だからぼくたちは勉強し続ける   作:でいななし

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問4、[x]=バカ

一旦落ち着いた。

 

「まず聞かせてくれ。二人とも……本当に、本ッ当に、受験のために本気で勉強する気はあるんだね?」

 

「勿論です」

「うんっ! がんばるよぉっ!」

 

「なるほど……」

(やる気はある……? 妙だな……結果に表れていないぞぉ?)

 

今回のセンター過去問、二人とも制限時間は120分で行った。古橋は数学ⅠAⅡBの両方をで、センター試験と同じ時間を。緒方は本来の80分に40分もの時間が余分にあったことになる。

 

しかし……両者共に2点。

 

一応言っておくと、200点満点である。

つまり、得点率1%。

 

得点率ーー1%ッ!

 

基礎がどうこうというレベルではない。

 

古橋が合っていたのは、確率の問題の1番最初の空欄補充問題だ。サイコロの問題で、答えは5/6、次が7/36……。正直に言って、これだけなら中学生でも分かるレベルである。

 

緒方が合っていたのは点数を見ただけで分かる。ーー漢字だ。

センター国語の配点は全体的に高く、2点問題など漢字の選択問題しかないのだ。

どういう(ア)モンダイか、(イ)ジッサイに(ウ)タイケンしてみよう。今から出すモンダイに(エ)チョウセンしてみてほしい。どれだけ解けるかな? (オ)マンテン目指して頑張ろう!

 

問1

(ア)〜(オ)と同じ漢字を使うのを次の①〜⑤の内から1つずつ選んでね!

 

(ア)《モン》ダイ

①セン《モン》カに尋ねる

②とんだサン《モン》芝居だ

③桜の花の《モン》ヨウ

④《モン》ドウ無用

⑤気分が《モン》モンとする

 

(イ)ジッ《サイ》

①馬をジ《ザイ》に乗りこなす

②《サイ》リョウの選択

③コンリン《ザイ》関わらない

④彼女は凄い《サイ》ジョだ

⑤ショ《サイ》で本を読む

 

(ウ)タイ《ケン》

①山にボウ《ケン》しに行く

②レイ《ゲン》あらたかな仏像

③荷物を《ケン》サする

④《ケン》ケンヒキュウ

⑤ヒジョウタイ《ケン》を行使する

 

(エ)《チョウ》セン

①《チョウ》チョを捕まえる

②町を《チョウ》カンする

③キ《チョウ》なネックレス

④《チョウ》ドヒンを整理する

⑤相手を《チョウ》ハツする

 

(オ)マン《テン》

①ガリョウ《テン》セイを欠く

②コ《テン》を開く

③《テン》サイを禁ずる

④食品《テン》カ物

⑤ライトを《テン》トウする

 

大体こんな感じだ。各選択肢は非常に短く、素早い判断が求められる。配点はなんと2×5の10点。

 

つまり、緒方は漢字の問題すら8割落としているのである。

 

「緒方……お前ーー」

 

「これは何かの間違いです! 『登場人物の心情を答えろ』だなんて……科学でも解明されきっていない脳の全構造を解けと言っているようなもの! 問題が間違っています!」

 

緒方は開き直った。

 

「ーー漢字は? キミ、5問中1問しか漢字合ってないよね? ん?」

 

「それは……その……」

 

緒方は痛い所を突かれた。

 

「それに古文の助動詞の識別、下線部の翻訳の選択問題、漢文の和訳問題……確かに知識だけでは解ききれないものではあるけど、知識で絞り込めるはずの所が絞りきれていないねぇ……ん? これは脳の構造関係あるかな? ん?」

 

「そ、それは……」

 

「ま、まぁまぁ唯我君。そんなに言わなくてもーー」

 

「古橋ぃ、キミは各設問の最初、1番簡単な問題をことごとく落としてるねぇ。どれもテンプレートなもので、解き方を暗記しているだけでも、ここは対応できたはずだがぁ? ん?」

 

「はうっ……」

 

緒方はどこか悔しそうに、古橋は分かりやすく落ち込んでいた。

 

(ふむ……。この様子、本当に本気でこの点数なのか……。だとしたら勉強方法がおかしいとしか言いようがない。知識や解答パターンを暗記していない所を見るに……)

 

「二人とも、普段はどんな風に勉強してるんだ?」

 

「どうって……その、問題を解いたり……」

「教科書読んだり……だけど?」

 

「じゃあ、分からない所が出てきたらどうする?」

 

「人に聞いたり、教科書を参照しながら、理解できるまで考え続けます」

「私も! まぁ私は理解できずに寝落ちしちゃうことが多いんだけどね……」

 

