だからぼくたちは勉強し続ける   作:でいななし

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問3、[x]=バカ

学園室を後にすると、少し歩いたところに緒方と古橋がいた。どうやら成幸を待っていたらしい。

 

3人は場所を変えてら話すことにした。

 

「改めて……これから二人の『教育係』になった、唯我成幸だ。よろしく」

 

「よろしくねー! でも急に『教育係』なんて言われて迷惑じゃない?」

「……どうせすぐにあなたも私達を見捨ててたらい回すに決まっています」

 

「ん……? たらい回す? 『教育係』は俺の他にも居たのか?」

 

「はい。『教育係』はあなたで7人目。勿論生徒では初めてですが……。あなたも例外ではないでしょう」

 

緒方はじとっとした目で成幸を見る。どうやら『教育係』をあまり信用していないらしい。

 

(ま、これまで6人も『教育係』が変わったなら仕方ないか……。古橋はまだ諦めた様子はないが……)

 

むしろ『みすてるの?』『たらいまわすの?』という無垢な視線を感じるほどだ。

 

「俺も推薦が掛かってるんだ。そう簡単に諦めたりしない」

 

「ほんと!? でもいいのかなぁ、学校の実績と保身のためなのに……あ、一応言質取っとくね!」

 

「しれっと言質取っとる……」

 

(わざわざ言質取るとは、古橋も緒方と同じくらい『教育係』を信用してないっぽいな……。それに明るい雰囲気の割に言動が辛辣なんだよなぁ。実績と保身て)

 

「というか……そもそも、お前たちの志望大学ってのはどこなんだ?」

 

(この二人はそれぞれ突出した得意分野がある。わざわざ俺が『教育係』をするまでもないはずだが……)

 

「まだ志望校は絞り切っていませんが……」

 

緒方の前置きの後、二人は息を揃えて言った。

 

「文系の大学に(緒方(超理系の人))」

「理系の大学に(古橋(超文系の人))」

 

「ふーん……そうか、意外っちゃ意外だな」

 

「思ったよりも反応が薄いですね。他の『先生』はもっと驚いていましたが」

 

「2年の終わり頃、文理選択の頃に進路担当の先生が何度も言ってただろ? 『数学が嫌だから文系に行くってのはやめなさい』『例え苦手でも自分がやりたい方を選びなさい』ってな。だから別に驚くほどのことでもねーよ」

 

「………」

「………」

 

(いや驚くよ! 何で二人してそんな得意科目捨てちゃうわけ!? いや捨てるってのは言い過ぎだけど、得意科目で挑めばお前らなら大学なんて選び放題だろ!)

 

成幸は驚き過ぎるあまり、1周回って冷静になっていた。

 

(だが、文系科目が得意であることと理系科目が苦手であることは必ずしもセットではない。そうだな……)

 

「とりあえず、今の二人の実力が知りたい。この時期早いとは思うが……センターの過去問、解いてみてくれないか。あ、1番昔の年度のな」

 

「はい、かまいません」

「よーし! がんばるぞ!」

 

(おっ、思ったよりも自信ありげだな)

 

「では……始め!」

 

バッ、と問題を解き進める二人から目を離し、成幸は自分の『教育係』としての意味を考え始めた。

 

(あの自信からして、恐らく二人とも平均以上は確実にあるはずだ。偏差値50……いや、あの自信だと53はあるな。でもそれくらいなら『教育係』に頼らずとも、自学自習、自分の努力で何とかなるはずだ。あと1年近くもあるんだしな。なら何で……)

 

成幸は考える。

 

(お目付役とか? いや、いくら生徒想いの学園長とはいえ、同じ受験生をお目付役に任命するはずがない。『教育係』というからには、はやり『教育』……勉強を教えることが役割のはず。じゃあーー難関大を目指してるとか? ありえるな。特に偏差値60オーバーの旧帝国大学レベルともなると、この時期の全統模試で偏差値50後半……58くらいはないと、かなりの努力が必要になってくる)

 

全統模試で偏差値60近くあれば十分じゃないのかと思う人もいるかもしれない。しかし、それは違う。

特に二年までの偏差値と三年からの偏差値では大きな隔たりがある。それは何かーー浪人生の存在である。彼らは既に1年戦い抜いた者達であり、当然現役生とは実力が違う。

 

