リーファちゃんと結婚したい   作:あうちっち

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第1話

 ファニーは存分にALO《アルヴへイム・オンライン》の仮想現実を楽しんでいた。かつて誰しもが憧れたファンタジーの世界は、刺激に満ち溢れていながらもどこか懐かしい。空を舞う妖精、広大な大地、そびえ立つ世界樹、闇で蠢くモンスターの息遣い。この世界の全て味わうには、それこそ何年、いや、それ以上の時間が必要なのではないかと思わせた。

 

 ゲームを始めるにあたり、ファニーの選択した種族はケットシーだ。基本的にランダムで作られるキャラクターの姿は、まさしく第二の自分である。ファニーの毛並みは白い。そして対照に肌は浅黒かった。頭の上にはちゃんと猫らしい耳がある。顔立ちは、見るものによってはギリギリ美男と言えなくもない。しかし、目元が少し垂れ下がっていて、なんだか間抜けくさい気もする。でもいいさ。ファニーは思った。完璧な奴なんていない。

 

 ALOにはケットシーの他にも様々な妖精がいる。サラマンダー、シルフ、ウンディーネ、スプリガン、レプラコーン、インプ、ノーム、プーカ……

 思い浮かべるだけでウンザリする。とにかく沢山いるのだ。

 

 彼らはそれぞれ自らの領地を持ち、基本的にはお互いが敵対関係にある。

 妖精が登場するファンシーなオンラインゲームと思いきや、プレイヤー同士で殺し合うのが前提となっているハードなゲーム。それがALOだ。

 

 そんな中でファニーの立ち位置は少し特殊だ。どこの国にも所属していない流れ者なのだ。彼からしてみれば、なぜゲームの中にまで来て集団や境界なんてわずらしい物に縛られてなくちゃいけないんだといった感じだ。しかし、なんの後ろ盾もないプレイヤーはしょっちゅうプレイヤーキルに会う。せっかく稼いだ金がパァになることなんてザラだ。ファニーはそれも含めて自らのスタンスを受け入れていた。所詮ゲームなんだ。死んだところで実際に命が奪われるわけでもないし、金はまた集めればいい。ようはどれだけこの世界を楽しめるか、それだけだ。

 

 ファニーは背中にある羽で空を飛んでいた。飛行システム。それもまたALOの特徴の一つである。中でも補助スティックなしで飛ぶ行為《随意飛行》はごく限られたプレイヤーしか行えない。なぜならとても難しいから。それができるファニーは少なからず得意に思っていた。自らの翼で宙を舞うのはリアルでは味わえない感覚だ。

 

 ごうと耳もとで唸る風。夜の匂い。眼下の森が凄まじい勢いで後ろに流れ、空を見上げると重い月が純白の光を放っていた。

 

 ファニーはどんどんハイになっていって、しまいには夜空を背景に宙返りを決めてみせた。内臓がひっくり返って、ついでに世界が回る。ヒャッホー。

 

 しかしこの時、彼は飛行の制限時間をすっかり失念していた。突然(彼にとってはそう感じた)、推力を生み出していた羽がフッと魔法のように消える。

 

「嘘でしょ?」

 

嘘ではなかった。羽を失った彼は、真っ逆さまに大地へ落ちていった。

 

「あああああ!」

 

彼は己の愚かさを呪うような絶叫を上げた。その表情ときたら、《堕ちる男》というテーマで絵が描けそうな具合だった。

 

 森が急速に近づいてきて、木々の一本一本がはっきり見える。このままでは大地にキスしてゲームオーバーだ。さらば経験値。ファニーはギュッと目を閉じた。

 

 その時、ファニーは柔らかい何かに抱き留められ、再び宙に浮いた。彼を救ったのはシルフの少女だ。シルフは妖精随一のスピードを誇る種族だった。彼が落下するのを見て咄嗟に助けに来てくれたのだろう。その緑に輝く瞳が呆れたようにファニーを見つめている。

 

「君さぁ、飛行制限も知らないの? もうちょっとで死んじゃうとこだったんだから。気をつけなよね」

 

 彼女の声は初対面なのに親しみを感じさせる。こういう女子がクラスに一人はいるな、とファニーは思った。だいたいスポーツが得意だ。しかも誰とでも仲良く話せてしまうのだ。

 彼女は髪は綺麗な金色だった。後ろで高く結ばれたそれが、月光に反射して幻想的に美しかった。黙ったままのファニーに彼女は眉を潜めた。その眉毛は女性の平均値よりちょっと太めだ。

 