(理解できるまで考え続ける、か……。なるほどなぁ。やっぱ天才というか何というか……いや、そういう気質だからこそ、あれほど得意分野が突出したと言えるか。凡人には無理なやり方だが……今は、その凡人のやり方の方が適切らしい)

 

「そのやり方は、得意科目を更に伸ばすやり方であって、苦手科目の勉強には向かないと思う。あくまで俺の感覚では、だけどな」

 

「何故ですか?」

 

「考えても考えても分からなくて、それでも考え続けたら、ただ時間だけが流れていった……そんな経験はないか?」

 

「「あっ」」

 

「あるみたいだな。確かに考えることは重要だし、安易に答えに頼らないのは良いことだ。だけど分からないものは分からない、そう割り切って、解説から学んでいくことも一つの方法だ」

 

「解説から学ぶ?」

 

「そうだ。特に国語なんかは解説から学べることは多い。数学はそもそも解説というよりは綺麗な解答って感じで、中々難しい所もあるけどな」

 

「ですが、解説を読んでも分からなかったらどうすればいいんですか? 私だって何度も解説を読んだことはありますが……よく、分からなくて」

 

「その時はそういうものだと割り切れ。緒方、お前の言う通り国語ってのは曖昧なものだ。一般的な価値観とか、常識とか、物の捉え方みたいな、漠然としたものの上に問題が作られている。特に心情を考える問題とかはな」

 

「………」

 

「だけど、それでも問題として成立してる。何故か。根拠があるからだ。緒方、お前はその根拠が根拠であることな納得がいっていないんだろ? どうしてこれが根拠になるんだって」

 

「……(こくこく)」

 

「だが、その理由を答えたところで、じゃ何でそれが理由になるんだと言う話になる。無限後退しちまう。だから……『よく分からないけど、こう言う問題だとこういうのが根拠なんだ』って割り切って受け入れろ。深く考えるな」

 

「そんなやり方で身になるんですか?」

 

「そういった積み重ねを、人は経験則と言う。緒方に足りないのはその経験則。数学的論理思考ではなく、国語的論理思考を先に養うんだ」

 

「論理思考? 国語に?」

 

「そうだ。だがそれは『そうとは限らない』と言われればそれまでの、曖昧な論理だ。数学だったらかなり減点を喰らうだろう。けど、妥当性はある。『そうと考えるのが妥当である』と言われたら納得できるくらいの、な」

 

「妥当って……また曖昧な」

 

「そうだな……例えば、誰かが泣いていたとしたら、その人にはどんなことがあったと思う?」

 

「私はその誰かさんじゃないので分かりません」

 

「うんうん、悲しいことだよな。それが妥当せ……え? 今なんて?」

 

「私はその誰かさんじゃないので分かりません」

 

「いやいや、その誰かさんの立場になって考えてみて?」

 

「私は私なのですからその誰かさんの立場になれるはずがありません」

 

「……なるほど」

 

なるほどじゃない。

 

(俺は緒方を……200点中2点の実力を見誤っていたようだ。緒方にないのは経験則……だけじゃなかったんだ。もう一つ……そうーー共感性!)

 

共感、同情、感情移入……自己投影。緒方にはそういったものがない。自分と他人を完全な別物、独立したものだと認識し、それ以上でもそれ以下でもないと思っている。

 

(小説だけでなく評論もできないのは変だと思っていたが……筆者の考え方に寄り添えていないんだ。筆者の視点に立って文章を読んでいないから、筆者の言いたいことが伝わらないし、理解できないんだ)

 

(それは逆に……誰にも左右されない確固たる自分があるということでもある。それは精神が強いというより、精神が独立していると言った方が良い)

 

その違いは、自覚の有無。

例えば誰かに悪口を言われたとする。

その悪口を悪口だと分かった上で、どうでもいいと一蹴するのが強さだとしたら。

その悪口を悪口だと気付かないまま、普段通りに過ごすのが独立性だろう。

 

(けど、精神が独立しているからといって、人の話を聞かないわけでもないし、感情がないわけでもないし、孤立しているわけでもない。だったら……その独立性は不完全。独立性と共感性が共存している)

 

(その境目……どういう時に独立性が強く、どういう時に共感性が強いかが分かれば、緒方の国語力向上に繋がる。でもどこだ……その境目はどこにある……?)

 

「あ、あの……唯我、さん……」

 

「どうした?」

 

「そんなにも長時間無言でじっと見つめられると……その……」

 

(はっ! そうだ!)