三年になったら急に偏差値が下がったのなら、それは浪人生の存在が理由だろう。逆に三年になっても偏差値が変わらなかったというのなら、それは良い事だ。

 

だが……それは全統模試での話。難関大を目指す人にとって、全統模試はやや易しい場合がある。難しい時もあるにはあるが、やはり難関大に特化した試験ーーオープン模試などに比べると簡単だ。

 

特に、二次対策が足りていない現役生にとっての最初の鬼門。それがオープン模試だ。偏差値はがくんと下がると見ていい。勿論人によるが、場合によっては全統模試偏差値60の人がオープン模試では偏差値40台……そんな話はよく聞く。

 

(緒方と古橋が今偏差値53くらいで、しかも難関大を目指すなら……もうこの時期から基礎を叩き直す必要がある。夏までに基礎を叩き直し、夏にしっかりと二次対策、秋頃からセンター対策にシフトし、10月後半から……11月にはもうセンターだけに集中。センター試験後の1ヶ月で二次の勘を取り戻しつつ、過去問で時間配分などの調整、苦手分野の点検、暗記の確認……。ざっと考えてこんな感じか)

 

(こうして考えれば分かることだけど、案外二次試験対策に回せる時間はない。センターで3ヶ月近く取られる。遅くとも7月中旬までに基礎を固めるとして、2月の末に前期試験であることと、今が4月中旬であることを踏まえると……二次対策に集中できる時間は実質5ヶ月程度。長くても6ヶ月……半年だ)

 

(半年しかないからといって、基礎固めを疎かにはできない。基礎がなってないのに二次の過去問を解いたところで意味はない。過去問研究もロクにできないだろう。……『教育係』としての役割は、ただ教えるだけじゃなく、適切なスケジュールや勉強方法などを教えることにありそうだな……。この二人、得意科目とかでテスト対策とかしたことなさそうだし、計画的に勉強するの苦手そうだしな)

 

(なるほど、大体読めてきた。先任の『先生』達が匙を投げた理由はここにある。恐らく古橋と緒方の両人は他人の作った勉強スケジュールに従わないタイプだ。天才故の頑固さだろうな)

 

(それにさっき古橋は『学校の実績と保身のため』と言っていた。実績ーー即ち、天才達が難関大に合格すること。保身ーー即ち、天才達が間違ってもレベルの低い大学へ行かないようにすること。二人は多分、得意科目で圧倒的にできているために、得意でない科目も自力で何とかなると思っている)

 

(勿論、この世のほとんどの受験生は自力で何とかしているし、それはこの二人についても例外ではないかもしれない。だが、学園長とて不安なんだろう。何せ二人は天才としてあまりに有名になってしまった)

 

(特別VIP推薦の俺に『教育係』の話を振ったのは、俺が計画的に勉強し、全教科の成績が秀でていることから、文系理系それぞれを難関大を目指す二人を同時にサポートしていけると判断したから。今まで教師が『教育係』をしていたのに7人目になって生徒を起用したのは、教師は自分が担当する科目は教えられるが、その他は上手く教えられないから)

 

(なら『教育係』の教師を増やせばいいと思うんだけど、流石に教師とて忙しい身。放課後の部活の顧問などもある。時間的余裕はないだろう)

 

(だからこそ、同じ生徒である俺を起用した。俺は部活に所属していないし、同じ生徒ということで休日など学校以外でも会える。サポートできる時間が桁違いだ)

 

(そしてーー二人を難関大に合格させるということは、俺も難関大に合格できるレベルでなければならない。故にーー特別VIP推薦による大学進学にかかる学費免除。塾などにバンバン通い、参考書などもバンバン買って、二人に最適なスケジュールを組めという意図でもあるはずだ)

 

(それと同時に、特別VIP推薦を貰ったのなら難関大に行け、ということでもある。特別VIP推薦を貰ったからといって怠けるつもりは無かったが、より一層身が引き締まる思いだ)

 

(つまり……言い換えれば、学園長は俺を媒体として、実質的に緒方と古橋に特別VIP推薦による恩恵を与えるつもりだ。流石に塾などは無理だろうけど、参考書なら俺が買い、中身を吟味し、良い参考書を使って二人の勉強スケジュールを組む……)

 

(いくら『教育係』とはいえ、一介の教師がこんなことをするのは良くないだろう。生徒に物を買い与えていることになるのだから。だが、『教育係』が対等な生徒であることと、学費免除による実質的な教材の無償化によって、その問題は解決された)

 

(結果として、俺が多少苦労する程度のことでしかない。しかしその苦労にも学費免除という十分な報酬があるため、問題にならない。……学園長先生はここまで考えていたのか……?)

