

 

 

 

 

近場のショッピングモールに来た二人は真っ先に、男物の服屋に入った。

「ほら、とりあえずこれ着てみろ。」

「・・・・・・はい。」

中学生の母親のごとく楓の選んだ服を持って言われるまま試着室で着替えた。

「着替えたよー。」

結葵はカーテンを開けて楓に見せた。すると楓は少し驚いた様な顔をしていた。

「服変えるだけで随分印象が違うな。」

「えっと・・・似合う?」

「ああ、格好いいな。」

安心した結葵は着替え直すために試着室に戻ろうとしたが、楓に引き留められた。

「何のために服買ったと思ってるんだよ。着替えちゃ意味ないだろ、そのままでいろよ。」

「分かりましたよー・・・それでちょっと聞きたいんだけどさ。」

「なんだよ?」

「何で俺の服のサイズ知ってるの?」

普段はつなぎ服で分からないが、山暮らしの結葵は結構な筋肉量をしている。

なので身長で合わせると胸筋やら腕の筋肉やらがぴっちりとして邪魔くさいのだ。だから少し大きめの服を結葵は好んでいるのだが。なぜか楓は結葵の好みのサイズ丁度だった。

楓は何も言わずに結葵から視線を外す。

「気にすんなよそんな細けーこと。それよりも他に気に入った服とかあるか?」

そんなことを聞くが楓は一切金を払う気は無い。

「そういうのよく分からないんだけど・・・。」

「しょーがねーな、じゃあ私が勝手に選ぶぞ。」

仕方が無い風を装って内心とても喜んでいる楓だった。好きな異性を自分の好みに変えられるのだ、嬉しくないわけが無い。

 

 

 

「結局全部楓ちゃんセレクトだったね。」

「ユウが好きにして良いって言ったんだろ。・・・もしかして嫌だったか?」

「そんなこと無いよ。俺一人だったらどうにもならなかったからさ。ありがとう。」

お礼を言われた楓は少し頬を赤くして、車内の窓から外を眺めた。

「ど、どういたしまして。」

信号の多い大通りはとっくに姿を消し、対向車が一台もすれ違うことが無い森の道を進んでいた。道路沿いには桜が連なるように植えてあり、丁度満開のシーズンのようだ。

両脇から空を覆うように咲かせる桜は、まるでトンネルのようであった。

結葵の車はグラストップ、つまり天井の一部がガラスでできているので桜のトンネルが一望できた。

「すげーな・・・本当に桜のトンネルみてーだ。」

「上を見られないのがこんなにもどかしいなんて・・・。」

悔しそうな結葵はついアクセルペダルに力を込めてしまった。タコメーターが6000回転を超えた瞬間排気音が変わった。そしてようやく回してくれたと言ったように、鋭く加速をした。もっと踏めと車が求めるように甲高い音がエンジンから発せられる。

我に返った結葵は慌ててアクセルペダルを戻して加速を止める。結葵は店員が言っていたことの意味がやっと分かったような気がした。

「どうしたんだよユウ、いきなり踏んだら危ないだろ?」

「ごめん、ちょっと足に力が入っちゃって。」

「ったく、ガキみてーな顔しやがって。」

そうまるで、先ほどの結葵はまるで新しい遊びを覚えた子供の様な顔をしていたのだった。

「・・・すいません。」

「ま、まあ私は好きだけどな。ユウのそーゆーこと。」

「俺も楓ちゃんの根は優しいところ、好きですよー。」

恥ずかしげも無くそう言って見せるのが結葵の良いところでもあり、悪いところでもあった。楓にとってはかなりそれこそ加速する心臓をどうにか押さえつけて紡いだ言葉なのに、結葵はそれと同等の言葉を簡単に放ってしまうのだ。