「ちょっと、聞いてる?」

 

 咎めるような口調。それさえもファニーの耳には心地よく響いた。彼女から目が離せなくなる。

 

「しゅきです。結婚してくだしゃい」

 

 それに対する彼女の答えはこうだ。

 

「ハァ?」

 

 

 

 

 

 

 彼女の名はリーファというらしい。おそらくだがリーフからとったものと思われる。彼女らしい素敵な名前だ。

 

「はいはい、誰にでも言ってるんでしょ?」

 

 そんなことはない。現に、ALOで話したのは彼女が随分と久しぶりの相手だった。そもそも他の誰かと彼女を比較することなんてできやしない。彼女は特別だ。My sweet love なのだ。

 

 それを証明するために、ファニーはリーファに抱きついた。

 

「君が好きだ!」

「! ちょっと、何すんのよ!」

 

 彼女は激しく彼を拒んだ。

 ここで《激しく》という部分をもっと具体的にする必要がある。

 彼女はまずキスしようとしたファニーの顎に掌底を叩き込んだ。そして腰を捻りながら鳩尾に正拳突き。彼は苦しみのあまり体をくの字に折った。しかし、リーファの制裁はこれで終わりではなかった。折れ曲がった彼の胴体に背中を滑り込ませ、オリンピックもかくやと思わせる見事な一本背負いを敢行したのだ。

 

「……お爺ちゃん。空手と柔道も教えてくれてありがとう」

 

 リーファはそう呟いた。

 

 大地へ叩きつけられたファニーはHPが半分も減った。だが、驚くべきところはそこではない。大きく揺れる彼女の胸のボリュームだ。

 先ほど抱き留められた時にも気づいていたが、彼女のそれは女性の平均を大きく上回る。美しい稜線を描く谷間は男の桃源郷と言っても過言じゃない。

 

 ファニーの視線がどこに集中しているか察したリーファは、開いた胸元を隠しながら羞恥に顔を赤くした。その様子がまだどうしようもなく愛らしい。

 

「〜〜どこを見てんのよ。変態!」

 

 彼女はそう言って大きく後ずさった。

 ファニーはゆっくりと、ゾンビのように立ち上がりながら、垂れ流しにしていた鼻血を拭いた。

 

「君になら、暴力を振るわれることも、罵られることも苦ではない。いや、むしろもっとやってくれ!」

 

 ファニーは金色の目をカッと見開いて、両腕を広げながら言った。

 リーファは彼のオーラに影響されたようにのけ反る。

 

「とんでもないやつを拾っちゃった!?」

 

 彼女はここ数分の出来事を全力で後悔しているようだった。

 ファニーはそんなことでは挫けない。逆に、そんな脆弱な精神構造ならここまで大胆な行動をとることは出来なかっただろう。彼は当然のように女性経験が豊富ではない。いや、ゼロというべきだ。だからこそ小細工を用いずに正面突破が最も有効な手段だ。少なくとも彼はそのように考えていた。

 

「もう一度言う。俺と結婚してくれ!」

「全力でお断りだー!!」

 

 彼女はそう言って空に飛び立っていった。大きな月を背景にし、羽を広げる彼女はやはり綺麗だ。蛍がちらちらと舞う森で、ファニーはその姿を見つめていた。

 

 ファニーは自分がこんなにも浮ついた心境でいることに感動していた。なんとなく学校に馴染めない生徒でもあるファニーは、クラスメイトに訪れているような青春とは当然無縁のものとばかりと思っていた。しかし、それはある日突然やってくるものだ。VRゲームの中というのが少々意外ではあったが。とにかく、当分はこの興味深い暴走を止める気はなかった。

 

 ファニーは翼のクールタイムが終わるのを待ってまた空を飛んだ。飛行の快感はファニーの浮き立った心をさらに忙しなくさせた。そして彼女のことをもう一度考えた。凛とした横顔。エメラルドグリーンの瞳と美しい金髪。おっぱい。うん、結婚したい。

 

 その為には、もっと彼女を知る必要がある。

 

 彼は器用に空中であぐらをかきながら、数少ないフレンドに片っ端からメールを送り、彼女についての情報を募った。すると、リーファというプレイヤーは中々に有名人だということが分かった。それは彼女がシルフでも五本指に入る剣豪だという事実に起因する。

 有名人なら尚のこと、彼女の所属しているギルドや拠点はすぐに分かった。

 

 彼は上機嫌に口笛を吹きながらアルヴへイムの空を飛ぶ。

 目指す先は言うまでもなかった。

 

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