 

(この『教育係』の理想形は、緒方、古橋、そして俺が全員難関大に合格すること。そうすれば学校も実績と保身を確保でき、俺達も志望校合格で皆ハッピー。誰も損をせず、誰もが得をする……完璧としか言いようがない)

 

(最初は脅されたのかと思ったが……俺のためにもなるのなら話は別だ。元々エロ本の件を誤魔化すためにもやる気はあったが、更にやる気が出てきた!)

 

学園長の意図を完全に理解した成幸は、長いこと考え込んでいたことにようやく気付いた。

ストップウォッチを見ると、残り2分だった。

 

(おっと……もうこんな時間か。さて、ではお手並拝見といこうか!)

 

成幸はまず、高橋の解答用紙を見る。

……おやぁ? 何故かほとんど空欄ばかりであった。

 

「おいおい古橋。答えを解答欄に写し損ねてるぞ。それも初めっから。もう残り2分を切ってるんだ。早く写さないと間に合わないぞ」

 

「………」

 

「おいおい緒方、お前もか? 途中から白紙じゃないか。仕方ないなぁ。時間やるから、ちゃんと答えを書き写しておけよ。答え合わせはそれからでいい」

 

「………」

 

「ったく、これが本番だったらどうするつもりだ? 後悔どころじゃ済まないぞ。緒方は半分、古橋に至ってはほぼ全滅だ。こんなの本番でやったら死にたくなるぞ? いやマジで」

 

「「………」」

 

「お前ら、もしかして答えを解答欄に書くのを最後にするタイプか? それはやめておけ、せめて大問ごとには書き写すべきだ。今まではそれで何とかなってきかもしれないけどな、今みたいに盛大にやらかすことがあったら嫌だろ? 3年くらいは引き摺るからな。いやマジで」

 

「「…………………」」

 

「あー……いや、ごめん。言い過ぎた。でも本当に気を付けてくれ。後悔先に立たず、だ。こんな凡ミスで自分の実力を発揮できなかったーーなんて、そんなのつら過ぎる」

 

「……そうですね、確かにつらいです」

 

「だろ?」

 

「……でも、これが私達の実力だよ、唯我君」

 

「凡ミスも実力の内ってか? まぁ本番じゃそうかもしれないし、気を付けて欲しいけど、今は凡ミス抜きの実力が知りたいんだ。だから机に突っ伏してないで答えをーー」

 

「違います、唯我さん」

 

緒方理珠は、ゆっくりと顔を上げ、成幸の目を見た。

にっこりと言うには儚げで、微笑みと言うには自嘲していて、美しくありながらもどこか痛々しい……。

こんな緒方の表情を、成幸はかつて一度も見たことがない。

きゅうっ、と、心が締め付けられるのを感じた。

 

「そうだよ、唯我君。これは凡ミスなんかじゃないよ」

 

古橋文乃は、ゆっくりと顔を上げ、成幸の目を見た。

儚げと言うにはにっこりと、自嘲と言うには微笑んでいて、明るくありながらもどこか痛々しい……。

こんな古橋の表情を、成幸はかつて一度も見たことがない。

ズキン、と、心が軋むのを感じた。

 

成幸は叫ぶ。

心の締め付けられるのに我慢ならず、心が軋むのに耐えかねて……。

 

「じゃあ……何だって言うんだよ……! これが凡ミスじゃなきゃ、何なんだよ……っ!」

 

その叫びを真摯に受け止めて……二人は声を合わせた。

 

「ただ分からなかっただけです、はい」

「ただ分からなかっただけだよ、うん」

 

「ーーん?」

 

二人はシュパパパパッと答え合わせをして、その答案を成幸に見せる。

 

緒方理珠ーー2点

古橋文乃ーー2点

 

絶句する成幸に、二人は再び声を合わせて、

 

「これが凡ミス抜きの実力です、唯我さん」

「これが凡ミス抜きの実力だよ、唯我君」

 

その悲しい現実を……成幸に突き付けた。

 

「…………………………………えっ?」

 

成幸の思い描いていた3人全員難関大合格の理想(ただの妄想)が、音を立てて崩れていく音を、成幸は幻聴した。

 

 

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