「ったく、どんだけこっちが苦労してると思ってんだ。」

「何か言ったー?」

「別に何でもねーよ。」

「そう言えば昨日最近転校してきた子が遊びに来てねー。あ、越谷姉妹とこのみちゃんもね。」

ちょっと引っかかる人の名前があったがとりあえず楓はスルーする。

「ふーん、それで?」

「山とか川でで食材取ってきてもらったり、鹿肉とイノシシ肉をご馳走したんだ。」

「そりゃあ楽しそうだな。」

「うん、蛍ちゃんも楽しそうで良かったよ。やっぱり都会っ子には新鮮だったみたいだね。」

「特にユウの生活は地元民の中でも特徴的だからな・・・。」

一応電気もガスも水も通っいるが、今では考えられないほとんど自給自足の生活だ。

雨が降ったら一日中家の中で本を読んだり、ハンモックを編んだり、刃物を研いだりラジオを聞いたりと自由気ままな生活を送っている。結葵のモットーは退屈を満喫すること。

何もすることが無いからつまらないのでは無く、何もしないことを楽しむのだ。

そんなことだから東京で病気になるんだと以前このみが笑って言っていた。何かに急かされているような、何かに生かされているような感覚がする都会。今は本当に帰って来て良かったと思うばかりだ。

「この町が気に入ってくれれば良いんだけどねー。」

「・・・まあな。」

桜のトンネルを抜け、本物のトンネルを抜けるともうすぐ自分達の街だ。

 

 

 

「楓ちゃん、少し相談があるのでございますよ。」

「なんだよ?」

夕食を楓にご馳走になっているとき、結葵が口を開いた。

楓は食後のお茶とみかんを置いてから、結葵にむき直す。

「最近このみちゃんの様子がおかしいんだよ。」

「ふーん、具体的に言うと?」

「何て言うか。こう・・・必死というか、急いでいると言うか。とにかくそんな感じ。」

その原因が結葵自身であるということを楓は分かっている。彼女はただ口元を緩めながら、お茶をすする。

そしてこのみもやっと積極的になってきたかと、心の中で呟く。

「それでユウは嫌なのか?」

「別に・・・嫌じゃ無いんだけどさ。ちょっと・・・ね。」

楓は結葵の言わんとしていることを正確に感じ取った。つまりこのみが積極的になりすぎて結葵は困惑しているのだ。いままでよりも一歩踏み込んでくるので、距離の取り方に戸惑っているようだった。

「だったらユウ次第だろ。受け入れるのも良し。距離を置くのも良し。」

ただし、と楓は一度話を止めてからこう言った。

「このみを泣かしたらお前を鳴かすからな。」

楓は鋭い目つきで睨んだ。結葵は今まで出会ったどんな野生動物よりも今の楓が怖く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・とまあこんなの事があったんだけどさ。』

夜中の富士宮家に一本の電話が掛かってきた。電話の主は楓で、今日一日のこと細かくこのみに報告した。色々聞きたいことが多すぎるので順を追って聞くことにした。

「えっと、ツナギ君車買ったの?それで助手席に座ったの!?」

結葵が車を買ったことよりも、楓がその助手席に乗ったことの方が重要のようだ。

『ああ、楽しそうに運転してたぜ。』

「ずるい~・・・私が勉強している間に~」

『それはそうとこのみ。お前最近積極的になったなー、ユウのヤツ困ってたぞ?』

「・・・・・・え?」

困っていると言う単語に少し冷や汗を流すこのみ。心なしか声がうわずっていた。

「困ってたって、なんで?やっぱり私押しが強すぎたかな?ツナギ君どん引き?」

『だぁぁ~落ち着け!別に困ってるだけだから大丈夫だっつーの。・・・で、お前ユウに何したんだ?』

なんだかんだ言って楓も気になるのだった。

「うーん・・・二人でバーベキュー?」

『そのときに何かやったんだな?』

「・・・・・・うん。」

さすがに間接キスや事故で指を舐めた事は言えなかった。

『まあ、休日しか会えないからな。焦る気持ちは分からないでも無いがな。』

「良いな~毎日会える人は・・・。」

『そんなこと言って毎朝会ってるだろ?むしろ回数だったらこのみの方が上だ。』

「そうだけど・・・平日の二食は楓ちゃんが作ってるんでしょ?」

『毎日じゃないけど・・・まあ、ほとんど毎日だな。』

回数ではこのみが優勢、一緒にいる時間は楓が優勢と言ったところか。どちらが良いとははっきりとは言えない。隣の芝生は青く見えるものなのだから。

「あ、そうだ。今度の土日はツナギ君の家にお泊まりしようよ!」

『ふふ、突然だなーこのみ。だけど悪くないな。どうせならアポなし訪問といこうぜ?』

「良いね~じゃあ朝ご飯食べた後に私の家に来てよ。」

『ああ、分かった。』

 

 

さっきまで不安そうな顔をしていたのに、もう楽しそうな表情を浮かべているこのみだった。

 

 

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