 

成幸は素晴らしい妙案を思い付いた。

 

「緒方ッ!」

 

ガシッとその肩を掴むと、成幸は力強い目で緒方を見つめる。

 

「は、はい……っ」

 

「今の気持ちを言葉にして教えてくれ……ッ!」

 

「えっ?」

 

「お願いだ!」

 

「えっ、えっと……その……何と言いますか、顔が熱くなると言いますか……」

 

「熱いとはどういう熱さだ? 風邪のような熱さか? サウナにいるようか熱さか? 火に近づいたような熱さか?」

 

「い、いえ……もっと、こう、胸の奥から込み上げてくるような……」

 

「それ以外にはどんな気持ちがある? 顔が熱いだけか?」

 

「い、いえ……その……」

 

「何故目を逸らす。俺の目を見て話してくれ」

 

「えっ……その、ち、近い……です……」

 

「近い? 俺と緒方の顔の距離は30cm以上ある。近いというほどでもないはずだ」

 

「で、でも……その……」

 

「それに顔が近いことと、目を逸らすことの繋がりは何だ? そこに因果関係はあるのか? ーーその気持ちから、俺から目を逸らすな、緒方……ッ!」

 

「……ッ」

 

「緒方……お前の、その気持ち……俺には分かる」

 

「えっ……?」

 

「だがッ、俺から言っては意味がない……。緒方、お前の口から、俺はその気持ちを聞きたい。比喩ではなく、一つの単語として」

 

「え……あ……」

 

「緒方……ッ!」

 

「……い、」

 

「………」

 

「ぃぇません…………恥ずかしい、です…………」

 

「よくぞ言った緒方ぁあああああああああッ! そうッ、そうだッ! その気持ちはッ、その感情は紛れもなく恥ッ! 緒方ッ、その感覚を忘れるなーーそして古橋ッ!」

 

「は、へっ?」

 

古橋はさっきまでの成幸の行動をプロポーズか何かだと思っており、非常にはわはわしていたのだが、何故か急に話を振られたので驚いた。

 

そして両肩をがっしり掴まれたので更に驚いた。

 

「えっ!? え、え、えっ、えっ……えっ!?」

 

成幸は無言で古橋の目を見つめる。

 

「な、なになに? 唯我君急にどうしたの?」

 

「………」

 

「え、と、そ、の、な、何か言ってよぅ……。じっと見つめられると恥ず」

 

「シーぃ……」

 

成幸はその唇を指先でそっと抑える。

 

「〜〜〜〜〜ッ!?」

(何何何何何何何何何!? 何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何!? 何!? 何!? 何ーー何!?)

(この人初対面(・・・)の人にいきなりこんなことする人だったの!? 人畜無害そうなのに! 人畜無害そうなのにぃ!)

 

成幸は古橋の目を見つめたまま、緒方に質問する。

 

「緒方……今、古橋はどんな気持ちだと思う?」

 

(はぁ!? 何でそんなこと聞くかなぁ唯我君!)

 

「えっ……?」

 

「私は古橋じゃないから分からないーーなんて、言わないでくれよ?」

 

「あっ……」

 

緒方はようやく理解した。古橋もまた、成幸のせんとする所を理解した。

 

「分からないのか? 緒方」

 

「いえ……分かります……分かりますーー!」

 

「さぁ答えるんだ緒方ッ! 今ッ! 古橋がどんな気持ちなのかッ!」

 

「はいっ! ーー古橋さんは今、恥ずかしいんです!」

 

「ならば問おう! 緒方! 何故そうと言い切れる! そうとは限らないかもしれないのに!」

 

「それは勿論ーー『そうと考えるのが妥当』だからーー!」

 

「そうだ緒方ッ! それこそが妥当せ」

 

「ーー私は怒ってるんだよ? ゆ・い・が・く・ん?」

 

「「……え?」」

 

「手ェ、離してくれるかな?」

 

「えっあっはっはい」

 

成幸はようやく気付いた。

もしかして俺、とんでもないことしてたんじゃね? と。

 

「ねぇ唯我君。何で私は怒ってるんだと思う?」

 

「え、えっと、それは、ですね……」

 

「早く答えて?」

 

「あっ、はい、その、いきなり肩を掴んだりしたから、ですか?」

 

「さんかーぁく、それもそうだけど、そこじゃあないよぉ?」

 

「え? じゃあ一体何が……?」

 

「ん? 本当に分からないのかな? ん?」

 

「あ、え、あ、はい……」

 

「答えはねぇーー紛らわしいこと言って人を弄んだからだよッ! この天然たらしッ!」

 

スッパァン!(ハリセン)

 

「くはっ……」(撃沈)

 

「りっちゃん」

 

倒れる成幸、捨てられる凶器(ハリセン)、背後から恐ろしいオーラを放ちながらも、古橋は笑顔だった。

 

「これが、国語だよ」

 

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